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氷砕ける時  作者: 六福亭
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「君たちには感謝している」

 不意にそう言われ、咄嗟にジョムが反応する。

「な、何ですって?」

「よそ者を捕らえておいたことにだ。おかげで手間が省けた」

 そう思われたのか。

 協力したと思われるのは不本意だけど、罪を着せられずに済んだともいえる。

「お褒めいただきまして……」

 ジョムの愛想笑いは引きつっている。

「オグマさんはどうなるの?」

「尋問次第だ。害がないようならばカーレーズ地下水路」の裏にでも住まわせてやってもいい。つい最近、修理工の一人が死んだばかりだからな」

「オグマさんは悪い人じゃないわ」

 チェロアのとりなしもナキシュニは無視し、長居は無用とばかりに出て行った。

 少しだけほっとして溜息をついた後、せっかくのランプがいくつも割れていることに気がついた。今は破片を集める気にもならない。ジョムが座り込んだのにならって、床の上で脱力する。

 チェロアは立ったままだ。

「隊長のところに行かなくちゃ。……嫌だけど」

「オグマさんの様子を見てこられる?」

「そのつもり」

 壁によりかかり、チェロアは両手を顔で覆う。小さな肩が小刻みに震えていた。思わず彼女の肩を抱いた。反応は何もない。

「……どうするんだよ、これから」

 ジョムが力なく僕に尋ねる。

「そうだな、リート君を助け出さないと」

「どうやって?」

「それはこれから考えるさ」

「そんな時間があるのかよ」

 ジョムは膝を抱え、顔をくしゃりと歪めた。意外に落ち込みやすく優しい彼は、この捕り物に大きな衝撃を受けたらしい。

「それにオレ、これ以上あの隊長と関わりたくねえよ。あいつは本気で怖い人だ。剣を抜いた時、何のためらいもなかったよ。あの人とは割と話せてたと思っていたのに」

「隊長と仲良くなれる人間なんてこの町にはいないわ」

 涙混じりにチェロアが口を挟む。

「父だってあの人には逆らえない。まともに対峙して平気でいられる訳がないわ」

「だれが正面きって逆らうって言った? 裏をかくんだよ」

「無茶言うなよ」

 ジョムが身震いした。

「警吏は皆隊長の味方。こっちには武器も後ろ盾もない。だってオレたちが助けたいと思っているのは魔物なんだぜ」

 だんだん腹が立ってきた。ああ言えばこうと弱音ばかり、かといって具体的な対策を出すわけでもない。

「そうだな、お前には荷が重いよな」

 投げやりな口調で言うと、ジョムがはっと顔を上げた。

「所詮町の子には、リートを助ける利点なんてないもんな?」

 ここまで挑発してやると、ジョムの目が険悪に尖った。

「何だって?」

「聞こえなかった? お前みたいな町の子は、どうぞ安心してナキシュニにごますってろって言ったんだよ」

 激しい勢いでジョムが立ち上がる。その拍子にランプの山が崩れて危険な音をたてた。

ジョムは僕より背が高い。見下ろされると丸い影が落ちる。

 ひるんでなんかやるものか。

「こっちが仲良くしてやったら、調子に乗りやがって__」

 ジョムが口にした言葉に、心がどんどん冷えていく。

「そう、それがお前の本音かよ」

「ヒヅリ!」

 チェロアがジョムにすがりついた。険しい表情のジョムは今まさに太い腕を振り上げていた。

「二人ともやめなさい! ちょっと極端すぎ。喧嘩なんかしてる場合じゃないでしょう」

 チェロアは万力を込めてジョムの腕を下ろさせた。

「お互い本気なんかじゃないよね、ね?」

「僕は本気だよ」

「ヒヅリ!」

 ジョムがうなる。

「オレだって。その顔、殴り飛ばしてやりたい」

「お前が子どもの時みたいにな」

「やめて、兄さん。ジョムも。私下りるわよ」

 チェロアはそう言うけれど、頭を下げてごめんなさいする気にはとてもなれなかった。 

 すっかりぐちゃぐちゃになった室内は、夜の冷気を吸い込んで寒々しい。

 先に逃げたのはジョムだった。

「帰る」

「どうぞご自由に」

 手で出口を示してやっても、彼は突っ立ったままだ。

「__オレ、お前やオグマさんに会わなきゃよかったよ」

 そうすりゃ、後ろめたくはならないものな。自分の気持ちしか考えていない偽善者が。ジョムに会おうが会わまいが、この町に来てしまった異邦人の運命は惨めだと決まっているのに。

 こいつにとって大事なのは、酷い状況が自分に見えるか見えないか、ただそれだけなのだ。

 ジョムがいなくなってから、チェロアに向かって愚痴を吐いた。

「顔突っ込んだのは、あいつの方なのにな」

「それは言わないであげて。きっと後悔して戻ってくるわ」

「どうかね、今頃ナキシュニにご注進に上がっているかもしれないぜ」

「兄さん」

 チェロアがぴしゃりとたしなめる。

「変なのはあなたよ。苛々してる」

「苛々せずにいられる?」

「リート君がいるもの」

 はっとした。

 チェロアの頬には涙の乾いた跡がある。

「リート君をどうやって助けるか、考えるだけで頭がいっぱい。正直あんたたちの諍いなんかどうでもいいわ」

「……そうだね」

「きっとどんなにお願いしてもあの人は聞いてくれやしないわ。荒っぽい手段でもとるしかない」

「牢破りでもする?」

 さりげなく言うと、チェロアは頷いた。

「最悪、それでもいいわ。……協力してくれる?」

「勿論」

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