24
チェロアはすぐに見つかった。身を屈め、薄暗い前方を窺っている。ぼそぼそと流れてくる話し声はとても内容まで聞き取れない。
そっと背後から近づき、彼女に囁いた。
「誰かいる?」
「うん、でも同僚じゃないわ。あいつらならもっとしゃべってるはず」
「じゃあ、地下に住んでいる人たち?」
「そうでしょうね」
その時、エインが大きなくしゃみをした。抑えようとしたときにはもう遅い。響き渡る爆発音に、地下中がざわめいた。沢山開いている横穴から十数人の顔が突き出す。
「もう、エインったら!」
チェロアが頬に手を当てて溜息をつく。
「す、すまん……」
エインは初めて会う人たちの注目を浴びて、少し怖じ気づいているようだった。
ぞろぞろと起き出してきた住人たちは、あっという間に囲んでしまった。その中から一人の男が出てきて、品定めするように来訪者を見つめた。僕とチェロアを見てちょっと眉を上げ、口を開く。
「こんな夜更けに何のご用ですかな?」
「ごめんなさい、キース、皆さん。あなたたちの安眠を妨げるつもりはなかったんだけど……」
「緊急事態ですか?」
「ううん、違うの」
「いや、緊急事態だよ」
僕はキースに向かって言った。彼は地下の住人のリーダー格だ。
「僕らの友達がナキシュニ隊長に捕まったんだ。雪領からきた親子だよ。子どもの方は火あぶりにされちゃうかもしれない。その前に助けださなきゃ」
エインが大声で聞いた。
「何であの小僧を火あぶりにするんだ?」
「それはリートが……」
「ヒヅリ!」
穴の中からチェロアが警告した。
「……そう、ここの言葉も話せない異邦人だからだよ」
「わかりきったことですな」
キースが口を挟み、あっと息を飲んで手で口を押さえた。
「わかりきったことって?」
「アミール・ナキシュニが異邦人に厳しいのは有名な話ですからね。自分の町にいた頃から知っていました」
「よくこの町に来たいと思ったな」
「豊かな水に惹かれたのですよ」
キースの故郷、星領のトキアンには枯れた湖と細い塩水の川しかないのだという。
「永遠に枯れない魔法の水源があると聞いたら、旅をせずにはいられませんでした。……私には妻も子どももいるのです。水を分けて貰えたら、すぐに帰るつもりだったのに」
「水くらい、いくらでも持っていけばいい」
「エイン、君、水を飲もうとしたオグマを殴らなかった?」
「うるせえ……」
そっぽを向いたエインだったが、声には傲慢さも覇気もない。
「……悪かったとは思っているよ」
今日は珍しい物が見れた。反省するエイン。
「つまり、牢破りでも企んでいるのでしょうか?」
チェロアをまっすぐに見てキースが問う。
「……そうよ」
「だったら、見過ごす訳にはいかない」
キースは顔を歪め、手を差し伸べる。
「どうして? あなたたちに手伝って貰おうとは思わないよ。ただ通りたいだけなんだ」
「それでも、です」
キースは決して声を荒げない。ただ、穏やかな声に時折悲痛な響きが現れる。
「牢破りなんかをされて、まず疑われるのは私たちなのです。どうか、我々の生活をこれ以上惨めなものにしないでください」
「私が叔父上に進言するわ」
「それができるなら、何故その友達とやらを弁護できないのです?」
チェロアが息を呑んだ。
「こそこそと牢破りのために地下に下りてくるような人間が、ナキシュニ隊長の信を得られているとはとても思えません」
僕は咄嗟にチェロアの手を握った。彼女は小刻みに震えていた。
「……そうだね、あなたたちのいうとおりだ」
僕は彼女の代わりに言う。
「でも、このままだと何の罪もない子どもが殺されてしまうんだ。どんな手段を使っても、僕らはリートを助け出さないといけない」
「大丈夫だよ」
甲高い子どもの声がした。
囲みが崩れ、背の低い少年が近づいてくる。目の大きな、痩せた子だ。両親と思しき男女が慌てて後についてくる。
「クク……」
少年はチェロアと顔見知りのようだ。
「隊長は、子どもを殺したりしないよ。ああ見えて、結構いい人なんだよ」
不満げな呟きが群れから漏れた。ククは頓着せずに続ける。
「なんなら、朝になってから僕が様子を探ってあげてもいいよ。僕が一番隊長と仲が良いから。チェロア姉さん、それじゃ駄目?」
「駄目じゃない……けど」
チェロアの目はまだ不安で揺れている。だけど、これ以上我を張り続けるのは危険な気がした。住人たちの目が尖っている気がするのは、まず気のせいじゃない。
じりじりと囲まれ、命の危険を少しだけ感じる。前方にも後方にも地下の住民、横は壁か広い水流、逃げ場がない。
その時、素っ頓狂な子どもの声が響いた。
「あれは何?」
さっきの少女だった。目を丸くして、水路を指さしている。