22
「ねえ兄さん、もう少し静かに歩けない? 皆が起きてしまうわ」
「地上までは届かないだろ」
「違う、水路で働く人たちのことよ」
彼女にそっと言われて初めて僕も気がついた。
「あそこの壁に穴が開いているのが分かる? あれは隣町から来た、ルブの家よ。あっちの小屋は星領出身のハイカ。こっちにいるのはきっと砂漠の向こうから来たファリィだわ。皆の安息を妨げたくはないの。一日中働かされて疲れてるから」
自然と声は低く、歩みは音を抑えるために遅くなる。
「皆、外から来た人たちだね」
「そうよ。隊長に逮捕されてから……もし死刑にならなかったら、皆ここで働くことになるのよ」
人一人も満足に横たわれないような小屋や据えた臭いがする横穴を見て、胸がむかついた。
「僕たちが街にきた時はこんなことはなかったけど」
「あの火事以降に変わったのよ。ところで、」
チェロアが足を止めた。
「誰かがついてきてる」
「え?」
耳をすます。後方から忍び寄るかすかな音がした。軽い咳払いも。
「ここの人たち? それとも、警吏か?」
「どちらもあり得るわ」
その時、恐ろしいことに気がついた。
「なあ、井戸にくくりつけた縄はどうした?」
「そのままよ。じゃないとどうやって地上に戻るの?」
だけどそれじゃあ、いつ誰が縄を伝って下りてくるか分からない訳で。
僕らは短剣を抜く。ランプは消さない方がいいか。目が見えなくなるのは辛い。
足音が止まった。まだ光の届かない距離で。
「誰だ?」
低い声で僕は問う。警戒しているのか返事はないし近づいてもこない。だから僕が踏み出した。
チェロアは僕の後ろで、背中合わせになって短剣を構えている。僕が前進すると彼女は後ずさりする。そっちの方が大変だ。
ここで今、誰かが殺されたとしても、犯人はなかなか分からないだろう。暗闇の中、目撃者もいない。死体すらとうとう見つからないかもしれない。
「誰だ」
もう一度尋ねた。すると今度は押し殺した声が返ってきた。
「そっちこそ……」
遠すぎる。誰だか分からない。ええい、ままよ! 駆け足で一気に距離を詰めた。驚いて二、三歩さがる相手の腕を確かに捕まえランプで照らした。相手が、ぎゃっと弱々しく叫んだ。
その顔を見て、僕らは思わずあっと息を呑んだ。
「エイン!」