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「……なんだ、お前かよ」
スナネコ団の首領、大工のエインは、先程の嘲笑がすっかり消え去った青白い顔で身をすくめていた。張り詰めていた神経が一気に緩む。
「なに、エインなの?」
チェロアが振り向く。
「こんな所で、何をしているの!」
「こっちが聞きてえわ」
エインは僕の手を振りほどいた。固いのみを握りしめている。
「なんかよ、外でしゃべり声がするから見に行ったら井戸に縄が結んであってよ……そりゃ気になるだろ?」
これには同意せざるを得ない。普段警吏が出入りするときはどうしているんだろう? エインたちが見て見ぬふりをするのだろうか?
チェロアが顔を赤らめる。
「ごめんなさい、私のミス」
「何やってんだ? こんな夜中に」
「そうね、お散歩かしら」
チェロアは嘘が下手だ。
「あいつを助けに行くんだろ」
僕は咄嗟に短剣の先をエインに向ける。
「声がでかい!」
「ヒヅリ、あなたも大きいわ」
エインは目を丸くした。それから、不敵な笑みを浮かべ、刃をつまんだ。
「面白い、気に入った」
「何を偉そうに……」
「俺もつれてけよ」
僕らは呆気にとられてエインを見つめる。
「エインを? ……なんで」
「いっぺん、この警吏の隠れ道ってやつを歩いてみたかったんだよ」
「何も……今じゃなくたっていいじゃないの」
「チェロア、問題はそこじゃない。……どうしてタレコミにいかない?」
エインはにやにや笑っているばかり。
「ついてきて何をするつもりだ? 僕らを警吏に売るのかな?」
「妙なかんぐりはよそうや。役人に媚び売って何の得がある? 金もらえる訳でもなし」
チェロアが肩をすくめた。
「さっきも言ったけど、気に入ったんだよ。熱いじゃないか」
「何?」
「仲間を助けるために危険な冒険に身を投じる。いいねえ、漢の理想だ」
そうかな?
「いいわ。そこまで言うなら、ついてきて。急いでいるの」
「待って。エインはオグマさんを恨んでるだろ?」
「お前らに免じて、拳骨十発で許してやる」
十発は多くないか。やっぱり許してないじゃないか。
だがチェロアは信じたようだ。首を縦に振って背を向けた。僕とエインが後を追う。
細い道だから縦一列になって歩く。音もなく流れる魔法の水に、ところどころ光が混ざっている。
「灯送りだ……」
「エインはもう流した?」
「いんや」
歩いている間会話がないので振った質問だったが、意外にもエインは首を振った。
「どうして?」
「親父なんかとやるのがかったりぃだろ」
「お仲間とやればいいじゃないか」
「じゃあそっちは三人で送ったのかよ」
「……まだ」
遠くから話し声が聞こえる。
チェロアが振り返る。エインも僕を見た。
二人とも困惑の表情を浮かべている。
「誰だろう?」
「地下の住人か、それとも警吏か」
どうしようかと相談する前に、チェロアが歩き出していた。
「おい……」
眉をひそめるエインをよそに、僕はチェロアの後を追いかけた。灯りを持っているのは僕だ。彼女が暗いところで怪我でもしたら。