29
「それ」に気がついたのは、翌日の朝のことだった。
寒さで目を覚まし、吐く息が白いことに驚いた。眠りこけるリートが、小さくくしゃみをした。毛布を一人に一枚では、とても足りない。慌ててうっちゃったままの衣類をかき集めた。
外に出て、目を疑った。
地面に霜が降りている。
道理で寒いはずだ。靴で踏みしだくとざくざく軽い音をたてて霜は呆気なく砕けた。輝く無数の残骸をつまみ上げると、指先にぴりっと痛みが走る。
今は夏至、つまりかなり暑い日のはずだ。なのにどうして?
考え込む僕の周りで、霜はあっという間に溶けてなくなった。
日が出て暖められたのかと言えばそうでもない。ふと目を上げると、林檎の樹が紅い実をつけていた。収穫には早すぎる時季なのに。
いや、そもそもだ。昨日まで林檎の実など一つもなっていなかった。
「おはよう?」
立ち尽くす僕の後ろからオグマが声をかける。振り返った僕の顔を見て瞬きを繰り返した。
「どうした?」
「僕、何か変ですか」
「目の前の秣を全部奪われた馬のような顔だ」
失礼な。
「驚いているだけですよ」
「何に」
僕は樹を指差して、再び驚かされた。
たわわになっていた果実が消え失せている。
オグマが眉をひそめ、もう一度「何が?」と尋ねた。しかし、今の僕はそれに答えられない。何が起きているのか、自分でも深く理解はできていないのだから。
目を覚ました時に感じた異様な寒さはどこかに消え失せ、じわりとした熱気が肌を包んでいた。確かに今は夏のようだ。
「起きた時、寒くありませんでしたか」
オグマは首を振った。
「いや、別に」
雪領の住民にしてみたらこっちの寒さなんて目じゃないか。
林檎の樹に花が咲いているのを視界の端に捉え、訳もなく心が浮き立つ。足下には花粉を飛ばす細い草がみるみるうちに伸びていた。
オグマが低く呟く。
「明日から夏至祭だな」
そうなのだ。祭りの準備もろくに進めないままに多くの出来事があって、気がつけば聖火の儀式が目の前に迫っていた。ジョムやチェロアは手伝いのためにここ二日間は泊まりに来なくなっていた。
その日も、オグマたちはずっと出かけていた。夜になってもなかなか帰ってこない。じりじりしながら、家の中の変化をぼんやりと眺めていた。
ところが、彼らより先に飛び込んできたのはジョムだった。その剣幕に僕はたじろいだ。荒々しく息をつきながら、ジョムは僕の肩を掴んだ。
「な、何だよ?」
「ナキシュニだ!」
「は?」
当惑して鼻に皺を寄せたが、ジョムは一向に構わず顔を近づける。
「おい、落ち着いてくれよ。何があったのか知らないけど」
「だから、ナキシュニだよ。あいつだったんだよ!」
「何? 隊長殿に苛められでもしたのかよ」
「そんなんじゃない」
ジョムの真剣な顔を間近に見て、これ以上茶化す気は失せた。
「チェロアも呼んでくれ」
「わ、分かったよ」
ところが、チェロアはなかなか捕まらなかった。後で聞いたところによると、親戚のオヤジの果樹園を手伝っていたらしい。お土産にもらった瑞々しいリンゴを三人で齧りながら話をする。オグマが結局戻ってきた時には、真夜中近くなっていた。一体どこに行っていたのか、オグマはふらつく足で床に倒れ込んだ。背中のリートは元気に笑っていたけど。




