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チェロアに言われて僕も思い出した。それと同時に、リートが淡々と手紙を諳んじた時の不思議な感覚の正体を知った。昔同じことがあったのを一瞬だけ思い出しかけていたんだ。
自分たちは昔、もう一人の少年と同じ家で生活していた。彼もまた、他所の町から移ってきたはみ出し者扱いだった。
彼は、何一つ持たずに現れた。町の人々は僕らの時と同様に、戸惑いと若干の冷たさをもって受け入れた。家を提供しようと言う親切者は誰もいなかった。
だけど、ミリと僕ら兄弟はすぐに意気投合した。それは似た境遇のおかげであったろうし、歳の近さやミリの臆しない性格のおかげでもあった。
ミリは特別な少年だった。歳の割には遙かにませていて、強かだった。何でも知っていて、まるで僕らの小さな師匠だった。火の熾し方やありものでさっさと食事をこさえるのが上手く、一緒に暮らし始めると彼の家事のこなし方に舌を巻かされた。そして……ミリは恐らく、魔法を使えた。
オグマの魔法に既視感があったのはきっとそのせいだ。火を自在に操り、空中であっという間に焼きりんごを作ってみせた。揺れる炎を本当に動く犬に変えて町を走らせたこともあった。
それに、チェロアもいる中で不思議な話を始めたこともあった。この間のリートのように。
今でもその光景ははっきりと覚えている。今とほとんど変わらない狭い家の中で、車座になっているのは僕ら兄弟とチェロア、そしてミリだ。ミリの父親が書いた手紙を目の前に広げ、滔々と抑揚のない声で読み上げるミリ。感心して見つめる子どもたちとは対照に、たまたま外から覗いていたまだ若いナキシュニ隊長が止めに入る。彼は姪のチェロアを尾行してきたのだ。
そうだ、あの時も……ミリは手紙を読んでいた。リートと同じだ。
チェロアが話し始めたので、僕は現実に引き戻される。
「明日は灯送りね」
夏至祭の三日前になると、町全体で行われる風習がある。ガラスで出来た小ぶりなランプに小さな火を灯し、井戸や湧き水に落とす、ただそれだけの行事。全ての水脈は町の中心の木につながっている。落とされたランプはゆっくりと流れを遡り、木の根本までたどり着く。最後まで消えなかった火の持ち主は願い事が叶うと言われている。
これなら、リートやオグマも参加させられる。家でランプを用意して、裏の井戸に落とせばいいだけだから。
「準備は出来てる?」
僕はうなずく。
「予想外にランプが余ったからね」
「叔父上のせいでね」
「そう気に病むのはやめなよ。どんなことでも良い面はあるんだよ」
それでもチェロアは困ったように眉尻を下げている。心なしか歩調も遅くなったようだ。
僕は思わずチェロアの柔らかい手を握って引っ張った。チェロアが驚いて短く声を漏らした。だけどそれに答えてはやらない。
道の向こう側から冷やかすような口笛が流れてきた。身構えたけれど、知らない顔だ。紙と羊の骨のランプを揺らし、その少年は広場の方へと走っていった。
あれくらいの年齢だった頃、僕は祭りに行けなかった。いつも苛める連中(今のスナネコ団と被っている)と顔を突き合わせるのが心底嫌だったからだ。一方ミリは、初めてやって来た年から祭りに興味津々だった。手製のランプを意気揚々と提げて出て行き、びりびりに破かれて戻ってきた。
氷の木の広場はバザールからやや東に逸れている。広場には既に祭りのために糸が張り巡らされ、ランプを提げられるのを待っていた。五百個のランプを今から誰がどうやって用意するんだろうとふと思った。
氷の木は巨大だ。背の高い人間でもほんのネズミのように見えてしまう。木肌や盛り上がったこぶ、枝の先まで透明にきらめいているため、反対側にいる人間の姿が歪んで見えた。足下に散らばっているのはやはり透き通った落ち葉だった。いずれ溶けて地面に染み込む。葉のままで集めて漉すと良質な飲み水になる。
幹の太さは大人が十人も集まってやっと囲めるほどだ。根っこは地面にしっかり食い込んでいる。強風が吹いてもちっとも揺らぐ気配はない。
周りの浮かれた子どもたちに混じって、こっそり木に触れてみた。芯から冷たく、とても長くは触っていられない。離した手を見ると少しだけ白く変色していた。
「ヒヅリ!」
チェロアが僕の肩を叩いて警告した。見るとナキシュニ隊長が広場に来ていた。駆け寄る街の子どもたちに話しかけるその顔は慈愛に満ちていた。重い荷物を運んでいた大人が隊長の背中にぶつかったが、鷹揚に手を振っただけで済ませていた。
「もう帰りましょう」
「そうだね」
僕らは隊長にそそくさと背を向けた。