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氷砕ける時  作者: 六福亭
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 彼女は先程宣言した通り、腕いっぱいの食糧をマットの上にあけた。

「これ全部?」

「数日分よ」

「お前の家が困るんじゃないの?」

「大丈夫。半分は……彼の差し入れよ」

 そう言ってチェロアは窓の外に片腕を突き出した。すぐに大柄な若い男がちょっと身をかがめて入ってくる。蓋をした大皿を両手に持って。

「……ジョム!」

 思わず大きな声が出た。オグマが怯むが構っていられない。

 青い前掛けに短い髪をそっくり隠すバンダナ姿の青年は、まごうことなき僕らの友人だ。細い目をさらに細め、太い腕を伸ばして僕を小突く。

「何でオレも呼んでくれないんだよ」

 冗談めかしているが、語尾が弱々しい。彼は傷ついているのだ。驚いた。

「何でって……ついさっきのことだから」

 十分早く嗅ぎつけた方だ。

「そっちこそ、どうして分かったんだ」

「チェロアに聞いたんだよ」

 チェロアを見ると、素知らぬ顔でパンを切り分けている。

「オレ抜きでやろうったってそうはいかないぞ」

「何かやるってほどじゃないし。オグマさんたちをしばらく匿う、ただそれだけ」

「ふうん?」

 ジョムは僕の肩を締め上げながら、オグマとリートに目をやった。強張った顔で会釈するオグマ。すっかり怯えて開ききった目で見上げるリート。

 ジョムはよそ者が嫌いだ。昔からそうだった。だから、オグマたちのことをよく思うはずがない。

 全く、チェロアも何故彼を誘ったのか。友人では確かにあるけれど、無理に嫌なことをさせようとは僕は思わないのに。

 それにしても、ジョムの持っている皿からは隠しきれない良い匂いが溢れている。食堂をいずれ継ぐ彼の手製料理だろうか。

 不意にジョムは僕の目を見た。今にも泣き出しそうに顔が歪んで、どきりとした。

「そんなの、協力するに決まってるだろ」

 間髪入れずに、ジョムはオグマのやせた背中を力強く叩く。

「氷の町、ディルムにようこそ」

 オグマは痛みに顔をしかめながらもまた頭を下げる。

「さあ! 食べましょうよ」

 チェロアがジョムから大皿を受け取る。中身はほかほかの肉料理だった。彩りのオレンジの薄切りが載っている。

 僕はオグマとジョムの間に座った。リートはチェロアの隣で、果物の剥き方を教わっている。その様子をじっと見守るのはジョムだ。

「食堂の方はいいのか?」

 ジョムがうなずく。

「遅めの昼食休みだよ。お前らを誘いに来てやったのに、こそこそ楽しそうなことしてるから悲しいよ」

「お前、結構根に持つね」

「だって、オレをあのままのけ者にするつもりだったろ?」

「そいつはどうかな。……いや、その通りかもね」

「ほれ見ろ! 傷つくなあ、あー傷ついた」

「うるさいよ」

 オグマが割って入る。

「ヒヅリは君に心配かけたくなかっただけじゃないのかな」

「へえ、心配だって?」

「こんな胡散臭い輩を受け入れたのだから」

「あんた、自覚してるんだ」

 どうも、ジョムが喧嘩腰な気がする。

「ねえ、オグマさん。この子は今何て言ったの?」

 チェロアが尋ねたので皆そっちの方を見た。リートがしきりとさえずっている。

「ああ……すごく美味しい、と」

 訳してからオグマはリートに囁いた。リートはゆっくりと口を動かす。

「あ……り、が、と、う」

 チェロアがぱっと息を呑む。

「聞いた!? この子、ありがとうって!」

「聞こえたよ」

「ね、もう一回言ってみて! あ・り・が・と・う」

「ありがとう、チェロア、姉さん」

「まあ……姉さんですって!」

「楽しそうだね」

 おっと、ジョムが置いてかれ気味だ。

「二人は異国人だよ。オグマさんは雪領出身で、七つ星教団に追われているって」

「そりゃ大変だな」

「他人事かよ」

「別に? それより、もっと差し迫った危険があるぜ」

 ジョムはゆで卵を半分噛み砕いてから低く言う。

「ナキシュニ隊長殿が今朝からずっとよそ者捜しをしてる。何でもタレコミがあったとかで、かなり真剣にな。親子連れとか聞いたけど、ひょっとして……」

「この人たちのことかもしれないね」

 チェロアがリートから顔を上げた。

「叔父上が?」

「ああ。さっき食堂を調べて、ついでに串焼き肉を食べて帰った」

 それはどうでもいい。

「私のことは何か言ってた?」

「いや、まだ何も。だけどじきに呼び出しがかかるぜ」

 チェロアが溜息をついた。「分かっているわ。あの人、いつも私をこき使うの。うんざりする」

「お気に入りだもんな」

「やめてよ。どうせ女中だと思われているんだわ」

 警吏隊長は公私混同をしない性格らしく、身内のチェロアにも峻厳に仕事を命じ、容赦なく訓練をつける。チェロアも生真面目なので、ここでは文句を言いながらも叔父の命令には忠実に応え、かなりの信頼を勝ち得ているようだった。

 ナキシュニは御年四十、すらりと引き締まった体つきと整った顔だちで、女からの人気が高い独り身である。多少の煙ったさがあるのは否定できないが、戦闘・馬術・学問に通じた優秀な人物なのは確か。実際、ナキシュニ隊長のおかげで町の秩序と平和が守られていると言っても過言ではない。スナネコ団も彼には従順である。

「七つ星教団なんか簡単に追い散らしてくれそうだよな」

「オグマさんたちも一緒に追い散らしちゃうから駄目よ」

 オグマが顔を曇らせる。

「つまり、俺たちがここにいるのはまずいな」

「何言ってるの、今は外に出る方がまずいわ」

「ほとぼりが冷めるまでは隠れている方がいい」

 だが、オグマは首を振る。

「掟を破ることになるんだろう。その意味、ちゃんと分かっているか?」

「何が言いたいんです?」

「もしその隊長にばれたらどうなる。俺はともかく、君たちまで罰せられるのは勘弁だ」

 罰せられる? チェロアは肩をすくめ、ジョムは何故か笑っている。僕たちは確かに、そのことをあまり考えていなかったかもしれない。

「ジョム、どう思う?」

「オレかよ」

 ジョムは頭や首を搔き、何度もオグマとリートの頭から爪先まで見定め、とうとうこう言った。

「どうなるか見えているのに、あんたを隊長の前に放り出すのは人でなしだろ。町律破りよりも人でなしになりたくはない」

 よそ者嫌いの筆頭がナキシュニだ。鼠を目の前にした猫のように飛びかかるだろう。

 オグマは睨むような鋭い目つきで黙り込んでいる。

「それが僕らの総意ってことで」

「ついでに真神教団もやっつけてあげるわ」

「それは……無理だろうな」

 オグマは笑った。そして噛みしめるように、

「ありがとう」

と頭を下げた。

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