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滅紫の光から逃れるために走る二人へ、照準を合わせようと手で影を追いかけるも、同時に捉えるのは困難だった。
界徒は次代と未来を瞥見し、比較する。
〝あの女は【手札】がなければ取るに足らない。放っておいてもいいが、ちょこまかと動き回れても目障りだ。先に潰しておくか〟
狙いを未来に定めた界徒はその背中を右手に追わせる。
その傍ら、次代に向けて《災禍征世》を数発放った。牽制をすることで、二人同時に狙っているように見せかける。本命の一撃は未来をの動きを先読みすれば、不可避のものにできる自信が界徒にはあった。
〝ちっ、面倒だな〟
瞬間、界徒は内心舌打ちをする。未来を追うことに意識を集中させると次代が視界から外れてしまう。安全な状態で未来に狙いを定めることができなかった。
〝奴はなかなか聡い。少しでも目を離せば、必ず仕掛けてくるはず〟
界徒は素早く目を動かし、二人を同時に捉えられるタイミングを見計らうも、一向に好機が訪れようとしない。それが偶然とは考えられなかった。
次代と未来は界徒を挟み、対極的に位置して動き続けていた。
次代がコルトガバメントを構えてから撃つまでのタイムラグはゼロに等しく、正確無比なものであることは身を以て知っている。一瞬でも次代から目を離すことにリスクを背負わされる。
〝まさかそれを狙ってこのポジション取りをしているのか? だとすれば、奴らの連携を些か侮っていたようだな。……いや、この程度なら連携せずとも片方が合わせれば成立させられる。だとすれば――〟
次代の動きを注視する。一見すると、違和感はない。ただがむしゃらに走っているようだ。しかし、次代の目が見ているものは対峙する界徒だけではなかった。パートナーの動きまで完璧に見通している。
〝やはりお前か〟
次代が立ち回りの起点になっていると気づいた界徒は、狙いを変更する。
未来は【手札】を封じられ、遠距離からの攻撃はないに等しい。しばし視界から外れたとしてもリスクは小さい。真っ先に潰すべきは次代だ。
狙う相手を間違えていたと自嘲する。
界徒は左手にぴたりと次代を追わせて《災禍征世》を放つ。
次代はそれを難なく躱し、赫々を帯びた滅紫は虚空を裂いた。躱すことができるのは、次代が休まず動き続けているからだ。止まっている状態なら《災禍征世》を見てから躱すことは困難であるが、あらかじめ動いているのならばその限りではない。
〝躱せる。ただ躱せたところで反撃の糸口に欠けるな〟
威力と弾速は圧倒的に《災禍征世》の方が上であり、次代が拳銃を構えてトリガーを引くまでの時間に《災禍征世》を発動させられれば、弾道に被せられて銃弾が一方的に食われる。そうなれば一方的に被害を被ることになる。
〝インターバルを狙おうにも、連射性能も悪くない〟
界徒が牽制に使った数発の《災禍征世》で次代はある程度の性能を読み取っていた。
〝あいつの注意はおそらく俺に向いている。今なら未来をフリーにすることはできそうだが、【手札】が使えないんじゃ決定打を作ることはできない。封じられた【手札】を解放する方法はないのか?〟
「ん?」
次代は重要なことを見落としていることに気づく。
〝あいつはどうして俺の【切札】を封じて、《幻想魔手》を封じない?〟
仮に界徒が桐馬のように戦いに楽しみを求める性格であったのなら、あえて《幻想魔手》だけを残したことに納得できる。だが、界徒はどうにもそのような性格には見えない。
〝封じるための条件がある? それとも封じられる数に限りがあるのか?〟
「戦いの最中に考え事とは余裕だな!」
界徒が放った《災禍征世》は次代の足元に向けられ、爆風が足を絡め取った。
次代は吹き飛ばされ、地を転がり、体を打ち付けた。
「ジダイっ!!」
「くるな!」
次代のピンチに駆け寄ろうとする未来を拒む。
「でもっ、ジダイが……!」
次代本人が拒もうと窮地に立たされる姿に、未来は黙っていられなかった。
「大丈夫だ。信じてくれ」
「……信じるからね」
未来はそう答えるしかなかった。次代はいつだって前を向いている。虚栄を張っているのとは違うのだから。
次代の心配よりもポジション取りを優先することが次代のためになる。未来はそう信じて、その場にとどまった。
地に伏した体を起き上がらせるため、腕を立てる。あちこちを打ち付けたことで体を動かすたびに痛んだ。
立ち上がった次代は《幻想魔手》を使用し、新たにコルトガバメントを呼び出す。
「パートナーの心配を無碍にするとは、お前も薄情な奴だな」
「お前にはそう見えるか。樹原界徒、一つ聞いてもいいか?」
「いいだろう。言ってみろ」
「どうしてお前は俺の【手札】を封じない」
「それを聞いてどうする」
「お前は俺の《幻想魔手》を封じていない。問題なくこいつを呼び出せているのがその証拠だ」
次代は自らの手に呼び出したコルトガバメントを界徒に見せ、《幻想魔手》が健在であることを証明する。
「お前なら俺の【手札】を封じてもっと簡単に勝てるんじゃないのかと不思議に思ってな」
「何かと思えばくだらんことを聞くな。その程度の【手札】は封じるまでもない。それだけのことだ」
「俺の《幻想魔手》はどこからでも呼び出せる。それはこいつだけに限らない。お前が言うほど軽んじていい【手札】とは思えないが」
「ならば、俺に一発でも当ててそれを証明して見せろ。話はそれからだ」
「言われなくても、そのつもりだ」
次代はすかさずトリガーを引く。放たれた銃弾に対して界徒は被せるように《災禍征世》を放った。
滅紫の光はたちまち銃弾を食らい、その先に立つ次代へ向かって空を切る。
それは次代にとって想定内の事態だ。《災禍征世》を見てから躱すことは困難だが、ある程度の予測ができていれば回避することは可能だ。
次代はすれすれの距離で《災禍征世》をすり抜けるように躱す。自身の真横を通り過ぎた一撃に帯びた鋭い殺気に肌がひりついた。
再び界徒に銃口を向ける。照準を定める時間は必要ない。即座にトリガーを引いた。
眩い銃口炎、弾ける空薬莢、香る硝煙。
次代は横に移動しつつ、銃撃を繰り返す。
界徒からすれば何発撃たれようと変わらないことだった。次代の銃撃に自身の《災禍征世》を重ねれば、銃弾を躱すことなく攻撃に専念することができる。
「大層な口を叩くわりにその程度か」
繰り返される次代の動きに界徒の目が慣れ始める。次代が拳銃を構えるタイミングを先読みし、《災禍征世》を先んじて放った。
赫々を帯びた滅紫の奔流が次代を捉える。
「いいや、ここからだ」
次代は《災禍征世》に沿って体を翻して直撃を免れる。その最中、次代は左手に拳銃を呼び出し、二挺拳銃の構えを取った。
躱してから構え直していては、如何に次代が速撃ちを得意としていてもロスが生まれ、界徒に反応する余裕を与えてしまう。これはそれを凌駕するための一手だ。
次代が二挺拳銃に切り替えたことで、攻撃できなかった空白の時間が短縮される。回避の動きに回転を取り入れたことで流れるように銃を構え、その速度は界徒の意表を突いて感覚を狂わせる。《災禍征世》を躱すための動きを利用して体を半回転させ、左右交互に銃を扱わせる。
「なっ……!?」
次々と繰り出される銃撃の処理が追い付かず、左肩を撃ち抜かれる。一定の間隔に慣れていた界徒は急にピッチを上げられ、対応が遅れた。
界徒は激痛に険しい顔を見せた。
「証明はこれで十分か?」
次代は飄々とした様子でトリガーガードに指をかけ、くるくると拳銃を回して遊ばせる。その余裕な態度に、界徒の感情が揺さぶられる。
今の界徒には次代の一挙手一投足のすべてが気に食わないと思えるほどだった。
すぐにでも屈服させてやりたい。界徒の思考は次代に対する怒りに塗れた。
「この程度で勝ったつもりか! 調子に乗るのもここまでだ」
界徒はがなり声を立て、《災禍征世》を次代に向けて立て続けに放った。
相手が冷静を欠いていると、自然と俯瞰的にさせられる。次代は完璧に《災禍征世》を見切り、徹底した回避と反撃に出る。
「同じ手を食うと思ったか!」
躍起になったとはいえ、界徒は次代への執着を増している。激しい感情が界徒を突き動かした。二挺拳銃の構えを取った次代のテンポに対応して見せる。
界徒は両手を次代に向け、《災禍征世》を酷使することで打ち負かそうと攻め立てる。
次代は弾倉を入れ替えるリロードの代わりに新たな拳銃を呼び出す。ステップの邪魔にならない範囲に拳銃を捨てていた。この際、次代は拳銃に込められた残数を細かく把握していないため、捨てるタイミングは気まぐれだった。
相手目線ではその自然さに切り替えのタイミングを見極めるのは難しい。
界徒による《災禍征世》は更に数を増し、反撃の暇を与えない。次代はこの銃撃戦を制することはできそうにないと悟っていた。
〝そろそろ頃合いだな〟
次代は反撃を諦め、回避に徹する。
ひたすら続く《災禍征世》を退けると、次代は右手の拳銃を投げ捨て、その手を自身の背に隠した。
「こいつで決める」
一度戦況を狂わされたことで、界徒の次代に対する警戒心が強まった。それは余計な懐疑をもたらし、次代が隠した右手、《幻想魔手》がもたらすものに慄然する。
「いいだろう。望み通り、お前の【手札】を封じてやる」
界徒は【手札】を無効化する【手札】、《零ノ支配》の対象を《幻想魔手》に取った。
次代の右手は虚を掴む。《幻想魔手》が機能を失ったと知るには十分すぎる証拠だ。
〝ここまであいつが俺の【手札】を止めようとしなかったのは、何か理由があるからだ。それも未来の【手札】だけを頑なに止めていたことから、答えはもう出ている〟
「未来っ、今だ!」
「任せて!」
待ってましたとばかりに応えた未来は、《式神使役》を発動させて呼び出した式神を界徒の頭上に招集し、巨大な拳を構える。
次代の《幻想魔手》が封じられた瞬間、未来の《式神使役》は呪縛から解き放たれていた。
〝あいつの【手札】は同時に複数の【手札】を封じることはできない〟
次代は【手札】が使えるにも関わらず、【切札】を使うことができなかったことの理由を考えていた。エグザルフは資格を失うと【切札】が使えなくなると言っていた。その一例にパートナーの退場をあげていた。パートナーの【手札】が無効化されることはその状況に類似している。
「これでっ、おしまい!」
未来の快哉と共に頭上より落ちる式神のメテオ。界徒に回避する時間を与えない。
「《零ノ支配》のカラクリを暴いたことは認めよう。だが、それは何の解決にもならない!」
焦燥は一瞬、界徒はニヒルに笑って見せる。
式神は界徒の眼圧に屈するよう消滅させられた。
界徒の《零ノ支配》の対象が再び《式神使役に戻ったことで式神の存在が封じられたのだ。
「たった一瞬、《零ノ支配》から逃れようと意味がない。それで俺を出し抜いたつもりか!!」
界徒は鋭い眼光を次代に向け、早口でまくし立てた。
次代は無表情のまま《幻想魔手》を使って、その手にコルトガバメントを呼び出した。《式神使役》が封じられたことで、《幻想魔手》はその力を取り戻している。
「ちゃちなピストルで俺は殺せない。女の【手札】は二度と使わせない。万一にもお前たちに勝ち目があると思うな」
次代は銃口を界徒に向け、ゆっくりと告げた。
「いや、お前はここで倒す」
「馬鹿を抜かせ。死ぬのはお前たちだ!」
界徒は《災禍征世》に怒号をのせて放つ。続く銃声。それはすぐに禍々しい滅紫の奔流に掻き消される。《災禍征世》が起こした爆風により、一帯が白煙に覆われる。
直撃の感触はあった。界徒は勝利を確信した。
次代は《災禍征世》を躱すことができず、その身は跡形もなく消し炭になったに違いない。
「……?」
唐突に体の奥から何かが込み上げてくる。それは鉄のような味で、胃液のように酸っぱい。魂の器でしかない界徒の肉体に血は流れていない。界徒が感じているそれは、イメージが補完しているだけの虚像だ。
意識したとたん、胸部が耐えがたい痛みを訴える。呼吸すらままならない。
〝撃たれたのか?〟
界徒の理解が追い付かないまま、視界が晴れていく。そこには次代の姿があった。
界徒が放った《災禍征世》は間違いなく次代に直撃していた。その証拠に次代は構えていた拳銃ごと右腕を失っている。
界徒を油断させるために、次代は右腕を捨てた。
「何が起きた、とでも言いたげな顔だな」
次代は勝ち誇るでもなく、淡々とした物言いをした。
「後ろだ」
次代の誘導に従い、界徒はゆっくりと振り向いて真相を確かめた。
向けられた拳銃は未来の両手に握られていた。
銃口から立ち上る硝煙。未来の持つコルトガバメントが放った一発が界徒の身体を撃ち抜いたのだ。
立ち尽くす界徒に次代が話を進めながら近づく。
「お前が未来の【手札】を再び封じることは読めていた。それと同時にお前は無力化した未来を意識から外したはずだ。だから未来が撃ってくるとは考えなかった。そうだろ?」
「銃を渡す暇は、なかったはずだ」
「あの瞬間に限った話ならな」
次代はそう言ってあちこち地面に視線を向けた。その先々には、使い捨てた拳銃が転がっている。
「俺はほとんどの銃を弾切れになる前に捨てていた。これだけ散らばっていれば、お前に気づかれることなく拾うのもわけないだろ」
「……っ、この俺がお前ら如きに負ける!? ふざけるな! こんなのはあり得ない!」
界徒は現状を受け止め切れず、次代を、未来を睨みつける。
「それはこっちのセリフだから。私たちは二人だからここまで勝ち残ることができた。信頼してるから戦ってこられた。パートナーを信じない独りよがりなあなたを見認めない。私たちは負けたりしない!」
「クソがああああああああああ!!」
界徒が最後に振り絞った激しい怒声を、未来は頭蓋骨ごと撃ち抜いた。頭を撃たれ、衝撃で後ろに倒れる界徒は粒子となり、空へと消えていった。




