56.試合続行
「まったく、とんでもないことをしてくれたな……」
<礫岩怒涛>を使って足場を補強しなければ、あの溶岩に真っ逆さまだった。
あいつら、やはり最初から不正行為をするつもりだったんだ。違和感はあったとはいえ、もっと目を光らせておくべきだった。
奴らは最初から仕掛けていた。まずは俺がハイポーションを持つことをルールに組み込んだ時。
あれは、奴らが俺にルールを押し付けることを正当化するための前準備だ。あの時の議論は、向こうの方が有利な条件であることをこっちに刷り込むためのもの。
そして、奴らは善人面した演技をしていた。あれは俺を怪しませ、奴らの目的が俺をパーティに引き込むことだと錯覚させるため。
奴らの本当の目的は、俺をマグマの海に突き落とし、自分たちの天下を確立させることだったんだ。
最後にここまでの準備を利用し、俺を道の真ん中からスタートさせれば計画はほぼ完了。ハイポーションの件を了承させることで、これはあくまで俺に有利になるルールだと思わせた。
これを考えたのは、おそらくミョルガだろうな。奴の好きそうな手口だ。だが……。
「お前らの計画は失敗に終わったってわけだ」
「くっ……」
遠くでミョルガが悔しそうな顔で地団太を踏む。
上手く俺を殺し、後は知らない顔をして逃げ切ろうとしたんだろうが、俺が生きているとなればそうはいかない。
「今の行為は、相手への攻撃であると見た!」
シャロンが声を上げた。さすがにこんな悪意のある展開を彼女が見逃すはずがない。
「今のは明白なルール違反だ。よって、この決闘はアスラの勝利とする」
「あぁん? 今のは転んだだけだろ。なんでミスしただけでそこまで言われなくちゃいけないんだ?」
「そんな見え透いた嘘が通ると思っているのか。どうしてただ転んだだけで道が全壊するんだ!」
シャロンとグレートボスが睨み合う。30人が今にもシャロンに襲い掛かりそうな一触即発の状況。
「シャロン、いいんだ」
数秒の沈黙を破って、俺は言った。
「決闘を続行してくれ。今のは大目に見てやる」
「しかし……いいのか、アスラ!?」
「ああ。そもそもこの戦いは、こいつらに俺の実力を示すためにやっていることだ。これで決闘が終わっても、こいつらは納得しないだろう」
正直、そうでもなかったらこいつらは全員、ルール違反で何かしらのペナルティを食らって欲しいところだが……。
今回は見逃してやる。だが、勘違いはするなよ。これはお前らを屈服させるための単なる投資に過ぎない。
「へへへ、ありがとよアスラァ! そうだよな、こんな程度のことで反則なんて取られちゃたまったもんじゃねえ!」
ボーアンは確信犯的に笑うと、地面に突き刺さった大剣を引き抜いて肩に載せた。
「気にするなよ。誰だって転ぶことはある。それより、お前たちはどうやってこっちまで来るつもりなんだ?」
「それなら、私にお任せください」
グレートボスたちの前に出たのは、白いローブを身に纏った男だ。
空を切る踊りのような謎の動作を一通りすると、地面に両手をつける。
すると、壊れたはずの道がまるで時間を巻き戻すようにして再生していく。
数秒後には、ボーアンが壊した痕跡が全くない状態で元の道が出来上がった。
「なるほど……物質の時間を巻き戻したのか……」
「ご名答。私のスキルは<加虐的な可逆>。数分程度であれば、物質の時間を戻すことが出来ます」
ローブの男は丁寧に頭を下げると、こちらに向かってニヤリと笑った。
確かに便利な能力だ。グレートボスの三人も、してやったりという顔でこっちを見ている。
「さあ、皆行くぞ! アスラに後れを取るな!」
まあ、全部無駄なんだけどな。
「おっとっと、足が滑った!!」
俺は転んだフリをすると、剣を思い切り振り下ろして道を切りつけた。
刹那、ゴゴゴゴゴゴという地鳴りが聞こえ、道はさっきと同じように崩落して無くなってしまった。
「う、嘘だろ……」
「ボーアンと全く同じ方法で、道を壊しちまった……!」
うろたえる冒険者たち。グレートボスの三人も、目を丸くして俺の様子を見ていた。
「ふざけんな! 今のは妨害だろ!!」
「さっき自分たちで言っただろ、転んだくらいで反則取られたら困るって。俺も転んだんだよ」
「そんなわけあるか! 転んだだけで道が壊れるなんておかしいだろ!」
こいつら、本当にさっきまでと同じ人間か? 言葉が全部自分たちに帰ってきているような気がするが……。
どうやら、俺は冒険者を30人相手にしていると思っていたようだが、あれは全て鶏だったのかもしれない。
「おいお前! 早くさっきみたいに道を戻せ! このままじゃアスラに離されるだろうが!」
ミョルガはローブの男に掴みかかり、顔を極限まで近づける。
「す、すみません! 1日に復元できる物質の回数と大きさには限度がありまして、さっきのでもう……」
「はあ!? じゃあお前、今日はもう何も出来ないのかよ!?」
「そういうことに、なります……でも、一瞬でカタを付けるとおっしゃったのはミョルガさんでは……?」
「お前が使えないせいで計画が狂ったんだよ!」
向こうは内輪で揉めているようだ。あのローブの男の口ぶりからして、やはり裏で計画を組んでいたんだろう。
まあ、それは無様にも瓦解したわけだが。
「じゃあ、俺は先に行くぞ」
俺は奴らに背を向け、洞窟の中に進む。
「おい! どうすんだ、アスラが進んでるぞ!」
「馬鹿野郎! こっちも土属性魔法で足場を作ればいいだろうが! 30人もいるんだからなんとかなるだろ!」
「で、でもボーアンさんが通れるような足場を作るには時間が……」
向こう岸から、バタバタとした声が聞こえてくる。
俺はそれを背に受けながら、洞窟の中へと進んだ。




