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氷砕ける時  作者: 六福亭
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第1部 1

『輝ける明けの明星』の6年前の話です。ゆるふわファンタジーと思います。

「魔法使いを拾ったのよ」

 不意にそんな知らせを受けて、僕の手は止まった。手が緩んだ拍子に持っていた棒がくるりと回り、先端にまとわりついたガラスの柔らかい種をかまどに垂らした。


 隣町の酒場から注文を受け、細くくびれた酒杯を作っている最中の出来事だ。既に注文数の半分以上は完成し、我が家兼工房の隅で冷やされている。


 作業を邪魔した張本人は、家の一つだけの窓に肘をつき、落ちたガラスの種がゆっくり溶けてやがて火の一部になる様を面白そうに見守っている。棒にわずか残ったガラスの残骸を拭き取って僕は彼女に向き直った。真昼のみどり色の日差しを背負って真っ暗な顔、しかし声だけでももう誰だか分かっていた。


 チェロア、僕の数少ない友達の一人だ。僕らが住むこのちっぽけな町の長官の娘でもある。

「何だって?」

 チェロアは何がおかしいのか三日月型に口を曲げ、繰り返す。

「魔法使いを拾った」

「それが分からない」

 すると今度は、彼女は声を上げて笑う。(面白がってやがる!)背後にも横にも連れはいないようだ。

「あのさ、魔法使いって、犬猫みたいに拾えるもんなの?」

「さあ、知らない。初めてだもの」

「そりゃ僕だって初めてだよ」

 昨年、この家を再建してからというもの、チェロアはちょくちょく怪我をした鳥やら子犬やらを持ち込んでくる。独り身の家仕事だからあてにされるのだ。

「それって人間? だったら、早く元の場所に戻してらっしゃい」

適当にあしらおうと手を振ったけど、チェロアは食い下がる。

「でもね、事情がちょっと特別なのよ」

 彼女は窓によりかかったまま手招きした。こんな市街地から離れた一軒家で、人に聞かれる心配などないだろうに。彼女の口元に顔を近づけると、甘酸っぱいマルメロの香りがした。

「特別、とは」

「外国人の親子が、バザールでリンチされてた。それもあのろくでなしのスナネコ団に。あんまり可哀想だったから連れてきたの」

 スナネコ団。その名前を聞くと口の中に苦い味が広がる。嫌な思い出しかないそのならず者は、町の子どもたちやよそ者を苛めるのを日課としているのだ。彼らにこっぴどく痛めつけられて、家から一歩も出られなくなった可哀想な子どもや、まともにあるけなくなった年寄りなどが何人もいるとチェロアから聞いている。

「見かけない顔だったから、よそ者嫌いの連中に目をつけられたんだと思うけど。抵抗もほとんどできないみたいだったし、怪我の具合もひどかったから」

 チェロアは少し眉を下げて上目遣いで僕を見る。

 ずるい。彼女のこの顔に勝てた試しがない。

「……いいよ、連れてきなよ」

「ありがとう。兄さんならそう言ってくれると思った」

 チェロアはよく僕のことをふざけて「兄さん」と呼ぶ。勿論血のつながりはない。

 本当は、頼られて悪い気はしない。いつものことだ。

「で、どこにいるの?」

「ここにうずくまってる」

 彼女は窓の外を指した。それからすぐに、扉代わりの垂れ幕をめくってずかずかと家の中に入ってくる。

 連れてきたのは、みすぼらしい身なりで、子どもを抱いた男だった。何を言うでもなく呆然と僕を見つめている。


 僕の胸は不吉に軋んだ。


 一見して異国人と分かる初老の男の頭は真っ白だ。瞳の色も髪の毛とほとんど同じ、色素が抜け落ちている。きょろきょろと不安定に動く大きな目玉を見ているとこっちが気分悪くなりそうだった。彫りの深い顔や手足にはまだ新しい血がこびりついて大きく腫れ上がっていた。彼の腕の中の子どもは真っ青な丸い目で僕たちのように黒い髪。土埃まみれで衣類もすり切れている。

この人たちどんな暮らしをしてきたのか、大体見当がついてしまうから困る。まだ事情を聞く前から勝手に同情してしまう。

「どこが魔法使いなんだよ」

 僕はチェロアに問いかける。

「本人が言ってたんだもの」

 口ではどうとでも言えるって。

「っていうか、このヒト言葉が分かるの?」

 その時、男が初めて口をきいた。かすれて弱々しい声だった。

「水を……くれませんか」

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