53.ボスの隠れ家
「くそっ、なんなんだよあいつは!!」
その声は、暗闇の一室にこだました。
声の主はグレートボスの一員、ボーアンだ。机を蹴り飛ばすと、木製の支柱が派手な音を立ててへし折れた。
「……チッ、買い直しになっちまった。めんどくせえなあ!」
「ボーアン、それくらいにしておけ。お前が暴れると家具が無くなる」
ベッドに座り込み、ボーアンを窘めるのはリーダーのロンバルドだ。しかし、彼の表情もまた深く怒りに染まっていた。
ここは街にある建物の一室。グレートボスは建物を丸々自分たちのアジトにしている。
そうまでしているのは、他の冒険者への名声の誇示の役割が大きい。しかし、意味はもう一つあった。
「しかしどうするロンバルド? グレートボスの傘下パーティの冒険者を30人選抜することは出来たが、俺はアスラの奴がなぜ余裕そうだったのかが気になるぜ」
ミョルガがコーヒーを飲みながらそう言った。ミョルガは非力だが策略家で疑い深い性格だった。
そんな彼にとってアスラの態度は一番の気がかりだった。ミョルガは、アスラがSランク相当の実力があることは信じていない。そのためアスラの余裕綽々な態度は説明が付かないものだった。
「それは、今からわかることだ」
「どういうことだ? お前が何か知ってるのか?」
「結論を急ぐな。おい、入ってこい」
ロンバルドが指をパチンと鳴らすと、3人がいる部屋のドアが開かれ、1人の冒険者が入ってくる。
「おい! お前、ここがどこだかわかって入ってきてるんだろうな!?」
「落ち着けボーアン。こいつは俺様が呼んだんだ」
ロンバルドがボーアンを止めた瞬間、部屋に入った冒険者はその場で土下座をした。
「お願いします……家族にだけは手を出さないでください!」
「……見ての通りだ。こいつは俺がここに呼んだ。もし来なかったり、ギルドにチクったら家族の命はないと伝えてな」
ロンバルドは、震える冒険者の顎を掴んで睨みつけた。
「お前、過去にアスラと関わりがあったらしいな?」
「は、はい……! モンスターに襲われて死にそうだったところを助けられました……!」
「お前を呼んだのは、アスラに関する情報を聞くためだ。俺様たちが満足するくらいの情報を吐き出すことが出来たら、お前にも家族にも手は出さないでやる」
「ほ、本当ですか……!? わかりました、話します!」
冒険者は震える体を抑えながら、グレートボスの3人にアスラについて話し始める。
アスラが持つ<疾風怒涛>、<自動防御>、<合成>、<無色一閃>の4つについて冒険者が語ると、3人の顔色は豹変した。
「馬鹿な!? 一人で4つもスキルを持ってるわけがねえ!」
「おいてめえ、テキトーなこと言ってんじゃねえだろうな!?」
「二人とも待て。考えてみろ、あいつの自信の秘密が知りたかったんだろ?」
ボーアンとミョルガの二人はハッとする。
全てが繋がった。アスラは4つもスキルを持っているからこそ、自分の勝利を確信しているのだ。
「「「ハッハッハッハッハッ!!」」」
そして、大声で笑った。
「なるほどなあ! 確かに、スキルを1人で4つも持ってれば調子にも乗るよなあ!」
そして、残酷に微笑んで顔を見合わせた。
「俺たちは1人が1つずつスキルを持っている。そして傘下の27人のうち2人がスキル持ちだ。つまり、合計で5個!」
「あいつ、やっぱり昔と変わらず馬鹿だな! 唯一誇れるスキルの数で負けちまうなんてな!」
ミョルガは疑り深いが、自分の出した結論は決して疑わなかった。ボーアンもまた、目の前に短絡的な答えがあれば飛びつく性質だ。
しかし、ロンバルドはそうではなかった。
「であれば、俺に考えがある。……アスラに一瞬で決着をつける方法だ」
ロンバルドはそう言って、二人に作戦を告げる。
グレートボスがAランクまで上がった背景には、ロンバルドの思考力は間違いなく貢献していた。
ロンバルドは周到に用意をする慎重さと、目の前の敵を容赦なく殺す残虐さを兼ね備えたボスだ。
「今聞いたことを、傘下のパーティに伝えておけ。細かい作戦はミョルガが決めてくれ。ボーアンは当日、全力を発揮してくれればいい」
「「わかったぜ!」」
二人が返事をすると、ロンバルドは歩き出し、部屋の扉を開けた。
「あの……俺はもう行ってもいいんでしょうか!?」
どこかに行こうとするロンバルドに、冒険者は泣きながら尋ねる。
「……ルールどおり、お前の家族には手を出さないでやる」
「あ、ありがとうございます! じゃあ、俺は失礼します!」
「何を言っている? 俺はお前の家族には手を出さないと言ったが?」
「……え?」
その瞬間、冒険者はボーアンに首を絞められ、持ち上げられた。
「あ、あ、あ……そんな……話が違……」
「教えてやる。この世界にはルールを『守る』者とルールを『作る』者がいる。偉大なるボスである俺は後者。お前のことは好きにすることにした」
そう言ったロンバルドの目は、まるで獲物を見つけた猛禽のように光っていた。
「ボーアン。家具にはこれ以上手を出すな。その代わり……そいつは好きにしていいぞ」
「へっへっへ……了解!」
「うわああああああああああああ!!」
ロンバルドが外に出て扉を閉めると、冒険者の叫びは遮られた。
ここは街にある建物の一室。グレートボスは建物を丸々自分たちのアジトにしている。
そうまでしているのは、他の冒険者への名声の誇示の役割が大きい。しかし、もう一つの意味は、彼らの残酷な行為を外部に漏らさないためであった。




