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さて、見栄だけ張って無策のままではいけない。
「チェロア、隊長の動きを見張ってくれる?」
「ええ。真神教団の動きも探っておくわ」
「スナネコ団の奴らもな」
ジョムに言われるまで忘れていた。
「あいつら、もう忘れてるんじゃないかな」
「頭目はかなりしつこいわよ。それに、もしかしたらここに来るところを見られたかも」
「それは参ったね」
基本開けっ放しのこの家には、いつ誰がやってくるか分からない。ほぼ平地に四角い壁を被せただけのこの家には、隠れる場所もほとんどないのだ。
「オグマさんたちが使える武器がないか、探してみるわね」
そう言ってチェロアは立ち上がった。
「夜回りの後にまた来るわ」
「オレもそろそろ行かないと」
ジョムは一切れだけ残った肉の塊をリートにやり、皿を持ち上げた。
「武器なんて包丁しかないけど、食い物なら提供するぜ」
「ありがとう。だけど包丁はいらないな」
「それじゃ、また後でな。あ、ヒヅリ」
ジョムは最後に棚の陳列品を見回した。
「祭りに出す力作、早く決めろよ」
三人になると早速オグマが尋ねた。
「祭りとは?」
「聖火祭です。もう八日後ですよ。町中で、聖火を何百も灯すんです」
日が沈んでからの景色はそりゃもう見事なのだ。
「供物を捧げる儀式は昼間で、酒飲んで踊り狂うのが夜。僕はバザールでガラス細工を売るんです。年に数回の稼ぎ時ですよ」
「楽しそうだな」
「ええ、きっと」
その日は子どもたちのお楽しみでもある。滅多に食べられないお菓子や豪華な料理の屋台が沢山出るからだ。
「リート君も祭りに出られたらいいね」
オグマに伝えられたリートは力強くうなずいた。
「それに、僕にはもう一つやることがあるんです」
「何だね?」
「儀式で使う牡牛の人形を作るんですよ」
聖火のための儀式では、本来純白の牛を一頭殺して屠る。だけど、この辺りで白い牛なんてそうそう手に入らないから、牛を模した精巧な作品を使うことになったのだ。ナキシュニ隊長の提言である。彼は普段から非常に合理的で、長官以上に政治に向いていると噂されている。
「それで牛ばかり何頭も作っていたんだな」
オグマは、足下の牧場を見下ろして得心がいった風にうなずいた。
「なかなか会心の一作が出来ないんです」
「これなんかいいじゃないか、一目でそれと分かる」
オグマが指差す一頭を見て、僕は首を振る。
「色ムラがひどいですよ」
「じゃあこっちは? 見事に真っ白だ」
「それは角を作るのを忘れたので駄目」
「この、ちゃんと角がある奴は?」
「どことなく不格好でしょう」
とうとうオグマは笑い出した。
「厳しいな。そんなに違いはないだろうに」
「大違いですよ。もっと熟練の職人ならともかく、僕は半端物だし」
「何年職人をやっているんだ?」
「習ったのは九年前です。でも、師匠の元を離れてからまだ一年しか経ってない」
「それでそんなに上手く作れりゃ上等じゃないか」
「いいえ、まだまだ」
オグマはふと、膝の上のリートを見下ろした。
「この子が魔術師になるまでは、何年かかるんだろうな」
それまで生きていられるか。そう小さく……本当に小さく呟いたのを、僕はちゃんと聞いてしまった。
一体、どういうつもりで言ったのか。僕には分からないし、わざわざ聞くつもりもない。だから敢えて話を逸らした。
「あなたは、リート君の父親ではないんですか」
「ああ、違う。実の親はこの子を赤ん坊の頃に捨てた。俺と出会うまでは聖火教の神殿で育てられていた」
「神官見習いだったんですね」
「いや? そんなつもりは神官どもにはなかったと思うね」
そこでオグマは。何故か不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「どうして弟子にしたんです。養子にすればよかったのに」
「この子の親はきっとまだ生きているから」
リートがオグマに何か言った。それに優しく応えるオグマは、正しくリートの父親に見えるのに。
「いつか必ず、この子を親の元に返さなければならない。その時が来るまで健やかに生き延びられるように。そのために俺は魔法を教えることにした。自分の身を守るのに魔法はきっと役に立つ」
「リート君を捨てた親なのに、ちゃんと育ってから返すんですか? 都合よすぎやしませんか」
「きっと事情があったはずだ。簡単には責められない」
「親子関係ってものに、あまり期待しない方がいいですよ」
吐き出した言葉は自分が思うより冷たく響いた。オグマが眉をひょいっと上げる。
「どうしてそう思う?」
「さあ。別にいいですけどね、あなたたちがそれでいいのなら」
話はそれでおしまい。僕はガラスの粉を入れた器を取った。背を向けるとオグマもそれ以上は何も言ってこなかった。