61.本物のボス
「グオオオオオオオオオオ!!」
洞窟内に鳴り響く獣の雄たけび。前方から姿を現したのは、一匹のライオンだった。
だが、体長が桁違いに大きい。四足歩行なのに体高は2メートル近くある。
それだけじゃあない。よく見ると胴体からヤギの顔がもう一本生えている。尻尾が紫色のヘビになってこちらを睨み据えている。
「あれは……Aランクモンスターのキマイラ!」
モンスターの全容が見えるなり、リーリアが声を上げた。
「知ってるのか?」
「Aランク冒険者が戦うようなモンスター! Bランクのミノタウロスよりもはるかに好戦的だし、ヘビに噛まれたら毒で数分も持たずに死に至る!」
なるほど、厄介な相手ではあるみたいだな……!
「みんな! 洞窟から出るぞ!」
<絶対障壁>の効果で4人を守り続けることはできる。だが、後から残りの26人が来てしまえばそれを守り切れるとは限らない。
今やるべきことは、洞窟の外へ引き返すことだ!
「お前らもはやく起きろ!」
「「「んひィ!?」」」
気を失っていた三人を叩き起こし、俺たちは元来た道を引き返していく。
「な、なんなんだよあいつッ!! 置いていかないでくれ! 追いつかれたら殺される!!」
「うるさい! お前らも俺をモンスターに追わせてただろうが!!」
光が見えてきた。あの先が出口になっている!
穴を潜り抜けると、その先は崖。向こう岸からは、傘下の冒険者たちが土属性魔法で簡易的な橋をかけている。
向こう岸まで200メートルほどあるのに対し、橋の長さはまだ100メートルほどだ。
「アスラ! 私たちが時間を稼ぐから、橋の方をお願い!」
リーリアとティナはグレートボスを追って迫ってくるキマイラの方を見て構える。
「わかった! でも、大丈夫か!?」
「バリアの効果があるならなんとか! それより道を作れるのはアスラだけだから!」
リーリアの言う通り、俺が今やるべきことは――こっちだ。
「<礫岩怒涛>!」
両手を地面に付けて魔法を発動すると、みるみるうちに土で橋ができてくる。
俺が壊した道ほどの強固さはないが……一応これで避難はできるはずだ。
「す、すごい……この一瞬で100メートルの橋を作った!」
「感心してる場合か、お前らも逃げろ! モンスターが来るぞ!」
俺の背後では、ティナとリーリアがキマイラと戦っている。シャロンを渡らせると、俺はスイッチするようにキマイラの方へ向かった。
「二人とも、助かった! 橋を渡ってくれ!」
俺は前足を伸ばしてくるキマイラに斬りかかる。
なるほど、聞いていた通りかなり威力はあるようだ。俺は衝撃に押されて後方へ滑る。
「お前らも早く行け!」
肩を寄せ合って歩く三人。足取りはよろよろとしていてかなり時間がかかりそうだ。
道の辺りに差し掛かった時、ボーアンがその場でよろめいた。
「うわあああああああああああああ!!」
「「ボーアンッ!?」」
三人の中で最も体格が大きいボーアンが足を踏み外し、橋から下へ吸い込まれていく。
よりによって一番デカいボーアンが落下しただと……!
「ボーアン、俺の手に掴まれ!」
すぐそばにいたロンバルドとミョルガの二人はボーアンの両手をがしっと掴み、奴が落ちないようにしている。
しかし、ボーアンは想像を絶するほどの巨漢だ。二人がこのまま手を離さない確証はない。
「だ、駄目だ! このままじゃ俺たちまで落ちる!」
「お前ら、三人とも溶岩にダイブしろ」
俺の打診に、三人は慌ててこちらを見る。
「馬鹿言え! 落ちたら死ぬだろうが……うわあああああ!! もう駄目だ!」
「大丈夫だ、俺の障壁がある」
ボーアンに引きずられるようにして滑り落ちる三人。その先には溶岩の海が広がっている。
「「「うわあああああああああああああ!!」」」
断末魔にも近い悲鳴が壁に反響する。しかし、すぐにそれは止んだ。
「……あれ? なんでだ? 熱くない……つーか、体が宙に浮いてる!」
グレートボスの三人は俺の<絶対障壁>で守っている。近くにいられたら邪魔だし、後で回収に行けば問題ないだろう。
「さて……それよりも、まずはお前だったな」
「グォォォォォォォ!!」
突風のような雄たけびを上げるキマイラ。一つの体に生えている三つの顔は、どれも俺のことを鋭い眼光で睨みつけている。
「すぐに終わらせる。……と言っても、ただ倒すのももったいないな」
キマイラはAランクモンスターだ。ダンジョンの奥まで潜らなければ戦えないような強さのモンスターは貴重。
せっかくなら、あれを試してみたい。
「ぶっつけだけど……やってみるか」
<ランクアップ>によって、以前の<疾風怒涛>を使うのと同じ体力消費で<疾風怒涛翔>を使えるようになった。
であれば、以前の<疾風怒涛翔>のように、身体への負担を増やした技を使うことも可能なはずだ。
イメージは、最初に<疾風怒涛翔>を使った時と同じように。
全身を巡る血液を沸騰させるように。あるいは風を身に纏って天まで昇っていくように。
この技は――そうだな。
「行くぞ、<疾風怒涛天>!」




