任せて下さい~ずっと一緒ですから!
紗央莉さんはおっちょこちょい
「...出来た」
昨日の夜から徹夜で作り続けた正月のおせち料理。
ローストビーフや合鴨ロース、伊勢海老。
後は栗きんとんや慈姑に黒豆等、定番のメニューも忘れない。
「うん、大丈夫」
味見は何度もしたが、最終確認。
お婆ちゃん...ちゃんと出来たよ。
料理を仕込んでくれて、ありがとう。
「メールだ!」
綺麗にお重へ詰め終わった時、政志さんからメールが届く。
後10分で到着と書かれていた。
保冷剤でお重を包み、保冷バッグへ。
一緒にリュックも担いで、自宅マンションを出た。
玄関ホールで政志さんが来るのを待つ。
やがて見覚えのある一台の自動車が私の前に止まった。
「お待たせ」
「いいえ」
政志さんは運転席から降りると、保冷バッグと着替えの入ったリュックサックを受け取り、後部座席に置いてくれた。
些細な優しさが嬉しい。
「出発するね」
「はい」
助手席に乗り、シートベルトをする。
車はゆっくり走り出した。
今日は12月31日の大晦日。
政志さんとお付き合いを始めて、初めての年末。
いつも年末年始を実家で過ごしていたが、今年は違う。
「どうしたの紗央莉ちゃん、眠い?」
「い...いいえ」
優しい声で私の名を呼ぶ。
それだけで心が満たされてしまう、政志さんが私の恋人だなんて未だに信じられない...
「大丈夫?車酔いした?」
「...大丈夫です」
「なら良いけど」
私を気遣う政志さん。
車酔いじゃない、緊張してるんだ。
なぜなら、車は政志さんの実家に向かっているの。
これから政志さんの家族に初めて会うのだ。
結婚を前提に、お付き合いをしてますと報告の為に...
「トイレは大丈夫?
我慢する前に言ってね」
「分かってますよ」
政志さんはいつも私を子供扱いする。
それだけ私を大切に思ってくれているのは分かっているが、少し過保護過ぎないかな?
こう見えても私は24歳だよ?
中学生によく間違われるけどね。
「緊張する...」
心の声が口から出る。
私みたいなチンチクリンを見て政志さんのご両親はどう思うだろう?
子供扱いは馴れているが、変な印象を持たれないかな?
「大丈夫だから」
「政志さん...」
「自信を持って、紗央莉は俺の女神様なんだから」
「...あぅぅ」
変な事言わないで、女神様って褒めすぎだよ。
「俺は紗央莉に救われた、あのままだったら俺は...」
「...そんな」
政志さんは真剣な表情で頷いた。
胸に去来しているのは、例の悪夢に違いない。
政志さんは9ヶ月前、8年間付き合っていた恋人と別れた。
単なる破局じゃない、恋人が浮気したのだ。
男と裸で眠る恋人の姿を見てしまった心の傷は簡単に癒せる物では無かった。
苦悶する政志さんを間近で見てきたから、間違いない。
そんな私に出来たのは政志さんの側にいる事だけだった。
救うとか、支えるなんて凄い事をした訳じゃない。
ただ近くで政志さんの様子を見て、辛そうな時は食事に誘い、話をした。
彼が無理をしないよう、気をつけていただけなのだから...
「着いたよ」
「え...」
いけない、すっかり眠っていた。
時刻は午後6時、出発したのが2時だったから、4時間掛かったのか。
「ここが政志さんの実家...」
「そうだよ」
目の前に建つ一軒のお家。
普通の建て売り住宅だけど、ここに政志さんは高校卒業まで住んでいたのね。
「行くよ」
「は...はい」
緊張する私の肩にそっと手を置く政志さん。
深呼吸を繰返す私に頷くと、インターホンを鳴らした。
「お帰りなさい!」
「ただいま」
玄関の扉が開き、一人の女性が笑顔で私達を迎えてくれた。
身長は170センチ後半位かな?自分が小柄なせいか、人の背丈ばかり気にしてしまう。
なにより綺麗な顔には大人の魅力が溢れている。
童顔の私と比べ物にならないよ。
一体誰だろ?政志さんの親戚かな?
「妹の史織だ」
「い、妹さん?」
政志さんには年の離れた妹が居るって聞いてたけど、私とそんなに変わらないんじゃないの?
「初めまして妹の史織、16歳です」
「じ...16?」
って事は高校生?なんて事なの!
「紗央莉?」
「わ...私は24歳です」
「は?」
「...おい」
あれ?信じてないの?
「ほ、本当です、この前の誕生日でなりましたから」
「そうじゃなくって」
「あ!」
なんて自己紹介を私は...早速やってしまった。
「め、芽上紗央莉と申します」
「言ってた通りの人だね」
「普段はもう少しちゃんとしてるんだけど...」
「...私の事を何って言ってました?」
「可愛くって素直で、少しおっちょこちょいさん、かな?」
「...うぅ」
おっちょこちょいって、でも否定出来ない。
でも史織さんは、どうみても成人にしか見えない。
私の方が年下に見える、誰が見てもそう思うだろう。
「さあ上がって」
「ほら紗央莉」
「...はい、お邪魔します」
私の荷物を持ってくれた二人に続いて中へと上がる。
大きなスリッパが二つと、小さなスリッパが一つ。
言われなくても分かる、私の足は22.5だから。
「親父達は?」
「待ってるよ、応接間で二人ともそわそしてる」
「そっか」
政志さんと史織さんの何気ない会話に緊張が高まる。
既にご両親が揃っているんだ、今度はしくじらないぞ。
「いらっしゃい、紗央莉ちゃん」
「待ってたよ」
政志さんが扉を開く。
応接間で座卓の前に座っていた一組の夫婦が立ち上がり笑顔を向けてくれた。
...みんな凄く大きい。
男性の身長は2メートル位?
政志さんより一回り大きい。
女性も史織ちゃんよりおっきくて、180は優に超えていた。
「政志の父、政実だ。そして家内の」
「由実です」
「...は...はい芽上紗央莉と申します」
完全に見下ろされている。
差しのべられた右手をしっかりと握る。
大きくて、優しい手。
間違いない、二人は政志さんの両親だ。
変な所で実感した。
「さあ座って」
「し...失礼します」
促されるまま座卓の対面に座る。
隣には政志さん、座っても尚、三人に見下ろされている。
「そんなに緊張しないで」
「は...はい」
政志さんのお母さんから優しい言葉を掛けられる。
こんな事ではダメ、これから家族になるのだから。
「父さん、母さん」
「ああ」
「はい」
ここで政志さんは私を見つめる。
私は無言で頷いた。
「俺は紗央莉さんと結婚を前提に付き合ってる。
来年には式を挙げたいと、そう思ってるんだ」
「...ほう」
「まあまあ...」
「「お願いします」」
私も政志さんに続き頭を下げる。
暫しの沈黙が恐ろしい。
「紗央莉さん、頭を上げて」
「...はい」
政志さんのお母さんが優しい声で私の名を呼ぶ。
静かに頭を上げると笑顔のご両親が私を見つめていた。
「こちらこそ、政志を頼むよ」
「お願いね」
「あ...あり...がとう...ございま...」
息が詰まり、上手く声にならない。
緊張から解放された安堵感から、涙が溢れ止まらなかった。
「よかったね」
「し...史織さん」
別室に控えていた史織ちゃんが私を抱き締める。
すっぽりと史織ちゃんの胸に収まってしまう私。
史織ちゃんの目にも涙が流れていた。
「さあ堅苦しいのは終わりだ、飲むか政志」
「ああ」
政志さんとお父さんが立ち上がる。
二人はビールやウィスキーを手に戻って来た。
「何か作りますね」
「私も手伝うわ」
政志さんのお母さんと史織ちゃんも席を立つ。
これは私の出番だ。
「わ...私も...お!」
立ち上がろうとするが足に力が入らない。
正座で完全に痺れていた。
「良いのよ」
「そうよ、今日はお客様なんだから」
「そんな訳には...」
ここでちゃんと料理が出来る事を見せねば...
「良いから...ねっと」
「ヒディ!」
政志さん、私の足先突っついたでしょ!
「こら政志!」
「すまん」
お父さんに叱られ、政志さんが頭を下げる。
なんだか可笑しくて、笑うとみんなつられて笑いだした。
そして酒席が始まった。
政志さんのお酒好きは父親譲りなのが分かった。
二人共凄いハイペースで次々とグラスを空けて行く。
その間、政志さんのお母さんと史織ちゃんは次々と料理を並べる。
手際の良さに息を呑んだ。
「はい沈没」
「そうね」
一時間後、二人は座卓に突っ伏して眠ってしまった。
酔い潰れる政志さんを見たのは初めてだ。
これだけ飲めば当然だけど。
「紗央莉ちゃん、こっち」
「ええ、後は女だけで楽しみましょ」
「え?」
政志さんのお母さんと史織ちゃんが手招きする。
応接間を出て、ソファの置いてあるリビングに行くと、既に新しい料理が並んでいた。
「さあ」
「ありがとうございます」
差し出されたジュースを受けとる。
当然だが、初対面で酒を飲む選択肢は無い。
「私は手酌」
「あ、すみません」
「良いのよ、こっちが気楽だから」
政志さんのお母さんは自分でビールをコップに注ぐ。
手慣れている、かなりの酒豪と見た。
「美味しいです!」
「ありがと」
並らべられた料理を取り皿に取り、次々と頂く。
これが斉藤家の味か、覚えねば。
「紗央莉ちゃんも凄いわね」
「本当に」
「何がです?」
真剣に料理の味を確めていたら、二人は私の方を見ていた。
「お節よ、あれ全部一人で?」
「そうですけど」
「やっぱり!」
お節を見たのか、でもどうして頷いているの?
そんなに凄いかな?
毎年作ってるから、よく分からない。
「黒豆も良い出来だったわ、色艶申し分無いわ」
「ありがとうございます、お婆ちゃんから教わりました」
「良いお婆ちゃんね」
「はい!」
やったよお婆ちゃん!
ありがとう明日連絡しなくっちゃ!
すっかり緊張が解け、私達は政志さんの話題で大いに盛り上がった。
「...本当に良かった、ありがとう紗央莉さん」
「どうされました?」
政志さんのお母さんが不意に私の手を握った。
その手は小刻みに震え、私に訴えかける様で...
「政志をお願いね、私...心配で...」
「ちょっとお母さん、酔ってるの?」
史織ちゃんがお母さんを止める。
何を言わんとしているか、勿論分かった。
「大丈夫です、私は絶対に政志さんから離れません」
「...紗央莉ちゃん」
「だから安心して下さい」
絶対に裏切ったりしない。
だってようやく掴んだ幸せだもん。
片思いだって諦めていたんだ。
ずっと...新入社員で入った時からずっと...
「本当に兄さんは幸せ者ね」
「本当...」
「いいえ、私が一番の幸せ者です」
しっかり頷く。
間違いなくそう、私は世界一の幸せを手にしたのだから。
政志さんの家族の一員となり、深夜遅くまで私達はずっと、ずっと、語り合うのだった。
「...幸せです。
これからも宜しくお願いします」
何度も呟いた。