38.化け物の末路【SIDE:ミサ】
「お願いします、なんでもします……なんでもするので、お金をください……」
「うわっ、なんだお前! 化け物だあああああ!」
一寸の光も差さないような路地裏。私の仕事は、そこを通りかかる人に物やお金を求めることだ。
ギルドをクビになった。住んでいる部屋の家賃が払えなくなった。恋人が捕まった。
挙げればキリはないが、私は持っているもののほとんどを、ここ最近で失った。
おまけに――唯一無くなることのないはずの容姿さえ、今は醜く、怪物のようになってしまった。
「あああああああああ!! なんでだよおおおおおお!! ラグルクもいないし、仕事は見つからないしいいいいいい!!」
私はそばにあったゴミ箱を蹴り倒し、中から溢れる悪臭でむせ返った。
私一人で、二人分の上納金を稼がないといけない!? 無理無理無理無理!! っていうか、クビになってから1ギルも稼げてないんですけど!!
『こんなことって……俺はちゃんと実力でゴブリンを倒しただけですよ?』
『君がこのギルドで働き始めて、そろそろ半年か。君の正確な働きぶりは評価していたというのに、失望したよ』
こうなったのも全て……アスラとシャロンのせいだ!!
あいつらが余計なことをしたせいで、私も、ラグルクも、人生が転落した……!
「ふざっけんじゃねええええええ!! あの野郎があああああああ!!」
「ずいぶん怒っていられるんですね、ミサさん」
「あ、あなたは……ワイズマ様!?」
嘘、なんでここにワイズマ様が……!? でも、なんだかいつもと様子が違うような……?
一番に目に入ってくるのは、腕が一本ないこと。そして次に、全身の血管が驚くほどに浮き出ていること。
「ご、ごめんなさい! まだお金の準備が出来てなくて……」
「今日来たのはその件ではありません。これ、誰だかわかりますか?」
ワイズマ様が後ろを示すと――そこには一体のモンスターがいた。
「ヒッ! なんで街の中にモンスターが!?」
「いいえ、モンスターではありません。よく見てください、あなたの知っている人ですよ」
モンスターは二足歩行だが、人間ではおかしい位置に腕が映えている。1、2、3…全部で7本だ。
あれ――腕って普通、奇数にはならないはずじゃ――、
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「やっと気づきましたか、そうです。ラグルクさんですよ」
モンスターには四つの円のようなものが付いている。顔、胸、両肩の四か所だ。それはよく見ると人の顔で、その中の一つにラグルクの物があった。
――いや、それだけじゃない。残り3つの顔も見たことがある。これは、まさか……。
「ええ、黒き雨粒の皆さんがキメラになったんです! すごいでしょう、この錠剤を飲ませたらこうなったんです!」
「なんでええええええええええええ!! なんでこんなひどいことするのおおおおおおおお!!」
好きだったラグルクの面影はもはやない。四面七臂の化け物に変わり果ててしまった。
「ミサ、お前もあの薬を飲ませてもらえ! 今、最高の気分なんだ!」
「嫌ああああああああああ!! なんで喋るのおおおおおお!!」
「どうです、ミサさん。ラグルクさんもこう言っているわけですし、一緒にこの錠剤を飲みませんか?」
ワイズマ様――いや、極悪非道鬼畜のワイズマは笑顔で私に錠剤を勧めてくる。
「嫌に決まってんでしょうが!! 私はあんたたちみたいな化け物にはなりたくない!」
「今しがた化け物と呼ばれていたのはミサさんの方だと思うんですが……それに、運が良ければ彼と一つになれるかもしれませんよ?」
「なりたくないんだよボケが!!」
確かに私は化け物のような見た目になってしまった。このウナギのようなあばた顔を見るたびに、自分に吐き気がする。
でも、これ以上酷い見た目になりたくない。そんなふうになるなら、死んだ方がマシだ。
「……調子に乗らないでください」
ワイズマは苛立ったように言うと、私にビンタをした。
「化け物みたいな見た目をしているくせに、他人のことをどうこう言える口ですか? それに、もう終わりです」
体が……動かない! 今のビンタの時に、何かをされた!?
顔を化け物にされた時と同じだ――このままじゃ、心まで怪物にされる!
「さあ、飲んでください。あなたにも殺したいほど憎い相手がいるでしょう? この錠剤があれば、夢は全て叶います」
ワイズマが腕を私の喉に突っ込み、錠剤を直接押し込んでくる。
「あ、でもこれ飲んだらもう二度と人間には戻れないですけど……まあ、いいですよね。あなたたちは約束も守らないクズですし」
息が苦しくて嚥下した瞬間、私は全身が熱くなるのを感じた。
「嫌、こんなの嫌あああああああああああああああああ!!」
刹那、私の背中に違和感が走る。同時に、服が破れて背中に今までなかった感触が生まれた。
「おお、ミサさんはクモになったんですね」
視線を下げると、私の背中から4本の足が生えているのが見える。何これ。これが、私?
こんなの人間じゃない。だけど、だけどそれ以上に――!
「最っ高うううううううううううううううううう!!」
超気持ちいい! ああ、ラグルクが言ってたのってこういうことだったのね! まるで天に昇るような快感! こんなの普通じゃ味わえない!
私、怪物になれてよかった! この力でアスラも、シャロンも、惨たらしく殺してやるんだから!




