62.暴かれた悪事
スキルを発動した瞬間、今までにないような感覚が身体を突き抜ける。
「すごい……! 自分の体じゃないみたいだ!」
<疾風怒涛翔>は身体能力を倍にするらしいから、これはさらにその倍くらいはあるように感じる。
これなら、行ける!
「ウガァッ!」
キマイラが前足を上げ、素早い突進を仕掛けてきた。
モンスターの中ではかなり速い部類だろう。だが――今の俺にとっては止まってすら見える。
「キシャァッ!」
「それも見えてる」
次いでこちらに牙を向けてきたのはキマイラの尻尾のヘビだ。小さな体を活かして蜂のように攻撃してくるが、寸前で回避する。
<絶対障壁>があるから、そもそも避ける必要はないんだが……この感覚に身を委ねると、高揚して体を動かしたくなってくる!
「<烈火怒涛>!」
攻撃をはらりと躱して壁を蹴り上げた俺は、剣に炎を纏わせて斬撃を放った。
キマイラの巨体を一閃が切り刻む。
「ウガアアアア!!」
キマイラは斬撃を食らい、炎を浴びながら叫んだ。体から出血しながら悶えた後、その場に横たわり、絶命する。
「あ、あのモンスターを一撃で倒したのか……?」
「圧倒的な実力とセンス……まさしく、あれがSランクだ……!」
橋の向こうから冒険者たちのざわめきが聞こえる。それもそうか、この場にいるのはグレートボスを除いて全てBランク以下のパーティだ。
俺は剣を納め、改めてキマイラの死体を見た。
<疾風怒涛天>……強力なスキルだ。体力はかなり消費するから、
「おい、溶岩の上はどんな感じだ?」
「どんな感じだじゃねえ! 早く俺様たちを戻しやがれ!!」
ロンバルドたちは顔を真っ赤にし、はるか遠くでこちらに向かって声を上げている。
戻せも何も、お前らが勝手に落ちたんだけどな……だが、このまま見殺しにするのも癪に障る。
「仕方ないな……ロープを取ってくるからちょっと待ってろ」
ブツブツと文句を言っているグレートボスを横目に、俺は皆の元へ戻ろうとした。
その時だった。
「アスラさァァァァァァァァん!!」
どこからともなく、俺の名を呼ぶ声がする。声の方向は――みんながいる、橋の向こう岸か……?
「アスラさんの名前を呼んだのは誰ですか……って、大丈夫ですか!?」
声に反応したティナは、下の方を見てひきつった顔をした。
なんと、そこにはボロボロの男が座り込んでいたのだ。
「お前は確か……前に助けた……」
確か、少し前に隠しクエストで命の危険に気づき、助太刀にいった冒険者だ。
パーティでモンスターに襲われていたところを助け、街まで送り返したのは覚えているが……そんな彼がどうしてここに?
「お願いします! その三人を助けないでください!!」
男は涙をボロボロと流しながら、こちらへ叫んでくる。
痛ましい見た目だ。全身を殴られでもしたのか、手足に痣が出来ており、ところどころ出血もしている。
それはまるで――かつて俺がグレートボスにやられたように。
「アスラさん、ごめんなさい!!」
男はその場で土下座をし、額を地面に擦り付ける。
「なぜお前が謝るんだ?」
「アスラさんのスキルのことをグレートボスに教えたのは俺なんです! 前に助けられた後、噂で色々な冒険者からアスラさんのスキルについて聞いて……それで情報を知ってるのがグレートボスにバレて!」
ギルドには様々な冒険者がいる。意欲的にクエストをこなすパーティや、逆に慎重に狙ったクエストしかやらないパーティなど様々だ。
そんな中に、情報を好む冒険者は一定数いる。情報を売って金にしている冒険者もいるくらいだ。そして、この男はそこまではいかずとも、どうやらその界隈の人間だったらしい。
「俺……いきなりそいつらに呼びつけられて、家族を傷つけられたくなかったら情報を吐けって言われて……」
「家族を人質に取られたのか!?」
俺はすぐに下にいる三人を見る。すると、俯いて青い顔をしているのがわかった。どうやら事実のようだ。
「お願いします、アスラさん! アスラさんの情報を漏らした罪は必ず償います! だけど、そいつらがこっちに戻ってきたら家族が危ないんです!! 俺はどうなっても構いません、家族だけは助けてくれませんか!!」
男は嗚咽しながら土下座を続ける。その必死な姿に、一帯にいる誰もが視線を釘付けにさせられた。
「……だそうだ。お前ら、何か言うことはあるか?」
俺は今、どんな顔をしているだろうか。自分でもわからないほどに――怒っている。
こいつらは、卑怯な手で俺のことを殺そうとし、妨害を繰り返し、仲間に罪を着せようとし、挙句何の罪もない冒険者を脅したのだ。
俺はもう、冷静でいられる自信がない。
「ま、待ってくれ! これには深い訳が!!」
「そんなの聞くわけないだろ。お前らはもう何年も、こういうことを続けてきたってわかってるんだからな。……とはいえ、あいつを脅したことを認めたのは楽でいい」
一番に叫んだミョルガがしまった、という顔で口を抑える。
今、<絶対障壁>を消せば、あの三人は溶岩の海に落ち、焼け死ぬだろう。
生殺与奪の権は、俺の手にある。そして、俺は今かつてないほどに怒っている。
「す、すみませんでした! 俺様――俺たちは、確かにあの冒険者を脅した! だが、もう反省している! 家族に手を出さないと約束する!」
「その約束を、お前らは何度破ってきた? もう何を言っても響かないんだよ」
俺は懐から巾着を取り出し、一枚の硬貨を三人に見せた。
「今からコイントスをする。この硬貨が地面に落ちた瞬間、<絶対障壁>を解除する」
「そ、そんな……待ってくれ! ごめんなさい! 罪は償うから!!」
慌てふためく三人を無視し、俺は硬貨を指で弾く。
――硬貨が宙を舞う。
「ああああああああ! そんな、嫌だああああ!」
「死にたくない! お願いします! 命だけは!」
「反省してます! これからは心を入れ替えますから!!」
硬貨が地面に吸い寄せられていく。そして、次の瞬間――、
チリン、という音が鳴った。
「あ、あ、ああ……」
三人はまるで溺れたようなうめき声とともに、気絶してその場に倒れ込んだ。
「……なんてな」
<絶対障壁>を解除するというのは嘘だ。こうすれば三人とも気絶するだろうし、いいお灸になるだろう。
――本当は、今すぐにでもあの溶岩に叩き落してやりたいが。そこまでやったら、あいつらと同じになってしまう。




