25
澄んだ水に混じって、祭りのランプがいくつかゆるりと流れてきていた。町の誰かが流したのだろう。溶けやすい紙のランプの中でしぶとくも灯が瞬いている。
「ああ、灯送りのランプだわ」
「灯送り?」
誰もこの儀式を知らない。それを知って驚いた。祭りに参加したことも、教えてもらったこともないのか。
「聖火教の祭りよ。火を灯し、願いをこめてこの水流に落とすのよ。木の根元まで消えずにたどり着いたら、願いが叶うの」
「聖火……」キースが苦さを込めて呟いた。
「ティルムに来て以来、儀式などしたこともない」
もう一人の住人が近づいてくる。
「火に祈ることなど、忘れていた」
「だったら今、ここでしたらいい」
チェロアは僕の手ごとランプを取った。
「ランプは沢山あるわ。火種も分け合えばいい。皆出てきて、遅い時間だけど儀式をしましょう」
最初に僕らの元に集まってきたのは子どもたちだった。僕は彼らの手に、発光する薬を塗ったランプとろうそくを渡してやる。彼らは大人しく列を作って待っている。
「願い事を思い浮かべてね」チェロアが優しく声をかけた。エインは戸惑っていたが、子どもを追い払いも嫌な顔もしなかった。
続いて、キースを初めとする大人たち。ほとんど真っ白い肌の、動くこともままならない老人もいた。火を落としてしまわないよう、エインが渡す時に手を添えていた。
持っていたランプはあっという間になくなってしまう。だけど惜しくはなかった。不思議と。
「どんなことを願えばいいでしょう?」
キースが困った顔で僕に囁く。
「何でもいいんです。どんなことでも、心の中にあるものを」
沢山の火がふわふわと流れていく様は圧巻だった。エインが子どもと声をたてて笑っている。大人たちの表情もちょっとだけ柔らかい。辛うじて残っていた四つのランプを僕たちで最後に流した。
「私たちの願いは、叶うかしら?」
ククの側で、不安を吐露するチェロア。
「最後まで消えないよう、おまじないがかかっているから」
「そうね」
エインが大きなあくびをする。
「戻ろうぜ、眠くなってきた」
「だけど、リートくんたちが……」
キースがちらりとチェロアを見る。
「ここは、ククに任せていただけないでしょうか?」
「もし朝になる前に火あぶりにされてしまったら?」
「それはないでしょう。聖なる祭りの前に処刑を行うのは、長官や住民が喜ばないのではないですか?」
「でも……」
「よく考えてみろよ」
間延びした声でエインが口を挟む。
「牢破りなんかしてお前らまで捕まったら、この先の人生おしまいだ。ガキがナキシュニに取りなしてくれるんだったら、そっちの方がずっと安全じゃねえか」
「安全かどうかで決めているんじゃないのよ」
だけど、この時既に僕らは地下の人々によってじりじりと後退させられていた。子どもも混じった大きな群れが、少しずつ僕らに詰め寄ってくるからだ。
この時、僕らは彼を押しのけて進むこともできただろう。理屈でいうならば。だけど……。
思っている以上に気が抜けた自分たちがそこにいた。
「帰ろうか」
チェロアとエインに言うと、キースたちはあからさまに安堵の表情を浮かべた。