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氷砕ける時  作者: 六福亭
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 チェロアはすぐに見つかった。身を屈め、薄暗い前方を窺っている。ぼそぼそと流れてくる話し声はとても内容まで聞き取れない。

 そっと背後から近づき、彼女に囁いた。

「誰かいる?」

「うん、でも同僚じゃないわ。あいつらならもっとしゃべってるはず」

「じゃあ、地下に住んでいる人たち?」

「そうでしょうね」

 その時、エインが大きなくしゃみをした。抑えようとしたときにはもう遅い。響き渡る爆発音に、地下中がざわめいた。沢山開いている横穴から十数人の顔が突き出す。

「もう、エインったら!」

 チェロアが頬に手を当てて溜息をつく。

「す、すまん……」

 エインは初めて会う人たちの注目を浴びて、少し怖じ気づいているようだった。

 ぞろぞろと起き出してきた住人たちは、あっという間に囲んでしまった。その中から一人の男が出てきて、品定めするように来訪者を見つめた。僕とチェロアを見てちょっと眉を上げ、口を開く。

「こんな夜更けに何のご用ですかな?」

「ごめんなさい、キース、皆さん。あなたたちの安眠を妨げるつもりはなかったんだけど……」

「緊急事態ですか?」

「ううん、違うの」

「いや、緊急事態だよ」

 僕はキースに向かって言った。彼は地下の住人のリーダー格だ。

「僕らの友達がナキシュニ隊長に捕まったんだ。雪領からきた親子だよ。子どもの方は火あぶりにされちゃうかもしれない。その前に助けださなきゃ」

 エインが大声で聞いた。

「何であの小僧を火あぶりにするんだ?」

「それはリートが……」

「ヒヅリ!」

 穴の中からチェロアが警告した。

「……そう、ここの言葉も話せない異邦人だからだよ」

「わかりきったことですな」

 キースが口を挟み、あっと息を飲んで手で口を押さえた。

「わかりきったことって?」

「アミール・ナキシュニが異邦人に厳しいのは有名な話ですからね。自分の町にいた頃から知っていました」

「よくこの町に来たいと思ったな」

「豊かな水に惹かれたのですよ」

 キースの故郷、星領のトキアンには枯れた湖と細い塩水の川しかないのだという。

「永遠に枯れない魔法の水源があると聞いたら、旅をせずにはいられませんでした。……私には妻も子どももいるのです。水を分けて貰えたら、すぐに帰るつもりだったのに」

「水くらい、いくらでも持っていけばいい」

「エイン、君、水を飲もうとしたオグマを殴らなかった?」

「うるせえ……」

 そっぽを向いたエインだったが、声には傲慢さも覇気もない。

「……悪かったとは思っているよ」

 今日は珍しい物が見れた。反省するエイン。

「つまり、牢破りでも企んでいるのでしょうか?」

 チェロアをまっすぐに見てキースが問う。

「……そうよ」

「だったら、見過ごす訳にはいかない」

 キースは顔を歪め、手を差し伸べる。

「どうして? あなたたちに手伝って貰おうとは思わないよ。ただ通りたいだけなんだ」

「それでも、です」

 キースは決して声を荒げない。ただ、穏やかな声に時折悲痛な響きが現れる。

「牢破りなんかをされて、まず疑われるのは私たちなのです。どうか、我々の生活をこれ以上惨めなものにしないでください」

「私が叔父上に進言するわ」

「それができるなら、何故その友達とやらを弁護できないのです?」

 チェロアが息を呑んだ。

「こそこそと牢破りのために地下に下りてくるような人間が、ナキシュニ隊長の信を得られているとはとても思えません」

 僕は咄嗟にチェロアの手を握った。彼女は小刻みに震えていた。

「……そうだね、あなたたちのいうとおりだ」

 僕は彼女の代わりに言う。

「でも、このままだと何の罪もない子どもが殺されてしまうんだ。どんな手段を使っても、僕らはリートを助け出さないといけない」

「大丈夫だよ」

 甲高い子どもの声がした。

 囲みが崩れ、背の低い少年が近づいてくる。目の大きな、痩せた子だ。両親と思しき男女が慌てて後についてくる。

「クク……」

 少年はチェロアと顔見知りのようだ。

「隊長は、子どもを殺したりしないよ。ああ見えて、結構いい人なんだよ」

 不満げな呟きが群れから漏れた。ククは頓着せずに続ける。

「なんなら、朝になってから僕が様子を探ってあげてもいいよ。僕が一番隊長と仲が良いから。チェロア姉さん、それじゃ駄目?」

「駄目じゃない……けど」

 チェロアの目はまだ不安で揺れている。だけど、これ以上我を張り続けるのは危険な気がした。住人たちの目が尖っている気がするのは、まず気のせいじゃない。

 じりじりと囲まれ、命の危険を少しだけ感じる。前方にも後方にも地下の住民、横は壁か広い水流、逃げ場がない。

 その時、素っ頓狂な子どもの声が響いた。

「あれは何?」

 さっきの少女だった。目を丸くして、水路を指さしている。

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