37.魔法の極意
遡ること6日前。
「なあリーリア、魔法ってどうやって使えばいいんだ?」
「は? あんた3年も冒険者やってるでしょ? なんで知らないの!」
「今までは使えなかったけど、最近使えるようになったんだ。で、どうやってやるんだ?」
リーリアはため息を吐くと、やれやれと言った様子で話し始めた。
「そもそも……魔法を使うには魔法に対する解像度を高めないといけない。魔法とは人間の体内にある魔力を物質やエネルギーに変換して放つこと」
「要するに、魔力を使えば魔法が撃てるんだろ? それは俺だってわかるよ」
「それだけじゃない。魔力を魔法に変換するためには、魔法適性も必要なの。料理に例えるなら、魔力は具材で魔法適正は料理の腕。魔力はさておき、魔法適性は生まれつきの才能だけど、あんた大丈夫なの?」
「そこは心配ない。続けてくれ」
「どうだか……その二つの条件が揃ったなら、後は使いたい魔法を詳細にイメージして放出する。出したいものの役割から、温度、形、色まで正確に」
「ふむふむ、色や形もか……」
「それから、魔法は5つの属性に分かれてるの。火・水・風・土・雷ね。それぞれ赤・青・緑・茶・紫色で分類されてる。まあ、そんなことを覚えるよりはまず小さな火を出してみることから……」
「こうか?」
俺は試しに炎が出る様子をイメージすると、ちょうど焚火くらいの炎が手のひらから出てきた。
「……嘘。小さな火種が出るのに、普通はまる一か月はかかるのに」
「適性はあるみたいなんだ。だから出来ることには出来るんだけど――ちょっと発動までに時間がかかるし、威力も心許ない。何より、俺は魔法の種類を全く知らないんだ」
炎を消してリーリアの方を見ると、彼女は何か決心したようにうなずいた。
「わかった。この素材集めの期間で、あんたに魔法を教える。でもね、魔法は暗記じゃないの。魔法を使うときに重要なことは――」
*
「あなた……魔法も使えるんですか!?」
「そうだ。まだ発動までに時間がかかるが……準備は終わった」
ワイズマの瞳の中で炎が揺らめいた刹那。
「<烈火怒涛>」
俺はワイズマの懐まで走り、炎を纏ったパンチを食らわせた。
「うぐわああああああ!!」
地面をゴロゴロと転がるワイズマ。胃の中身を地面に吐き出すと、こちらを見た。
「どうした? 触らないと毒を浴びせられないぞ?」
「触れるわけないじゃないですか……! そんな邪魔な炎を纏っていたら!!」
<疾風怒涛>の加速力に、炎の火力を合わせた技。炎属性の<烈火怒涛>!
「いつまで寝ころんでるんだ? そっちが来ないなら、こっちから行くぞ!」
両手両足を地につけ、犬のようになっているワイズマの手を踏みつける。
すると、奴の右手に氷が広がっていき、たちまち氷漬けになってしまった。
自分自身は加速し、相手を凍らせることで動きを鈍くする――<氷結怒涛>だ。
「な、なんだこれ!? くそっ、地面とくっついて取れない……!!」
「早く腕を斬らないと、頭を弾き飛ばされるぞ?」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ワイズマは左手で自分の右肩に触れると、付け根から腕を腐らせ、引きちぎった。
「ああああああああああああ!! 痛い! 痛いいいいいいい!」
「腕一本でずいぶん大げさな反応をするんだな。それじゃ体がもたないぞ?」
「まさか、あなた……!!」
「ああ。お前の腕は二本ともこの場で切り裂く。また毒を使われたらめんどくさいからな」
その言葉を聞き、むせび泣くワイズマ。だが、こいつに涙を流す権利などない。
これまで必死に戦ってきたリーリアとロゼリアさんの思いに比べれば……腕の一本や二本くらいじゃ採算が合わない。
ワイズマは俺に背中を向け、みっともなく走って逃げようとする。
「教えてやる。魔法を使うのに重要なのは暗記することじゃないそうだ」
次は――体が風になったようなイメージで!
「魔法を使うときに重要なのは――」
「『自分の戦闘スタイルに、魔法を組み込むこと!』」
リーリアの声が脳裏をよぎった。同時に、ワイズマの背中が大きくなっていく。
俺は剣を握り、泥にまみれた白衣に向かって斜めに振るった。
「<旋風怒涛>!!」
「ぎゃああああああああああ!!」
斬撃を食らい、ワイズマの背中が三日月のように赤く染まっていく。
ワイズマの体が<氷結怒涛>で徐々に凍り始めた。
「どうした? 惨めだな。気絶はするなよ? お前にはまだ聞きたいことがいっぱいあるんだから」
ワイズマの全身が凍った。これで身動きは取れない。
「さあ、教えてもらおうか……運命の糸のことを洗いざらい」
「……アスラさん。糸を断つにはどうしたらいいと思いますか?」
「なんだいきなり。そんなの、普通に刃物で切るだけだろ。それより質問に……」
「いいえ……一本の糸を断ち切るには、複雑に絡み合った他の糸をほどくか、同じように切らなければいかない。連綿と紡がれる糸は、決して誰にも、切れない!!」
その時、俺はあることに気が付いた。ワイズマの体から煙が漏れている。
これは――ワイズマが高温になって氷を溶かしているのか!? 一体どうして!?
「僕をここまで追い込んだのはあなたが初めてですよ、アスラさん。だが……少し詰めが甘かった!!」
蒸気の勢いが激しくなり、俺はその場から離れざるを得なかった。ワイズマが獣のように叫び始める。
「うおおおおおお、あがああああああああああああああああ!!」
刹那、ワイズマの体から蒸気が爆発的に膨れ上がると、まるで温泉地に来たように周囲が煙で見えなくなっていく。
「口の中に錠剤を仕込んでおいて正解でした! 全身を氷漬けにするのはいいアイデアでしたが、これは想定できなかったでしょう!」
叫び声が遠のいていく。あいつ、逃げてるのか!
声のボリュームからするに、かなりの速度だ。さっきまでの倍以上の速度はある。おそらく、その錠剤とやらが関係しているんだろう。
煙が晴れると、そこにワイズマの姿は見えない。
「どっちに行った!? ……いや、血が垂れてるからまだ追える!」
本気で追いかければ追いつくことは出来る。だがまだリーリアに解毒剤を飲ませることが出来ていない!
奴にはまだたくさん聞かなければいけないこともある。……今追いかけるのは悪手だ!
30秒だ。その時間でリーリアを治療したら、奴の腕から漏れた血液の跡を辿って、追いかける!




