50.アスラの過去
まるで地震でも起こっているように震える足。地面は既にぼやけていて、自分でもどこを歩いているかわからない。
喉が渇いた。息が苦しい。腹が減った。気分が悪い。この世の全ての不快感を一身に宿したようだ。
――あわよくば、このまま体力が尽きて死んでしまえれば。どれだけ気が楽だろうか。
「うう……」
俺は足を踏み出す体力もなくなり、その場に倒れ込んだ。
このまま眠ってしまいたい。3日前から頭痛が鳴りやまないんだ。せめて5分だけでも眠りたい。
だが、奴らはそれを許さなかった。
「おい! 休んでんじゃねえよ!」
意識が消えかけた刹那、俺は脇腹に走る激痛で現実に引き戻された。
「アスラ。お前、荷物持ちだろ? サボったら報酬の分け前は減らすって言ったよな!」
「お、お願いします……昨日も2時間しか寝てないんです……」
「駄目だね。それに今、口答えしたな? 罰として報酬は10%カットだ。ざまあねえな!」
そう言って笑うのは、パーティのタンクであるボーアンだ。ボーアンは身長が2メートルに迫るほどの巨漢であり、脂肪でだらしなくなった体で思い切り俺を攻撃してくる。
「おいボーアン。殺すなよ? そいつに荷物を持ったまま死なれたら、俺たちの荷物が増えちまうぜえ?」
ヒヒッ、とひきつったような笑い方をするのは魔法使いのミョルガ。膂力は俺と変わらないが、パーティで最も狡猾で、性格の悪さは抜きんでている。
「そうだな。そいつは壊れるまでこき使ってやるんだ。俺様が偉大なボスになるためにな」
そして――このパーティのリーダーのロンバルド。身長はボーアンほどではないがかなり大きく、筋骨隆々な体は岩石のようだ。
彼ら3人は、Dランク冒険者パーティの『グレートボス』のメンバーだ。今でこそAランクの彼らだが、3年前はまだ無名のパーティだった。
彼らの目的はそのパーティ名にもある通り、ギルドのボスといえるようなパーティになること。
そして、俺はそんなパーティの荷物持ちをしていた。
しかし、労働環境は最悪だった。<隠しクエスト>に目覚めるまでの生活も大概だったが、この時は最悪だった。
起床は毎朝4時。そこから3人の食事の用意をし、道具の整備をし、外が明るくなったらギルドにクエストを受けに行く。
クエストでは大柄な3人分の荷物を全て持たされ、仕事が終わればクエストの報告、消耗品の買い足し、メンバーからの命令があればそれもこなし……といった感じだ。
自分のこともすると、結局寝る時間は深夜の1時か2時。ひどいときは一睡も出来ない日もあった。
そんな状態で冒険なんてできるわけがない。こうして倒れることは何度もあった。
しかし、俺がそこで気を失ったことはない。そうできなかった理由があったからだ。
「はい、5秒間倒れたままだから罰ゲームだ!」
「ま、待ってください! 今起きま――」
「無理ぃぃぃぃぃぃ!! ほら、行ってこい!」
ボーアンが俺の足を掴むと、一気に体が宙に浮く。
俺は思いきり投げ飛ばされると、モンスターの目の前に叩き落された。
「グルルルルルルル!」
「ほら、早く逃げないと食われちまうぞ?」
地面に座り込んでいる俺の前にいるのは、猟犬のようなモンスター。こちらに向かって唸っている。
「い、嫌だ! 死にたくない!」
俺はだるくて動かない体を奮い立たせ、必死でモンスターから逃げた。
「言っとくが、噛まれたら腕なんか余裕で持っていかれるからな? ほら、嫌なら逃げろ逃げろ!」
「ギャハハハハ! 情けねえ顔! おい、今日の夜は誰があいつの顔の真似を出来るかで勝負しようぜ!」
「それより、こいつの腕に葉巻で根性焼きする方が面白いぞ。懲りたら俺様たちの言うことだけ聞いとけ」
こんなことが毎日続いた。今思い返しても、この頃が一番地獄だったと思う。
ある日、俺は耐えられなくなってこのパーティから逃げることを決めた。
「なんだって? パーティを辞めたい?」
俺は律儀にも、三人がいるところでパーティを辞めたいということを伝えた。
しかし、あの判断は間違っていた。
「……じゃあ、最後に一人100発――合計300発のパンチを受けろ」
俺はその場でサンドバッグにされ、奴らの気が済むまで殴られた。
全身の骨が折れ、俺は大量に出血して路地裏に放置された。
一週間後、餓死する寸前で路地裏から這い出た俺は、しばらく部屋から出られないほどになった。
何よりショックだったのが――俺がパーティを辞めることは受理されていた。その代わりに、奴らは新しい標的を引き込んで、同じようなことをしていたのだ。
俺は奴らにとっておもちゃでしかなかったと実感した瞬間だった。それと同時に、俺が冒険者を続けるための理由は塗り替わった。
――奴らを見返したい。いや、それだけじゃない。俺を馬鹿にしてくる冒険者全員を見返せるくらい強くなってやる、と。
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