42.二人の思い出【SIDE:リーリア】
「お姉ちゃん、大丈夫? まだ歩けそう?」
「ええ、もう少しなら……リーリアに負担をかけるわけにもいきませんし」
私とお姉ちゃんは、肩を寄せ合いながらギルドと反対の方向へ歩いていく。
この先、どこまで行けば安心なのかはわからないけど――とにかく、今はお姉ちゃんを移動させることが最優先だ。
「リーリアは、すごいですね……」
「……え?」
「こうやって親身になって私のことを気にかけてくれて……さっきのお医者さんのときも、私を守ろうとしてくれましたよね」
「違うの。それは私がお姉ちゃんにしてもらったことを返してるだけで――」
「本当に、そうですか?」
お姉ちゃんは真っすぐにこっちを見ていた。
「私は、これまでの自分のことも、リーリアのことも覚えていません。でも――なんとなくですが、リーリアに恩返しのために生きて欲しいと思っていたとは思えないんです」
「でも……! 私は、お姉ちゃんに何もしてこなかった! そのせいで、お姉ちゃんは今――」
「私なら、今こうしてリーリアに助けられていますよ。何もされなかったなんてことはありません」
お姉ちゃんは私の頭を撫でて、にっこりと笑った。
昔よりもずっと弱い力。でも、伝わってくる優しさは変わりない。
「リーリアは、自分の好きなように生きていいんですよ」
「その言葉……!」
「思い出は、これから一緒に作っていけばいいんです。一緒に手を取って、一緒に前へ進みましょう」
お姉ちゃんは右手を伸ばして、私の左手を優しく包み込んだ。
「……うん!」
今度は、私がお姉ちゃんを引っ張る。いや……一緒に歩いていく。
「お姉ちゃん、私行きたい場所があるんだ」
「ええ、そう言うと思ってました。私はそこの木陰で休んでから避難しますから、リーリアはギルドの方へ向かってください」
「……バレてたか」
「お姉ちゃんですから」
私たちは顔を合わせて微笑んだ。こんなふうに一緒に笑ったのはいつぶりだろう。
――ありがとう、お姉ちゃん。私、あなたがお姉ちゃんでよかった。
私は踵を返し、ギルドの方へと走り出した。
「――何あれ」
ギルドの近くまでやってくると、私の視界に入ってきたのは信じられない光景だった。
ギルドの屋根の上に、何かがある。ミノタウロスの背丈ほどあるから、3メートルはあるだろう。
あれは――昆虫の卵? それも、カマキリのもののように見える。
「そういえば……あのミサって人もクモみたいになってた!」
ということは――やっぱりあそこにいるんだ。ワイズマが。
意を決してギルドの屋根の上を目指して昇っていく。ギルドは2階にテラスがあり、そこからなら屋上へ行くことが出来る。
「……なにこれ!?」
ギルドの建物内に入り、驚愕した。いつもは綺麗に整っている室内が、まるで剣士が暴れ回ったように斬撃の跡で乱れている。
そして、そんな室内に何人もの冒険者が倒れている。既に息絶えている人や、うめき声を漏らして震えている人もいる。
ここにいる人が被害者の全員とは思えない。いったい、どれだけの人を倒したの!?
「急がなきゃ……この街で何が起きてるのかわかるのは、私しかいない!」
私は二階への階段を駆け上がり、テラスへと走った。
置かれているテーブルなどを利用し、屋上へと乗り上げる。そこには、遠巻きから見えたあの卵があった。
近くで見ると、やはりすごい迫力だ。この卵から何かが生まれてくると思うと、全身が嫌悪感でぞくっとする。
「どうです? 素晴らしいでしょ?」
その時、卵の陰からワイズマが姿を現した。
一目見て違和感を覚えたのは――彼の右肩。腕がなくなっている代わりに、そこから鎌のようなものが生えている。
「ああ、これですか? あの錠剤を飲んだらこうなったんですよ。僕は蟷螂になったみたいです」
ワイズマは自分の右腕の代わりになった鎌を眺めて、にたりと笑った。
鋭い鎌だ。おそらく、冒険者たちを切り裂いた斬撃の正体はあれだろう。
「あんた、こんなことしてなんのつもり!? 何が目的なの!?」
「僕は長いこと、この街で金を稼いできました。そう、ちょうどリーリアさんにしたようにね。毒の能力を使ったり、恩を売ったりすることで、たくさんのお金を納めてもらいました」
「……人間のクズ!」
「リーリアさんは軽蔑するでしょうね。ですが、僕はこれを仕事にしてきたのも事実です。そして、リーリアさんにバレてしまったので、僕の仕事があがったりなんですよ」
「だから、街の人を殺したわけ!?」
「はい、この街を滅ぼそうと思いまして」
ワイズマはまるで躊躇う様子もなく、むしろ楽しそうに語った。
「良心が痛まないの!?」
「……今日はその質問を何度もされますね。答えはノーです。だって、悪いのはリーリアさんですから」
「は!? なんで私が!」
「だってそうでしょう? リーリアさんが僕の正体を知って生きているのが悪いんですから」
……頭がおかしい。もう、こいつは人間なんかじゃない。人間とは程遠い、悪魔のような存在だ。
同じ人間じゃないんだから、会話が成り立つはずがない。文字通り、モンスターと相対しているような感覚だ。
「そんなことより、いいんですか? この卵はあと10分で孵りますが」
「……今、なんて言った!?」
「これの名前は憎悪の卵。あと10分で孵ると、中から数百のマンティスの幼虫が出てくるんですよ。そうしたらこの町は終わりですけど、いいんですか?」




