19
「君たちには感謝している」
不意にそう言われ、咄嗟にジョムが反応する。
「な、何ですって?」
「よそ者を捕らえておいたことにだ。おかげで手間が省けた」
そう思われたのか。
協力したと思われるのは不本意だけど、罪を着せられずに済んだともいえる。
「お褒めいただきまして……」
ジョムの愛想笑いは引きつっている。
「オグマさんはどうなるの?」
「尋問次第だ。害がないようならばカーレーズ地下水路」の裏にでも住まわせてやってもいい。つい最近、修理工の一人が死んだばかりだからな」
「オグマさんは悪い人じゃないわ」
チェロアのとりなしもナキシュニは無視し、長居は無用とばかりに出て行った。
少しだけほっとして溜息をついた後、せっかくのランプがいくつも割れていることに気がついた。今は破片を集める気にもならない。ジョムが座り込んだのにならって、床の上で脱力する。
チェロアは立ったままだ。
「隊長のところに行かなくちゃ。……嫌だけど」
「オグマさんの様子を見てこられる?」
「そのつもり」
壁によりかかり、チェロアは両手を顔で覆う。小さな肩が小刻みに震えていた。思わず彼女の肩を抱いた。反応は何もない。
「……どうするんだよ、これから」
ジョムが力なく僕に尋ねる。
「そうだな、リート君を助け出さないと」
「どうやって?」
「それはこれから考えるさ」
「そんな時間があるのかよ」
ジョムは膝を抱え、顔をくしゃりと歪めた。意外に落ち込みやすく優しい彼は、この捕り物に大きな衝撃を受けたらしい。
「それにオレ、これ以上あの隊長と関わりたくねえよ。あいつは本気で怖い人だ。剣を抜いた時、何のためらいもなかったよ。あの人とは割と話せてたと思っていたのに」
「隊長と仲良くなれる人間なんてこの町にはいないわ」
涙混じりにチェロアが口を挟む。
「父だってあの人には逆らえない。まともに対峙して平気でいられる訳がないわ」
「だれが正面きって逆らうって言った? 裏をかくんだよ」
「無茶言うなよ」
ジョムが身震いした。
「警吏は皆隊長の味方。こっちには武器も後ろ盾もない。だってオレたちが助けたいと思っているのは魔物なんだぜ」
だんだん腹が立ってきた。ああ言えばこうと弱音ばかり、かといって具体的な対策を出すわけでもない。
「そうだな、お前には荷が重いよな」
投げやりな口調で言うと、ジョムがはっと顔を上げた。
「所詮町の子には、リートを助ける利点なんてないもんな?」
ここまで挑発してやると、ジョムの目が険悪に尖った。
「何だって?」
「聞こえなかった? お前みたいな町の子は、どうぞ安心してナキシュニにごますってろって言ったんだよ」
激しい勢いでジョムが立ち上がる。その拍子にランプの山が崩れて危険な音をたてた。
ジョムは僕より背が高い。見下ろされると丸い影が落ちる。
ひるんでなんかやるものか。
「こっちが仲良くしてやったら、調子に乗りやがって__」
ジョムが口にした言葉に、心がどんどん冷えていく。
「そう、それがお前の本音かよ」
「ヒヅリ!」
チェロアがジョムにすがりついた。険しい表情のジョムは今まさに太い腕を振り上げていた。
「二人ともやめなさい! ちょっと極端すぎ。喧嘩なんかしてる場合じゃないでしょう」
チェロアは万力を込めてジョムの腕を下ろさせた。
「お互い本気なんかじゃないよね、ね?」
「僕は本気だよ」
「ヒヅリ!」
ジョムがうなる。
「オレだって。その顔、殴り飛ばしてやりたい」
「お前が子どもの時みたいにな」
「やめて、兄さん。ジョムも。私下りるわよ」
チェロアはそう言うけれど、頭を下げてごめんなさいする気にはとてもなれなかった。
すっかりぐちゃぐちゃになった室内は、夜の冷気を吸い込んで寒々しい。
先に逃げたのはジョムだった。
「帰る」
「どうぞご自由に」
手で出口を示してやっても、彼は突っ立ったままだ。
「__オレ、お前やオグマさんに会わなきゃよかったよ」
そうすりゃ、後ろめたくはならないものな。自分の気持ちしか考えていない偽善者が。ジョムに会おうが会わまいが、この町に来てしまった異邦人の運命は惨めだと決まっているのに。
こいつにとって大事なのは、酷い状況が自分に見えるか見えないか、ただそれだけなのだ。
ジョムがいなくなってから、チェロアに向かって愚痴を吐いた。
「顔突っ込んだのは、あいつの方なのにな」
「それは言わないであげて。きっと後悔して戻ってくるわ」
「どうかね、今頃ナキシュニにご注進に上がっているかもしれないぜ」
「兄さん」
チェロアがぴしゃりとたしなめる。
「変なのはあなたよ。苛々してる」
「苛々せずにいられる?」
「リート君がいるもの」
はっとした。
チェロアの頬には涙の乾いた跡がある。
「リート君をどうやって助けるか、考えるだけで頭がいっぱい。正直あんたたちの諍いなんかどうでもいいわ」
「……そうだね」
「きっとどんなにお願いしてもあの人は聞いてくれやしないわ。荒っぽい手段でもとるしかない」
「牢破りでもする?」
さりげなく言うと、チェロアは頷いた。
「最悪、それでもいいわ。……協力してくれる?」
「勿論」