71.合格者たち
ベルグとの戦いに勝利し、俺たちは王宮の待合室に通された。
軽食をつまみながら時間を潰していると、再度呼び出されたのは2時間ほど経った後だった。
呼び出しということは、試験に何か進捗があったのか? だが、試験の人数はかなり多かったはずだ。
さすがに二時間そこらで試験が終わるはずもないし、今日は帰って今後については明日という感じだろうか。
案内人の男に続いて長い廊下を歩いていると、彼は扉の前に立ち止まった。
「どうぞお入りください」
さっきの訓練場とは違う場所だ。見たところ出口ではないが……。
俺たちは促されるまま扉を開き、足を踏み入れる。
「アスラ! 待っていたぞ!」
その時、扉の向こうの部屋から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
そこにいたのは、先ほど試験で戦ったベルグだった。
「君がこの場に残ってくれたことを嬉しく思うよ。なにせ、私に合格を言い渡した人間は初めてだからな!」
「その節はどうもすみません……ベルグさん」
「ベルグでいい。私たちはもう立派な戦友ではないか」
合格のことを持ち出されたのでお叱りが来るのかと一瞬考えたが、ベルグの表情はあくまで快活だ。俺と会えたことを喜んでいるようにすら見える。どうやら怒られるわけではないようだ。
「ありがとう。でも、試験官がこんなところにいていいのか?」
「いいも何も、試験はもう終わったからな」
まさか、この短時間であの膨大な数の冒険者たちを捌いたのか!? どんな体力と戦闘力なんだ、この人は!?
「そして、この部屋にいるのがその試験の合格者――親衛隊のメンバーだ」
そう言われて、俺はようやく気付いた大きな部屋のその中に、数人の男女がいることに。
――この部屋にいるメンバーが、試験の合格者!
「それでは、メンバーも集まったことだ。話を始めるとしよう。……と、言いたいところだが私は話が上手くない。代わりに副戦士長に頼もうか」
ベルグに促され、部屋の真ん中に立ったのは副戦士長と呼ばれる男。
男はベルグとは対照的なほどの優男で、長い紫色の髪や顔立ちが中性的な印象だ。
「それじゃ、まずは合格おめでとう。これからパレードの警備についての話を……とはいいつも、僕も人前で話すのが得意ってわけでもないだけどね」
副戦士長の男はははは、と気さくに笑って話を始めた。気のよさそうな人だ。
とりあえず今日はこの人から話を聞いて解散かな……ん?
誰か俺の袖を引いている? ティナ? リーリア? いや、二人とも俺より手前にいるぞ……?
「こんにちは~」
俺の袖を引っ張っていたのは、ピンク色の髪の少女だった。
紫紺の瞳が俺を見つめている。少女はいたずらっぽく笑うと俺の横に立った。
歳は俺と同じか、少し上くらいだろうか。なんだか自然に入り込んできたな。
「ねえ君、アスラ君っていうの?」
なんで名前を……いや、そういえばベルグが俺の名前を呼んでたっけな。
「そんなに警戒しないでよ、私はアザレアっていうの。同じ合格者同士仲良くしようよ」
アザレアは左隣からぐるっと回って右隣へ来ると、俺の顔を覗き込んだ。
「話を聞かなくていいのか?」
「聞いてる聞いてる。でもせっかくだしお喋りしようよ。私、この部屋にいる人には詳しいんだ」
アザレアはそう言うと、まず副戦士長のことを指した。
「あの人はこの国の副戦士長のセリニクス。見た通りの好青年って感じだけど、ベルグの頭脳として活躍はしてるみたい」
次にアザレアは奥にいる二人組の女冒険者たちを指した。
「あれはSランクの『スカーレットアマゾネス』。この王都だとトップクラスに有名なパーティだね。特にマチルダの方は『暴力天使』なんて呼ばれてるみたい」
二人のうち、どちらがマチルダなのかはすぐにわかった。
その女性はまるで水着のようなアーマーに身を包んでおり、立ち姿に貫禄を感じる。褐色の体は鍛え抜かれていることが見て取れるほど筋肉質だ。
「で、あの3人組が同じくSランクの『インビジブルナイフ』。暗殺を得意にしてるから表舞台にはなかなか出てこないね。私も顔を見るのは初めてかも」
次の三人組は全身黒づくめだった。一見すると身軽そうだが、その佇まいには怪しげな雰囲気を感じる。
ここにきてSランク冒険者パーティがたたき売りだな。……いや、それも当然か。
この部屋に集められたのはこの国の最高戦力。そして、それは即ちこれからこなす『クエスト』が困難であることを表している。
「――以上で説明を終わりにします。とりあえず今日は解散、ですかね」
なに、話が終わってしまっただと……? 余計なことを考えている場合じゃなかったかもしれない。
まあ話の内容は後でティナとリーリアに聞けばいいか。今日はとりあえず終わりみたいだし――。
次の瞬間、俺の手を冷たい手のひらがバッと掴んだ。
その手はアザレアのものだった。彼女は強引に俺の手を引っ張ると、部屋の外に向かって走り出す。
「ちょ、なんだいきなり!?」
「ねえアスラ、デートしよ!」
アザレアは扉を押し開けると、笑顔でそう言った。




