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氷砕ける時  作者: 六福亭
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「……どうしよう?」

 氷の木の真下、一際涼しい場所でチェロアが弱々しく問いかけた。二人してしゃがみこむことで祭りの準備に忙しい町の人々をやり過ごす。

 牢屋には行った。だがチェロアは通してもらえなかった。警吏の仲間に聞くとところによると、彼女はオグマたちに「近すぎる」のだそうだ。

 実際牢破りを企んでいるのだから、警吏の判断は正しい。だけど僕たちにとっては腹立たしい。

「それでも、仲間が少しは情報を教えてくれたわ。釈放される見込みは八対二ってとこだって」

 当然、有罪が八なのだろう。

「リート君は?」

「今はまだ無事、みたい」

 あやふやに答えながらチェロアは額の汗を拭いた。相当焦っているのだ。

「そうだ、こっそり忍びこむのは、どうだろう? カーレーズを通ってさ。前に話してくれただろう?」

「ああ、秘密の水路のことね!」

 氷から育まれる豊かな水が巡る地下路には、人が通れるほどの空間があるはずだ。実際にカーレーズで働いている人間もいるわけだし。

 以前チェロアが語ってくれた。警吏が任務のために使っている秘密の通路がカーレーズ内にある。

「あそこなら確かに……牢屋の近くまで近づけるわ。運良く誰にも出会わなければ、だけど」

「他に良い案はある?」

「思いつかない。決まりね。ジョムも呼んでくる?」

「いいよ、二人だけで」

 チェロアの含みのある視線から逃れるように木から離れた。

「入り口はどこにある?」

「大工の家の裏よ。あそこに空井戸がある」

 縄やマントを取りに行くと言うチェロアと別れ、僕は一度家に帰った。先に古井戸の前で待っていたのはチェロアだ。黒い目立たない服装に着替え、結び目のある縄を井戸に垂らしていた。

 井戸水が枯れることはないとはいえ、地下水路から人為的に切り離したため、この井戸だけは水のないただの地下への入り口と化している。

 僕が持ってきたランプに火を灯す。暗闇の中に降りていくのに明かりなしはきつい。

 チェロアは手際よく固定した縄ばしごを何度も引っ張り、強度を確かめてから話してくれる。

「この井戸は、ティルムが出来る前からここにあったんですって。水路からは大きく外れているから、今はもう水を汲めないけれど。何かと便利だから大工から隊長が買い取ったのよ」

「ナキシュニが?」

「ううん、わたしがまだ子どもの時の話よ。前代の隊長がね」

「ごろつきの巣窟になりそうだね」

「もうなってるわよ。でも、集まっているところを一網打尽にするの。さあさあ、どっちが先に降りる?」

 ここは、男を見せないといけない?

「僕が行くよ」

 全身を細い縄に預け、少しずつ手を下にずらしていく。不意にバランスを崩して体がくるりと横回転した。背筋がぞっとする。

 井戸の底は全く見えない。チェロアの息づかいが次第に遠のいていくことに強烈な不安を覚えた。頼りなく宙に飛び出した足の先が井戸の壁にちょんと触れた。上を見れば、わずかな星が遠く散っている。僕は必死に何も考えないようにして縄を降りていった。

 結局、足が地面につくまでにどれほどかかっっただろうか。すっかり汗だくになってへたり込んだ。上からチェロアが下りてくる音がする。すりむけてひりひりした手のひらに、ガラスのランプの温かさが心地良い。

 持ってきたランプは一つではない。オグマやジョムの分以外にも余っていた予備を袋に放り込んできた。結局実行できなかった灯送りだが、今夜でないと意味がない。

 ランプを目の上に掲げると、おぼろげながら水の道が見えた。緩やかに流れる水脈は、氷の木の根から始まって次第に温かく溶けていき、やがて全ての井戸へたどり着く。

 肩を叩かれた。振り向くとチェロアがにやにや笑っている。

「早かったでしょう?」

「ああ。蜘蛛みたいだね」

 素直に答えたら頭をはたかれた。

「どうしてまともに褒められないの!」

「褒めたつもりなんだけどね」

 憮然としたままチェロアは歩き出した。彼女にランプを渡す。二人分の足音はかなりよく響く。

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