78.選手交代
「ふざけるな! 離せ! この……」
抵抗もむなしく、マチルダにもはや抜け出す術はない。
「ブルルアァ!!」
刹那、ミノタウロスは大きく振りかぶってマチルダの体を乱暴にぶん投げた。
「危ない!」
俺はそれを見て、素早くマチルダが飛んでくる方に入り込み、彼女の体をキャッチする。
くそっ、大人の体をこんなに軽々と、ボールみたいに投げられるのか!
「おいマチルダ! 大丈夫か!?」
「て、撤退だ……」
マチルダが吐血しながら言った。さっきまでの威勢がまるで嘘みたいに弱弱しい。
「オレの力は奴に通じなかった……じきにリリアの魔法の効果も切れる。今のうちに逃げるんだ……」
「勘違いされると困るな。まだ俺がいるじゃないか」
「まさか……お前、やる気か!?」
俺は後方のティナたちにマチルダを預けると、ミノタウロスの方へ歩き出した。
「ティナ、預けてたポーションをマチルダに飲ませてやってくれ。後は俺が何とかする」
「無謀な真似はよせ! 今のを見ていただろうが! 逃げろ!」
逃げるつもりはない。
Sランク冒険者がまるで子ども扱い。前人未到の化け物が俺の目の前にいる。
こんなにワクワクする相手に背を向けるなんて、そんなもったいない話はない。
「次の相手は俺だ、ミノタウロス!」
「ブルモォォォォ!!」
すっかり視界がよくなったミノタウロスは、前のめりになって俺に突進してくる。
なるほど、一体のモンスターを相手しているとは思えない。教会のような大きな建物がそのまま迫ってくるような迫力だ。
だが、大人しく轢かれてやるつもりはない!
俺は右手を前に出し、手のひらでミノタウロスの突進を受け止めた。
「アスラが攻撃を止めた!」
「しかも片手です!」
さすがに強いな。気を抜いたら吹っ飛ばされそうだ。足もかなり踏ん張っている。
だが、これで勢いは殺した! 今度はこっちの番だ!
「思いっきり行かせてもらうぞ……<疾風怒涛天>!」
俺は加速し、ミノタウロスの背後に回り込む。
刹那、強烈な蹴りを奴の背中に叩きこんだ。
「ブルァ!?」
ミノタウロスがふらっと態勢を崩し、そのまま地面に倒れる。バタンという音とともに洞窟全体が揺れる。
「ミ、ミノタウロスを一撃で!? それに、なんであいつは何の抵抗もしなかったの!?」
「しなかったんじゃねえ。できなかったんだ。アスラの速度に反応できなかった。オレも全部の動きは目で追えなかった……」
ミノタウロスはすぐに起き上がり、こちらを睨み据える。
今ので決着なら楽だったが……さすがに一撃で終わってはくれないか。
「ブルルアァ!!」
ミノタウロスは再び肉薄すると、今度はすさまじい勢いで拳を振り下ろしてきた。
繰り出されるのはまるで豪雨のような連打。
一撃一撃が重く、受けるたびに足がぐっと地面にめり込むのを感じる。
「アスラさん! 逃げてください! このままじゃ潰されちゃいます!」
「……ちっと静かにしろ。潰されやしねえよ。よく見てみろ」
その時、宙に血飛沫が舞い、地面に飛び散った。
「あれって……嘘でしょ!?」
驚いているのはティナたちだけではない。ミノタウロスもだ。
血飛沫はミノタウロスのものだ。奴は恐れたような目で後ずさった。
俺の手に握られているのは剣。これで奴の連撃を弾き返していたのだ。
「あの速さの攻撃に完璧に対応するなんて……人間業じゃない!」
「リリア、驚いてる場合じゃねえぞ。しっかり見とけ。……あいつがこの国で最強の冒険者だ」
さて、状況的に見れば俺がかなり優勢だ。だが、いつまでもそうとは限らない。
<疾風怒涛天>は身体能力を通常の4倍にするスキルだ。これがあるからミノタウロスを圧倒できている一方、これには時間制限がある。
体調にもよるだろうが、2分がタイムリミットだろう。
そして困ったことに、ミノタウロスが想像以上に硬い。
確実にダメージは刻めているだろうが、見た目以上に手ごたえがない。
<無色一閃>を使う体力を残しておくためにも、なるべく早いうちに大きな隙を作り出したいが……行けるか?
「ブルモォォォォ!!」
ミノタウロスが殴りかかってくる。これはあえて……食らう!
「<絶対障壁>!」
ミノタウロスの一撃をモロに受ける。途端、とてつもない衝撃が全身を襲った。
ダメージはある。が、<絶対障壁>の効果で受けられないほどじゃない!
そして、攻撃をしてきたということは、その分大きな隙が生まれる!
「食らえええええええ!!」
俺は思い切り剣を振り下ろすと、ミノタウロスの体を真っ二つにする勢いで振りぬいた。
確かな感触と同時に、ミノタウロスの体が後方へ吹っ飛ばされる。受け身を取る間もなく、ミノタウロスは洞窟の壁に激突した。
「はあ、なんとかうまく行ったか……!」
今のは確実にダメージを与えられたはずだ。ミノタウロスの動きも鈍くなっているような気がする。
このまま押し切れば、<無色一閃>を叩きこむチャンスが出てくるはず――、
その時だった。ミノタウロスがのそのそと洞窟の端の方へ歩いていく。
「なにをしてるの? まさか、降参……?」
いや、違う。あれは――、
「ブルモォォォォ!!」
ミノタウロスは地面に突き刺さっていた巨大な斧を掴むと、勢いよく鳴いた。
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