47.姉の願い
「――ふっ! ふっ!」
……なんだこの声?
「はっ! はぁっ!」
リズミカルに聞こえてくる吐息のような声。なんだこれ……? 動物か何かが俺の近くにいるのか?
……って、待てよ。ここはどこだ!?
俺は体をサッと起こし、辺りを見回す。同時に、鼻腔に花のような甘い香りが漂ってきた。
ここは……誰かの部屋のベッドの上だ。見覚えのないベッドの脇には、ぬいぐるみのネコが鎮座している。
「あ、ようやく起きたんですね」
声に反応して横を見てみると――少し離れたベッドの上にいたのは、ロゼリアさんだった。
「ずいぶん長いこと寝てましたね。もうまる一日ですよ。まあ、二年間も寝ていた私が言えた口ではありませんがね、フフッ」
「ロゼリアさん。ここは――どこですか?」
「ここは私とリーリアの家……だったそうです。リーリアったら、私と一緒に住んでいた家を残しておいてくれたらしいんです」
よく見ると、ぬいぐるみのネコは既にくたくたになっており、哀愁を漂わせている。
これが、リーリアが命がけで冒険をしていた理由、か。そうだよな、目覚めないロゼリアとの思い出は、こうしておかなければつなぎとめることが出来ない。
「……で、ロゼリアさんは何をしてるんですか?」
「何って、筋トレです! 昨日は体力がなかったせいで、たくさん迷惑を掛けちゃいましたからね。ふっ! ふっ!」
そう言って、ロゼリアさんはバッグのようなものをダンベルの代わりにして上げ下げしている。
快活な笑顔を浮かべ、汗を流しているロゼリアさんからは、リーリアの話に聞いていた快活な印象を受ける。
「アスラさんは、リーリアと一緒に冒険をされるんですか?」
「ええ。あいつに仲間にしてほしいって言われたので」
「そっか。なら安心です」
「……安心、とは?」
「アスラさんなら、安心してあの子を任せられますから。ほら、あの子、不器用だし遠慮するじゃないですか。でも、アスラさんはあの子のそういうところ、わかってくれそうじゃないですか」
「……ロゼリアさんって、本当に記憶ないんですよね?」
「ありませんよ。でも、あの子のこともアスラさんのことも、なんだかわかるんです。懐かしい感じがして」
ロゼリアさんは無邪気に笑うと、バッグを床に置いてベッドに座って休憩を始めた。
「あの子、『お姉ちゃんが心配だからやっぱり仲間にはなれない』とか言うかもしれませんけど、耳を貸しちゃダメですよ。私は私で2年間を取り返して、思いっきり楽しんでやろうと思ってるので」
「ええ、そのつもりです」
「でも、それも心配ないかもしれません。油断してたら、私がアスラさんのことを取っちゃうって伝えてあるので」
……ん?
「失礼ですが、今なんて?」
「嫌だなあ、恥ずかしいから言わせないでください。でも、それも当たり前でしょう? アスラさんは私の命を救ってくれた恩人なんですから」
それはつまり……そういう意味なのか?
意識すると、突然ロゼリアさんが艶っぽく見えてきたような……肌を滴る汗。湿っている髪。
「ふふふっ、アスラさん、顔真っ赤ですよ?」
「これは――ちょっと部屋が暑くなってきただけです」
俺は部屋の窓を開けて、ロゼリアさんから目を逸らす。
まったく、ドキドキさせないでくれよ……長いこと仕事一本だったから、あいにく女性への免疫はないんだ。
「アスラさーん! 起きてますかー!」
その時、部屋の外から元気よく扉が空けられる音が鳴る。
ドタバタという足音が聞こえた後、部屋の扉が開けられる。
「あー! アスラさんが起きてますよ!」
顔を覗かせてきたのはティナだった。
「えっ、アスラ起きてるの!?」
ティナの声に反応して、今度はリーリアがひょっこりと顔を出してきた。
そして、ロゼリアさんの顔を見るなり、顔を真っ赤にして迫っていく。
「お姉ちゃん! アスラに何か言ったでしょ!?」
「え~? な~んにも言ってないよ!」
「嘘! 絶対何か余計なこと言った!」
「言ってないぞよ~?」
「その語尾は何!」
笑顔でからかうロゼリアさんと、むすっとしてロゼリアさんと揉みくちゃになって争うリーリア。
かつての二人のことは知らないけれど、幸せそうな二人の姿がそこにはあった。
「――アスラ。本当に何も言われてない?」
「俺? 言われてないぞ? 何も?」
「……あっそ。じゃあいい」
リーリアが怖かったので、本当のことを言うのはやめておいた。
「三人とも、もうすっかり元気ですね! これなら無事に開催できそうです!」
「開催って、何を?」
「今晩、ギルドの跡地でパーティがあるんです!」




