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リトルシスターズ

作者: いとうゆきひろ

「あーーっ!! イライラする。ねぇリム、これってどうすれば良いと思う?」

「セレン! 今更イライラしても仕方無いじゃない! それに、もっと早く走らないと追いつかれちゃうわよ!?」

「だって、仕方無いでしょ!? 本当にあの2人が来れないなんて思っても見なかったんだから! もーーーっ!!」


薄暗い洞窟の中を走り回る2人は、背後から追い掛けて来る魔物から逃げているところだ。

ちらりと後ろを向くと、赤々と光る魔物の眼が幾つも見える。

恐らくは10や20の数ではないだろう。それらが血相を変えて走る2人を追いかけてきているのだ。


事の始まりは数時間前に遡る。

竜の国に住んでいるセレンは、ほぼ毎日ベークライト王国の城に顔を出しており、仲間であり家族でもある城の姫セシルとその婚約者のカイルに会いに来ている。

その日も日課のように会いに行くと、カイルもセシルも急な公務で出掛けたと言われた。

公務なら仕方無いと、諦めて竜の国へ帰ろうとしていると、1人の侍女に呼び止められた。

その侍女は見た目が子供なのだが、実際の中身は既に成人していると言う。

そう言っても、セレンも似たようなものなので2人揃うと「ちびっ子」と言われ、城の中では大人気になっていた。

その侍女が一枚の紙を持っていて、セレンにそれを差し出した。


「これは? って、カイルからだよね。サーチ&レスキューの依頼かぁ… わざわざギルドから指名依頼されるレベルのものでしょ? あの2人も残念でしょうね」

「その通りです。姫様もカイル様も、大変残念がっておられました。でも、大至急と言うことでしたので、セレン様がいらした時に渡してくれと頼まれました」

「ふーん、そっか。 ...ん? でもさぁ、私が毎日来るのは日課になってるけど、急遽来れなかった場合、これってどうなるの?」

「無論、私が受ける事になっていますね」

「は? リムがこの依頼を受けるの?」


信じられないような表情をするセレンだが、リムは当然のように頷く。

今回の依頼はカイルを名指ししての依頼だ。

正確にはカイルの所属するチームへの依頼となっているのだが、リーダーのカイルを始めセシルも不在だし、他のメンバーも今は別件で違う国へ行っている。

もちろん、リムは正式なメンバーではないがカイルからの直接指導をされており、その実力は他のメンバーと比べても遜色は無い。

だが、自分の事を棚に上げる訳ではないが、その幼い見た目が気になってしまう。


「うーん。でもまぁ、今回は私がいるわけだし、あまり気にしなくて良いか。よし、じゃあ、その依頼は私が受けるわ」

「あ、あの… よろしければ、私もご一緒させていただけないでしょうか?」

「へ? 何でさ? っと、待て待て。そう言うことか。 …うん。今後のこともあるだろうし、あの2人もそう言うのを望んでるんだろうからね。いいわ、貴女も来なさい」


さすがは古代魔法を扱うだけあって、セレンの頭の回転は速い。

恐らく、カイルとセシルはリムを鍛えるのと同時に、これからも似たようなことが起こる可能性も踏まえ、リムが使えるかどうかをセレンに判断して欲しいとのだと理解した。

早速2人は身支度を整えると、依頼書に書かれている洞窟へと向かった。

その洞窟のある場所は遠いところにあり、馬車を使ったとしても数日掛かるのだが、セレンの旅の扉を使えばあっと言う間だ。

この魔法はスクロールにも入れることができるため、セレンがいなくとも発動できる。

とは言え、魔法力さえあれば誰でも瞬間移動できてしまう代物であるため、国王が使用可否の判断をするようにしているのだ。


そして洞窟に到着した2人は、すぐに内部の探索を始めた。

2人しかいないため、リムを先頭にして歩き、奥へ奥へと進んでいく。

洞窟内は自生する苔が薄っすらと光を発しているため、松明無しでも問題無く歩くことができる。

一切の躊躇いを見せること無く、ずんずん奥へと突き進んでいくリムに、後ろを歩くセレンが感心する。


「私は別に松明無しでも普通に歩けるけどさ。リム、貴女もなかなかやるわね。罠にも掛からず、迷うこと無くずんずんと歩いてるじゃない」

「私はセレン様を信頼しております。もし私に何かあったとしても、セレン様が必ず何とかして下さいますからね」


思い掛けない言葉に、セレンが一瞬躓き掛けてしまう。

冒険者であるセレンは侍女のリムと一緒に旅をした事は無いし、そんな機会は無かった。

唯一、リムが旅に出ることができたのは、セシルが別の国で開催されたお見合い会に参加した時に、お世話係として付き添ったくらいだが、その時もカイルとセシルしか参加していない。

つまり、セレンとリムはほとんど接点が無いと言うのに、リムは自分の背中をセレンに任せていると言う。

確かに、リムの行動を見るにセレンに全幅の信頼を置いているとしか思えない。


「私と貴女はそんなに仲良くないと思ったけど… その信頼はどこから出てきたの?」

「姫様とカイル様がセレン様に全幅の信頼を置いています。私が敬愛し尊敬するお2人が信頼している方を、私が信頼しない理由はありません」

「はぁーーー… 貴女ってば良いヤツじゃん。その身長も合わせて気に入ったわ」


バシバシとリムの肩を叩き、超ご機嫌のセレンが嬉しそうにリムの肩を抱いた。

2人は同じくらいの身長と言うこともあり、傍から見れば超仲良しにしか見えない。

それからもずんずんと奥に進んでいくと、大きめの部屋に出た。

そこは怪しさ満点だったが、道は他にない。

2人は顔を見合わせて小さく頷くと、慎重に部屋の中に入っていった。


「セレン様、回避不能の罠です。引っ掛かるしか方法は無いと思いますが、いかがですか?」

「じゃあ、こうしましょう。私が何とかするから、成功したらお互い友達口調にしましょう。どう? この話、乗る?」

「罠に掛かる方が楽なような気がしますが… その提案、後悔しても知りませんよ?」

「あーっはっはっはっはー!! 面白い! リム! 行くわよっ!」


セレンは高笑いをすると、腕まくりをしてリムの前に出て片手を前に差し出す。

そして、自信満々の笑みを浮かべると、セレンの手が光に包まれる。

その光は、セレンの手の動きに合わせ、まるで踊っているかのように軌跡を描き、見慣れないシンボルを作り出す。


「ソウェイル・アルジス・アンスール・サガズ・カノ・イサ・ウィン・ギューフ(生命を守護するものよ、我が声を聞け。変革の始まりを妨げ、調和を贈り給え)<魔力霧散>!!」


聞いたことも無い言語での詠唱を終え、セレンが魔法を発動させると、描いたシンボルが更に輝きを増して砕け散る。

それは無数の光の粒子を生み出し、セレンたちのいる部屋いっぱいに広がると、仕掛けられていた罠を起動させる魔法陣が浮かび上がり、まるで光の粒子に喰われるかのように霧散していった。

そして、部屋中に散らばった光の粒子が消え去る頃には、罠を起動させる魔法陣も全て無くなったのだった。


「ふぅ、相変わらずセレンの使うルーン魔法は見事なものね。改めて見ると、聞いたことも無い詠唱だし、魔法陣じゃないってのも興味深いわ」

「お!? 良いねぇ。早速、超親友状態だ。レスポンスが早いのは大好きだよ」

「無駄に遠慮して得られるはずのものが手からすり抜けちゃうなら、逆に有効活用すべきだと学んだのよ。その方がお互いに効果的でしょ?」

「それ、違ぇ無ぇわ。んじゃ、行きましょ」


あっと言う間にセレンからの条件を受け入れて対応したリムに、喜びを隠すこと無くバシバシと背中を叩くと、2人は先を進むのだった。

それから、セレンのルーン魔法を行使してから暫く時間が経過していて、2人もそれなりに洞窟の奥深くまで来ているはずなのに、何かがおかしい。


「ねぇ、何かヘンじゃない?」

「そうね。魔物が一匹もいないなんて… 何かが起きてるとしか思えないんですけど?」

「洞窟内の索敵は難しいのよねぇ… セレンは何か良いアイディアは無いの?」

「アンタこそ侍女でしょ? 護衛対象が危険に晒されないように教育されてないの?」

「あのね。私は便利屋じゃないのよ!? 皆と似たようなこと言わないでくれる?」

「それなら、私もただのお世話係なのよ!? 護衛は騎士がするもんなの」


足を止めてお互いに不毛な言い合いをしていると、洞窟の奥の方から何かを感じた。

2人一緒にそちらの方向を向くと、真っ暗な通路の奥から微かに聞こえるのは魔物の咆哮のようで、次第に地鳴りも響いてくる。

それは急激に近付いてきており、このままだとあっと言う間にここへと来るだろう。


「来たっ!! …のは良いけど、どうしよう!? ここ、狭いよね!?」

「セレンのルーン魔法は、光の弓以外は閉所じゃ使えないって聞いてる。一旦、さっきの広い部屋に戻ろう。数では劣るけど、機動力はこっちが上だと思う。それに、開ければセレンのルーン魔法が使えるでしょ!」

「よし! それで行こう!」


そして2人は踵を返すと冒頭に戻り、今来た道を戻って広い部屋へと全速力で移動を始めた。

なぜか、後ろから追われていると、目的地までの距離が遠いと感じるのは何でだろうと、そんなことを考えながら走る。

心なしか、追ってくる魔物の足音が多くなったような気がしたので、ちらりと振り返ってみると、想像通りに赤く光る魔物の眼の数が増えていた。


「リム! リム! 増えてるよ!!」

「セレン! こう言う時の取っておきは無いの!?」

「あっ!! あった! やっぱり戦闘が少なくなると、頭の回転も鈍っちゃうわ。さぁ、行くわよリム! レイズ!(我が動きは駿馬の如く!)<瞬足>」


セレンが唱えると、2人の足が淡く輝き、走る速度が一気に上がる。

あっと言う間に追っ手を遠ざけていくが、いわゆる諸刃の剣のように自分たちの体力もガリガリと削られていくのが分かった。

術者であるセレンも解除するか判断を迫られていたその時、目の前に目的地である部屋の入り口が見えた。

そして、まるで声を掛けたかのようにお互いを見ると、何も言わずとも通じ合ったように頷き合う。

そこから更に加速すると、部屋の入り口に到達した。

リムは自分の髪に挿している簪を、素早く2本抜いて闘気を纏わせると、魔法銀で作られた簪には赤く小さい花が無数に咲き誇る。

両手に簪を構えたリムが、戦闘態勢で追って来る魔物を待ち構える。

セレンは更に進んでから反転し、リムの方に手をかざして意識を集中させた。

それからほんの少しの間をおいて、部屋の中に入り込んできたのは、この大陸全般でよく出没する三つ目六つ足の熊の魔物だった。

この魔物はその名が示す通り、顔の額のところに第3の眼があるために、獲物との距離を正確に割り出し、攻撃を紙一重でかわして反撃する技量がある。

そこから繰り出してくるのは、4本の腕を自由自在に使った熊特有の超怪力での攻撃だ。

更に、腕が4本で足も2本あるため、走る速度も極端に速く、鼻も利いて暗闇でも獲物が見えることから、逃げも隠れもできず、出会ったら必ず戦わなければいけない魔物として、冒険者の中でも特に危険視されている。

そんな魔物が群れで襲い掛かってきていた。


「来たよ! 相手は熊の魔物! 数は目視で約20! セレンは討ち漏らしを仕留めて!」

「オッケー! やるよリム! まずは、アルジス!(守れ!)<簡易防御!> それから、ウィン・ユル!(光の弓よ!)<光弓!>」


セレンのルーン魔法が2つ発動し、1つは2人を淡い光が包み込む簡易的な防御魔法だ。

次に、セレンの手に現れるのが光りで作られた弓だ。

リムは、防御魔法が掛かると同時に前方へと走り出す。

熊の魔物と正面から戦うなど、冒険者なら絶対にしないし、それ以前に単独で攻撃を仕掛けない。

熊狩りはちゃんとした役割を決めたチーム戦で行うのが普通だ。

盾役と近距離攻撃、遠距離攻撃と回復の4人が最低ラインだと言われている。

そのようなことはリムもセレンも当然理解しているが、今はこの2人でやるしかないのだが、セレンは大陸最強と言われた冒険者チームの1人だし、リムはそのチームのリーダーに直接鍛えられている。

ある意味、反則級の強さだった。

それを証明するように、駆け出したリムはその小柄な体型を上手く利用して熊の懐に入り込むと、正確な動作で簪を心臓に突き刺す。

そして、次の熊に向かい、同じように簪を突き刺すと、2体の熊は動きを止めた後、苦しむように咆哮を上げ、その場に崩れ落ちた。

それでもリムは止まらず、自分の直線位置にいる熊の魔物を次々と仕留めていく。


「セレン! 右2体、左1体!」

「はいはーい!」


リムから飛んでくる指示に軽く返事を返すと、セレンは握った光の弓を構えて引き絞る。

すると、そこには光の矢が現れ、凄まじい速度で射出されて熊の魔物の心臓を貫く。

そこからは、とても弓とは思えないほどの見事な連射で、右に左に次々と射出していき、あっと言う間に打ち漏らしを仕留めた。

部屋への入り口ではリムが正面に立ち塞がって、向かい来る敵を一撃の元に屠っていき、その討ち漏らしをセレンが仕留めると言う作業と化していたのだが、驚くべき点は2つあった。

1つは、セレンの光る弓は常に魔法を発動している状態になるのだが、未だにその魔法力は尽きること無く光る弓を維持し、尚且つ射出速度も変わらないまま光の矢を射っている。

もう1つは、入り口で迎撃しているリムだが、今のところ熊の魔物を一撃の下で倒していることはもちろん、討ち漏らしをセレンに伝える時には、セレンから見た右左で指示を飛ばしていることだ。

そして、部屋で魔物を迎撃すること十数分、入り口の周りには熊の魔物の死体がゴロゴロと転がっていた。

それでも息を乱すこと無く、しばらくは入り口を警戒していたリムが、小さい溜め息を吐くと同時に簪に纏わせていた闘気を解除し、髪を簡単に結って簪を挿す。


「ふぅ… 終わったね。さすがはセレン。討ち漏らしが無かったから戦いやすかったよ」

「まぁね。私が討ち漏らしたらリムの背中がヤバいじゃん。だけど、リムからの指示が的確だったからこその結果よ」

「じゃあ、お互い初戦のコンビネーションは問題無しかな? 今のところ」

「そうね。これから戦闘が増えていくだろうけど大丈夫なんじゃない? 今のところ」


リムが差し出す拳に自らの拳を当てて、2人は再度奥へと進んで行った。

今回のサーチ&レスキューは冒険者ギルドのギルド長自らが指名して持ち込んだ案件だ。と言うことは、行方不明になってから捜索が打ち切りになるギリギリのタイミングなのだろう。

つまり、生存が希望視される残された日数は1日にも満たないはずだ。

リムは細心の注意を払いつつも、足早に洞窟内を突き進んでいく。

それからは、さっきほどの数ではないが魔物の出現が何度かあり、そのたびにリムが瞬殺していった。


「ねぇ、リム。ちょっとは休みなさいよ。さっきから前衛で戦いっ放しじゃない」

「分かってるけど、時間が無いと思うから進まなきゃ」

「ちょっと待ちなさい」


さすがの連戦続きで体力が落ちてきているのか、リムの額には大粒の汗が浮いている。

リムとしては、一刻も早く行方不明になった冒険者の捜索を進めたいと考えているのだが、セレンとしては、生きているかも分からないパーティーよりも、リムの体調の方が優先される。

だから、歩き出そうとするリムの手を掴み、真剣な表情でリムと向き合う。


「良い? 私にしてみればリムの方が大事なのよ。確かに、いなくなっちゃった冒険者たちも心配だけど、その前にリムが倒れちゃったら元も子もないでしょ。焦る気持ちは分かるけど、万全な状態で望めるように努力しなさい」

「そ… うね。ゴメン。私の判断が甘かったわ。 …それにしても、随分と私を心配してくれるのね」

「そりゃあ、カイルの愛弟子でセシルのお世話係。しかも、2人からの厚い信頼もあるなら、私が信頼しない理由は無いじゃない? リムが言ったことと同じよ。理屈なんていらない。そうでしょ?」


そう言うと、セレンはごそごそとバッグの中から色々と取り出す。

洞窟内の狭い通路に敷物を出してリムを座らせると、次は幾つかの果物を出し、綺麗にナイフで切り分けてくれた。

洞窟に入ってからずっと飲まず喰わずだったこともあったが、美味しさが体に染み渡っていくのを感じていた。


「ただの切り分けた果物のはずなのに、沁み渡るわー」

「本当に、リムは一言多いのよ。これ、一応は竜の国の特産品なんだから、こっちじゃ食べられないようなものなのよ? もう少し感謝して欲しいわー」

「特権を乱用しているのね。さすがにいい根性してるわ。姫様の言う通り… !?」


突然、何かを感じたようにリムが通路の奥の方に聞き耳を立てる。

何があったのか聞こうとしたセレンの耳にも、何かが聞こえたような気がして、リムと同じように耳に手を当てて聞いてみる。

すると、更に奥の方だろうか、何かが話しているような声みたいなものが確かに聞こえてきた。

2人は頷き合うと、休憩を切り上げて走り出す。


「セレン! だいぶ弱っているけどまだ生きているみたい!」

「ええ、だけどあんまり時間は無さそうね! もう少し急ごう!」


更に速度を上げると、声のする方へ急ぐ。

途中で邪魔をする魔物も、足を止めること無く始末すると、さっきの部屋よりも大きな空間に出た。

その部屋を取り囲む壁には大きな窪みが幾つかあり、鉄の格子がはめ込まれた天然の檻が作られていて、よく見ると、幾つかある檻の中のひとつに数人が閉じ込められているのが見えた。

セレンとリムは辺りを警戒し、何もいないことを確認すると、慎重に檻へと近付いていく。


「私たちは冒険者ギルドから派遣されて来たんだけど、アンタらは数日前にこの洞窟に依頼でやって来た冒険者、ってことで合ってるかな?」

「あ、あぁ… そうだ。それは俺たちのことだろう。 …ところで、君たちは?」

「先ほども話しましたが、冒険者ギルドから貴方たちを救助するために派遣された者です。ところで、貴方たちはなぜ… っ!!」


リムが、捕まったことについて聞こうとした時、セレンに服を引っ張られる。

一体何を、とセレンの顔を見て、その真剣な表情に驚いた。

そして、檻に入れられた冒険者たちが唖然とする中、服をグイグイと引かれたままセレンに壁の端の方へと連れて行かれた。


「ねぇ、気付いた?」

「何を!?」

「あの冒険者たち、捕まえられたんだよ? つったら、誰に? ってことだよね」

「…魔物じゃなく、知能のある者。まぁ、この場合は人間ってことか…」


ビンゴ、と言わんばかりに親指を立てたところで、2人は別の気配が近付いてくるのを感じ、近くの岩陰に息を潜める。

すると、人よりも大きな巨躯が姿を現した。

見た感じではフルプレートに大盾と槍を持ち、剣を左右の腰に差している。

2人の予想通り、魔物の類では無く人間のように見えた。

そして、部屋の中に入ると、まるで何かを探すかのように辺りを見回したかと思ったら、急にこちらを向いて襲い掛かってきた。


「!! 見付かった!? そんなバカな!!」

「気配も魔法力も完璧に消していたはず! …あーっ!! もういい!! リム!! やるわよ!!」

「セレン、先制をっ!!」

「任せて! この距離なら…! アース・ウル・スルス・ナウズル・カウン・ユル・ハガル・ロークル!(最高神オーディンの名の元に根源の力を持ち、傷を強制し巨人をも屠る弓よ! 撃ち抜いた後も雹のように降り注げ!)<巨人殺しの弓!>」


潜んでいた岩陰から飛び出すと、リムは簪を抜いて駆け出す。

その背後ではセレンが先ほどの光の弓とは違う、自分の背丈をも越える巨大な弓を引き絞っている。

そして、狙いを定めると一気に放つ。

その矢は凄まじい速度で射出され、リムの頬を掠めるほどの近距離で飛んでいき、フルプレートの敵の胸の部分に激突すると、凄まじい金属音を響かせながら敵ごと通路の奥へと吹き飛ばす。

更に、射出された時に矢から生み出された無数の小さい矢が、飛ばされたフルプレートの鎧を目掛けて一斉に追って行き、少しの間をおいたかと思うと、奥の方で強烈な爆発が起こった。


「ち、ちょっと! なに洞窟内で爆発の魔法なんて使ってんのよ! 洞窟が崩落しちゃうじゃない!」

「大丈夫よ! この爆発は衝撃波を外に出さないから! 便利でしょ!?」

「なら安心した! じゃあ、いくわよっ!!」


リムが更に加速すると、まだ倒れて動けない敵に向かって飛び掛る。

逆手に構えた簪を2本、落下の勢いと共に敵に突き刺すも、防御系の魔法が掛けられているのか切先が鎧に届いていない。

しかも、よく見るとセレンの攻撃が直撃したはずなのに、キズ一つ付いていなかった。

更に、異変を感じたリムが飛び退くと、これまでで一番大きいサイズの熊の魔物の集団が襲い掛かってきて、一気に取り囲まれてしまった。

鎧のキズに気を取られてしまい、熊の魔物の接近に気付くのが遅れたため、リムは熊の魔物の間合いに入り込んでしまっている。

牙と爪の攻撃が無数に降り注ぐ中では、魔物の数を数えている余裕も無いが、勝機が無い訳ではない。

所詮は獣の攻撃であるため、付け入る隙などいくらでもあるが、リムが魔物の集団の中にいるために、セレンが攻撃できないことも事実だ。

距離を取るためには数体倒す必要がある。

これまで防御に専念していたリムは、大きく息を吸い込むと姿を消した。

目の前から一瞬で消えたしまったことに、熊の魔物たちも思わず動きを止めて目で探してしまうが、それがリムの狙いだ。

小さい体は前傾姿勢になると背の高い敵の視界から外れやすい。それを上手く利用して懐に入り込むと、闘気を纏わせた簪を心臓に突き刺し、そのまま次の魔物の懐に入り込む。

そして、同じように心臓に簪を突き刺すと、次の魔物へと駆け出す。

その時に腕を振るうと、さっきまで魔物に突き刺していた簪が抜けてリムの手元へと戻ってくる。

それを繰り返すこと数回、魔物の群れに隙間ができ始めたのが見えたので、リムが抜け出そうとした瞬間、反対側の隙間から鎧の敵が飛び出してきた。


「甘いっ! それは想定済みなのよっ!!」


どのタイミングかは分からないが、必ずこの隙を突いて鎧の敵は介入してくるだろうと考えていたリムにとって、この攻撃は想定内だ。

鎧の敵の攻撃をかわし、上手く熊の魔物を踏み台にして飛び上がると、がら空きになった背中に強烈な一撃をお見舞いする。

が、これが体重差と言うものなのだろう、リムにとっての渾身の一撃も、防御力がずば抜けて高い鎧の敵には効果が薄い。

これ以上深追いするのは愚策だと判断したリムが、更に数体を倒して魔物の集団から抜け出す。


「セレン!」

「はいよー!」


すでに2人の間に細かい指示や説明などは不要。

何をどうすれば良いかを理解しているため、リムは包囲網を抜けてもその場に残り向かい来る熊の魔物の相手をしつつ、鎧の敵への牽制も行っている。

それを少し離れたところで見ていたセレンが、どの攻撃が有効なのかを導き出して手を前に差し出す。


「カノ・ティール・アンスール・カノ・ウルズ・ナウシズ・エイワズ! (炎を司る軍神よ、我が言葉を聞け、炎の力をもって、我が敵を束縛し、死を授けよ!)<炎の棺!>」


セレンが魔法を発動する声が聞こえ、リムがすぐにその場を離脱すると、熊の魔物たちを包囲する炎の壁が出現し、更に天井が炎で作られた蓋によって閉じられると、炎の棺となった壁と天井は次第にその温度を上げていき、赤から白へとその色を変えていく。

そして、セレンが開いていた手を握ると、包囲していた炎の棺が爆縮し、あんなにいた熊の魔物たちが一瞬にして消え去った。

だが、これで終わるはずも無く、セレンとリムはその直後から次の行動へと移っており、炎の棺に気を取られていた鎧の敵に攻撃を開始する。


「アルジス!(守れ!)<簡易防御>、そして! レイズ!(我が動きは駿馬の如く)<瞬足>、更に! スルス・ウル!(我が一撃は巨人の如く)<怪力> おまけで! ソウェイル・イサ・ナウシズ・エイワズ!(生命力を止め、必要性のある死を)<最高神の剣>」

「わぁ、バフのてんこ盛りだ!」


セレンの魔法によって多重強化されたリムがニヤリと笑い、一気に駆け出す。

“俊足”によって強化されても戸惑うこと無く、一瞬にして鎧の敵の前に姿を現すと、両手持ちしていた簪を剣のように振り下ろした。

“怪力”と“最高神の剣”の二重強化された攻撃は、鎧の敵の防御力を簡単に上回り、その鎧に大きな斬り傷を付ける。

そして、振り下ろした簪を手放すと、そのまま鎧の敵の背後に回り、口に咥えていたもう一本の簪を握ると、横一文字に斬り付けた。


「リム!」


そのセレンの呼び掛けに、リムは視線を向けることも無く、鎧の敵から離脱するとセレンが魔法を発動する声が響いた。


「イス・ナウズル!(凍てつく氷像となれ!)<氷結の像>」


リムが鎧の敵を見ると、そこには上半身が斬り飛ばされた瞬間に氷漬けにされたような見事な氷像が出来上がっていた。

手で触れてからコンコンと叩いてみるが、氷のように冷たい感じはしない。

だが、見た感じでは確かに氷像になっている。


「まぁ、魔法で形を構成している分子の動きを止めたからね。凍っているように見えるけど、実際にはただの物体に構成を変えた、って言った方が正しいかな?」

「見事なまでに常識外れな魔法だわ。でも、これがールーン魔法なのね」

「でも万能じゃないのよ? さっきだって、リムが敵を斬ってくれたお陰で魔法が効いたんだからさ」


お互いを讃えるのも控え目に、2人は檻へと向かうと、捕らわれていた冒険者たちを救出した。

檻に使われていた格子も、セレンがリムの簪を強化することで簡単に切り裂くことができ、思った以上に元気だった冒険者たちは自分の足で檻を出てくる。

そして、2人を見た冒険者たちが口にした第一声は


「こんな小さいお嬢ちゃんたちなのに、すげぇな」

「「お嬢ちゃんじゃなーーーい!!」」


2人の声が洞窟内に木霊し、みんなで笑い合った。

それからセレンとリムが先導する形で洞窟の外へと連れ出す。

途中、何度か魔物の出現もあったが、冒険者たちが手を出すまでも無く、2人が先を競うように倒していた。

そして、出口に着くと、そこにはギルドから馬車を派遣したであろうニーアムが待っていて、2人を見るとにこやかに声を掛けてくる。


「よぉ、お2人さん。俺の読み通りだったとは言え、正直に驚いたぜ」

「なぁに? もっと時間が掛かると思ったの?」

「心外ですね」

「おいおい、随分な言われようだな。で、そっちが依頼のあった冒険者たちか。無事そうで何よりだ」

「貴方がギルド長ですか、ご心配をお掛けしました」


それから救出された冒険者たちは、ニーアムと共に来た御者に案内されて馬車に乗り込むと、先にギルドへと戻るように指示した。

走り去る馬車を見送ってから、ニーアムはセレンとリムに声を掛ける。


「さて、これで依頼は達成だな。報酬は後で城へ届けよう。それにしても、初パーティーだと言うのに、相性ばっちりじゃないか」

「もちろんよ。もしかしたら、あの2人以上の相性かも。でも驚いたわ、リムがあの2人以上に意思疎通しやすいなんて思いもしなかったからね。考えの先読みもしてくれるし、リムなら安心して私の背中を任せられるわ」

「体格差も無いから、私も動きやすかったわ。侍女たちと比較しても、セレンの方が分かりやすいし、安心して敵陣へ斬り込むことができるわ」

「ほう? なかなかに厚い信頼関係だな。じゃあ、セレンさえよければ、2人でもパーティー登録したらどうだ? 既にパーティー名があるなら、俺が登録しておいてやるぞ?」


そう言われて、2人は顔を合わせる。

今後、似たような状況になった場合、自分たちに直接ギルドから依頼されることもあるだろう。

そんな時、1人では難しいことだとしても、2人ならできる事の幅は大きく広がる。

それも、相手が決まっているのであれば申し分ない。


「あー… 私はリムが良いならパーティーを組んでも良いわよ?」

「私も、セレンが良いって言うなら、何の問題も無いわ」

「そうか。なら、パーティー名はどうする? 後にするか?」

「「私たちのパーティー名は、リトル・シスターズよっ!!」」


息ぴったりに返事を返すと、2人はハイタッチする。

それは、これから冒険者ギルドでも上位に食い込むほどのパーティーが誕生した瞬間であった。


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