ガキの頃の約束をずっと覚えている幼なじみと結婚することになった。
幼い頃には計画性のない夢や誓いを語ることが多い。
宇宙飛行士だとかプロ野球選手や漫画家だのその場の勢いで口にしてしまう。
そして歳を取るにつれてこれは
現実的ではない、都合よくいかないだろうと心は冷めていくのが当たり前の話である。
自分も小さい頃にその場の勢いで幼なじみとある誓いを立てていた。
「大きくなったら結婚しよう千尋!約束だ!」
「うん!私も絶対に文也君のお嫁さんになるから!」
地域の公園でよく遊んでいた
俺、山下文也は
幼なじみの伊集院千尋に
結婚の誓いとしておもちゃの指輪をプレゼントした。
「ほらこれやるよ」
「えっ……?これって……」
俺はそう言って彼女の小さな左手薬指にそのおもちゃの指輪をつけた。
彼女はとても嬉しそうな表情を浮かべている。
「絶対幸せにしてやるからな」
「うん!約束だよ!」
そんな甘酸っぱい誓いから10年
高校三年にもなれば幼なじみの恋の熱は冷めて………
いなかった。
◆◆◆
高校の休み時間。
「はい文也君、ここに名前書いてね」
「………ん?ああ?」
プリントを配る感覚で俺の机に
怪しい用紙を渡してくる幼なじみの千尋。
千尋のフルネームが書かれた
隣の空欄に俺の名前を書いてほしい様だ。
あと身分証明書とかハンコも必要らしい。
「ちょっと待て。なんだこの婚姻届みたいな紙切れは」
「婚姻届だけど?」
「なんでそんなの持ってんだよ!?」
「だって私たちもうすぐ18歳でしょ?
そろそろ籍を入れてもいい頃合いだと思うんだけど」
「いや、そういう問題じゃなくてな……」
10年も前の青臭いガキの約束を
まだ信じてるなんて予想外だった。
普通なら高校生になれば恥ずかしい過去として
洗い流されるはずだが……
今更言えない
あはは、そんな昔の話マジに思ってたんすか
とか最低な話。
小さい頃に浅はかな考えで婚約した俺は
後から気づいたことが二つある。
千尋の家系、伊集院家は世界でも上位な超金持ちの
家柄だということ。
あんまりに権力がでかすぎるのか
学校の先生皆が千尋に目を伺って頭が上がらない。
「おい山下、伊集院さんとは仲良くするんだぞ……」
「アッハイ……善処します」
担任からも圧力がかかる始末。
「え〜千尋ちゃん!それ婚姻届じゃん!おめでと〜!式には呼んでね」
「なんで山下なんかが伊集院と結婚なんだよ……死ね」
俺と千尋はクラス公認のカップル
みたいになっている……ついでに担任まで。
もう一つは千尋の愛が重いことだ。
「文也君!一緒に帰ろうね!」
放課後になるといつもの様に俺の机まで
迎えに来る千尋。
俺と彼女の仲良さげな雰囲気を見て
クラスの男子からは殺意の目線を向けられる。
千尋は堂々と俺の手を取り
恋人繋ぎをしてくる。
「ちょっ……手離せって!」
「いいじゃない別に〜
もうすぐ夫婦なんだから」
周りに見せつけるように俺たちは下校する。
彼女の左手に目を向けると
自分が幼い頃に渡したおもちゃの指輪が
今もつけられていた。
多少リングのサイズ調整ができる様だが
子供向けなのもありきつそうだ。
「まだつけてたんだなその指輪」
「もちろんだよ!これは私の大切な宝物だから」
「ふーん…………」
「あ〜っ!照れてる!」
「う、うるさいぞ!照れてねえ!」
昔の俺の軽いノリでのプレゼントを ここまで大切にしてくれていることに少し感動してしまった。
1000億とかお金を動かせるお嬢様が
100均にでも転がってそうなおもちゃを
大切にしてくれるなんてなあ……
彼女の一途な想いが伝わると同時に
罪悪感を感じてしまう。
◆◆◆
翌日の放課後
友人から急な話をされた。
「お前さ〜なんで伊集院さんと付き合わないの?」
「え?それは……」
クラスメイトの中で唯一
俺が千尋とのカップルや婚約を
まだ受け入れていないことを理解してる友人の
翔からの質問だった。
「だってあの伊集院家だろ?結婚したら一生働かなくても金がドバドバ増えてヒモ暮らしじゃん?」
「……」
「なんだよ?伊集院さん苦手なの?
しつこく絡んで嫌いとか?」
「そんなわけねーだろ」
千尋は美人で頭も良くて料理もうまい努力家だし……
こんな地味で平凡な男の俺を好いてくれるって
嫌いになるわけがない、ずっと大好きだ。
恥ずかしいから友人の前で口には出さんが。
「……釣り合わないじゃん、俺と千尋じゃ」
「またそれかよ、伊集院さんも言ってただろ、お前と一緒にいるだけで嬉しいって言うのにか」
「……俺と千尋がネット上で結構噂に
なってるの知ってるか?」
「え?そうなの?」
「ああ、超有名な伊集院家の娘が
一般人のモブと付き合うなんて信じられない
何か脅しでもしてるなんてデマまで見るし」
「何だそりゃ、ただの嫉妬だろ」
「まあそうだが……俺みたいな頼りない男と結婚しても将来いろんな人に舐められたりバカにされて……
千尋にたくさん迷惑かけるだけだと思うんだ」
「ふ〜ん、じゃあ伊集院さんは
金持ちで頭いいイケメン君とでも
結婚したらお前は納得なのか?」
「え???めっちゃ嫌だけど」
「は?なんだそれ」
つい反射的に即答してしまう。
千尋が俺以外の男と結婚なんて考えたくない
知らない男が彼女を幸せにできるとこなんて
想像したくなかった。
「なんだよ答えでてんじゃん」
「いやまあ……そうだけど」
「結局はお前の気持ちの問題だよ
庶民だから付き合えないとか気にしすぎ
それこそ伊集院さんはお前以上に
他の男と結婚なんて嫌がると思うぜ」
「……わかってるよ」
確かに翔の言う通り、杞憂な悩みだった。
周りの奴らにどう思われようとも
千尋は俺が守りたい支えてあげたい。
他に奴に手を出されたくない。
「ありがとうな、なんかスッキリしたわ」
「おう!がんばれよ!」
自分に勇気をくれた翔に感謝しながら
俺は急いで帰路に着く。
◆◆◆
走って自宅に帰りリビングに
辿り着くと千尋の前で
俺の父と母がニコニコ笑顔で
婚姻届にハンコを押していた。
「はははっ、息子をよろしく
お願いします」
「バカな子供だけどよろしくね〜千尋ちゃん」
息子の意思問わず勝手に話を進める両親………こ、これが権力の力か。
もはや俺と千尋の結婚は
この町全体で確定事項らしい。
まあ今更悩むことはない
男を見せろ俺。
権力に媚びる俺のバカ両親から婚姻届を受けとり鞄からボールペンを取り出す。
「ふふっ、やっと名前書く気
になったんだ!」
「ああ、そうだよ」
「へ?」
俺の予想外の行動に目を丸くする千尋。
彼女の名前の横の空白に俺の
名前を書き込む。
「ほらよ、俺の名前書いといたぞ」
「……えっ」
「千尋……お前が好きだ!
俺と結婚してくれ!俺の妻として
ずっとそばに居てほしい」
「ほ、本当に?夢じゃないよね?嘘じゃないよね?」
「うん、本当だ」
「文也君!」
「うおっ!?」
千尋は嬉しさのあまり俺に飛びついてくる。
幼なじみの柔らかい胸の感触にドキドキしながらも
なんとか受け止める。
「私……すごく嬉しい!ずっと返事待ってたんだ……中学くらいから文也君素っ気ないとこあったし」
「ごめんな、思春期で色々考えててさ……」
「いいんだよ、卒業したら
ず〜〜っと一緒だよ」
「ああ、よろしくな……うおっ」
急に柔らかな感覚と吐息が伝わる。
10年ぶりにプロポーズされた嬉しさか
千尋は俺の頬にキスをしていた。
「えへへ、私達婚約者だからこれくらい
してもいいよね……」
「お前ってほんと積極的だな」
「文也君のこと10年も好きだからね〜」
「千尋………その、絶対幸せにするから!」
「………うん!」
幼い頃から計画性のないの夢を
持っても後で現実を思い知ると
バカにしてたけど意外と将来の夢は
叶えられるもんなんだなって俺は考えを改めた。