72.アザレアとデート
アザレアは俺の手を引き、長い廊下を走っていく。扉を開け、建物の外へ出たあたりで俺は足を止めた。
「ちょっと待ってくれ、どこまで行くつもりなんだ!?」
「どこって、決まってないよ。だってデートだもん」
「まずそこがよくわからないんだが……デートっていうのはいったい?」
俺の問いかけに、アザレアは『もー』と漏らすと、仕方ないと言った様子で手を離した。
「デートはデートだよ。もしかしてしたことない?」
ない。……いや、ティナたちと街を歩くことはあるからそれはデートに含まれるのだろうか?
だがそれをデートと言ってしまっていいのかはわからない。となるとやはり俺は……っていや、そんなことを考えている場合じゃない。
「問題なのは、なんで俺と君がデートするのかってことだよ」
「だって私たち、同じミッションを抱えた仲間同士なんだよ? お互いのことを知っておいた方がいいに決まってるじゃん」
そう言われてみれば確かに、仲間のことを知っておくのに越したことはないと思うが……。
「それに、特にアスラのことは知っておきたいと思ったし。ね、そんなことより美味しいものでも食べようよ」
アザレアは再び俺の手を引くと、さらに街の方へと進んでいく。
街には多くの人が行きかっており、王城の前の噴水では笑顔の子どもや歌声を響かせる吟遊詩人など様々な人が集まっている。
建物はどれも大きく、道に沿ってどこまでも続いている。そんな家々の屋根をまばゆい光が照らしている。
改めて見るとすごいな、ここは。サンバルテとは何もかも桁違いだ。
「ねえアスラ、これ知ってる?」
その時、アザレアが屋台の前で手招きをする。
「ここは……なんの店だ?」
「アイスクリーム、知らないの? おじさん、2つください」
アザレアが店主のおじさんにそう言い、懐に手をやったその時。
「お嬢ちゃん、あのアザレアさんだろ?」
どうやら店主は彼女のことを知っているようだ。アザレアもその言葉を聞いて満更でもなさそうに笑う。
「見た瞬間にピンと来たぜ。まさか会えるなんて光栄だ。あんたの噂はかねがね聞いてるよ。お代は結構だ。貰っていってくれ」
「あざっす! じゃあ遠慮なくー!」
アザレアは砕けた調子で敬礼をすると、店主から細長い何かを受け取り、俺に手渡してきた。
「アイスクリームっていうのは甘いお菓子なの。王都では名産のブルーベリーを使った味が定番なの。ほら、溶ける前に食べて」
小麦粉で作ったと思われる持ち手をぐっと掴み、俺は初めて目にするその食べ物をおそるおそる口に運ぶ。
「……!」
アイスクリームを口に入れた途端、舌の上で滑らかな感触と甘みが伝わってくる。
ブルーベリーの酸味と牛乳のような濃厚な甘み。二つの味わいが広がり、まさに天にも昇るような感覚だ。
「美味い!」
「あはは、アスラ口の周りについてるよ」
アザレアは俺の口の近くに指を当てると、アイスクリームを拭いとる。
――そして、指先を自分の口へと入れた。
「ん? どうかした?」
「……いや、なんでもない。それより、アザレアってもしかして有名人なのか?」
さっきの店主の言い方からして、アザレアが会ったことのない人でも知っているくらい有名なようだった。
アザレアは気分がよさそうに鼻息を荒くすると、どんと胸を叩く。
「よく聞いてくれました! 教えてあげましょう、私の正体を!」
アザレアは懐に手をやると、派手なモーションでポーズを決める。
「私の正体はそう! 知る人ぞ知るSランク冒険者・『玲瓏の魔女』アザレアなのでした!」
「なんだ、Sランク冒険者か。俺と同じだな」
「もー! ちょっとなにその反応! 少しくらい驚いてくれたっていいよね!?」
驚いていないわけではない。あの選考に最後まで残った彼女がSランクとわかり、納得がいっただけだ。
しかしまあ、玲瓏とはずいぶん大層な異名だ。『玲瓏』という言葉が含む静かでおおらかな雰囲気は、活力に満ちた彼女の立ち振る舞いとはまるで逆だ。
「……何よ。何か言いたいことがあるんでしょう?」
アザレアは俺の内心を読み取ったかのようにジト目をこちらに向けている。
「言っとくけど、私だって気づいたら玲瓏なんて呼ばれるようになってただけだから。それに、私の異名をどうこう言う前にアスラのを聞かせてよ。一つや二つあるんじゃないの?」
異名か。考えたこともなかったな。
Sランクになってから日は浅いし、これから何か呼ばれるようになるんだろうか。
いや、それともこれまでに呼ばれたことが多い言葉になるのか……?
「『荷物持ち』……かな?」
「あはははは! なにそれ、戦士長に認められたアスラが荷物持ち!? どんな大荷物なの!」
アザレアは腹を抱えて笑うと、しばらくして涙を拭った。
「ごめんごめん、面白かったからつい。今度は本当のを教えてね」
「本当も何も、それが全てだ。アザレアが決めてくれてもいい」
「ふーん、じゃあ考えておくよ。そうだなあ、例えば……」
その時、アザレアの顔が引きつった。彼女の足が止まる。
「……ねえ、あれ見て!」
彼女が慌てて指す方向には、真っ黒の煙が天に向かって伸びていた。
――建物が、燃えている!




