02EX-01_えへへーママ仕事辞めてきましたー!
一月の下旬、久宿延市の某ダンジョンにて、インターネットに投稿するための動画を撮影するためアホの集団が実力不相応のダンジョンダイブを行い、危険度の高いモンスターをダンジョン出入口付近まで誘引した。
隣の仁礼市で十月終わりに引き起こされた同様の一件から半年も経っていない時期での再発であった。
加えて、ダンジョンダイブライセンス停止処分を受けているはずの同一グループによる愚行だった。
このことが発覚したのは、そのアホ集団がダンジョン内でアホ集団とは無関係のダイバーチームに声をかけられなぜか襲い掛かったことで捕縛されたからである。
声をかけたほうのダイバーチームはアホ集団がダンジョンダイブライセンスを停止された十月終わりの件で緊急招集を受け現場に居たため、アホ集団の顔とその事件の概要及び資格停止を知っておりダンジョン内に居たことを不審に思ったとのこと。
アホ集団がなぜダイバーチームに襲いかかったのかは公にされていない。非公式には『同じ言語を使っているのに何を言っているのか理解できなかった』との調査関係者の言葉が全てを物語っていると見なされている。
一月下旬のこのアホ集団の愚行を受け、久宿延市周辺で活動するダンジョンダイバーに大して強い影響力を有する久宿延市在住の魔法系医療従事者は激怒した。
久宿延市在住の魔法系医療従事者というか、幾度も繰り返される同じような事件の後始末に駆り出される有力ダンジョンダイバーの治療をいつも受け持っている豊饒豊実は我慢するのをやめた。
アホ共の『人間としての最低限の知性が存在するか怪しい無謀かつ他人に後始末を押し付けるようなダンジョンダイブ』はやめさせろ。
ていうかアホ共のダンジョンダイブライセンスを取り上げろ。
それ以前にアホ共にダンジョンダイブライセンスを与えるな。
そもそも根本的な問題をいうならあいつら明確な犯罪者なんだから刑務所にぶち込んでないのはおかしいだろ。
関係者のそういった追及に対する返答すらせずまとも取り合わなかった行政側との決裂を、豊饒豊実は明確に示すことにした。
具体的には勤めていた久宿延市の市立病院を辞めた。
久宿延市の市立病院は、魔法系医療従事者を他所よりも多く抱えることでダンジョンダイバー向け診察窓口をウリにしていた。
このサービスは“開門”に端を発する混乱期において、元々医療関係を志したり従事していたわけではないがなんらかのきっかけで医療に関係する魔法を身に着けた人々の魔法を合法的に有効活用すべく制定された法律が前提にある。日本の定める医療資格を有する医師や看護師の管理下であれば、医療資格が無くともダンジョン関係者を対象とした魔法系医療が認められるという結構怖い特例措置である。あまりに便利だったため、問題点を徐々に解決しながらなし崩し的にそのまま運用されている。
そして市立病院が抱えるダンジョンダイバー向け魔法系医療従事者のゆるぎないエースが、豊饒豊実であった。
彼女が職場のエースたる根拠を挙げるならば、骨肉スムージーになった足を元の形に再生してくっつけた実績である。さすがに月単位でかかりっきりになる大仕事ではあったが、同程度の魔法系医療技術を有する者は国内でも数えるほどしかいない。
なお、仕事を増やし過ぎないようにダンジョンダイバーのみが対象となるよう、取得する資格を選別しているのは公然の秘密。
そんな、材料さえ回収してくれば手足を落っことす位ならどうにかしてくれる凄腕魔法系医療従事者が病院をやめたとなると、そりゃあもう界隈は大騒ぎになった。日頃お世話になっていて豊饒豊実と関わりの深いダンジョンダイバー達は、この件とは何の関連性もないが対人を想定した装備を入念に整備したりし始めた。
「果恵ちゃんただまー。えへへーママ仕事辞めてきましたー!」
本来ならまだ帰宅する時間ではなかったが、自宅というか橘宅に到着直後リビングへ飛び込んだ豊饒豊実は、自信が持ち込んだ大量のクッションに埋もれていた自身の娘である豊饒果恵に元気よく告げた。雑な発音の挨拶は誤字ではない。
「おかえりー。とうとう辞めたんだ。暫く休んで個人経営やるんだっけ?」
「うんうん。田淵さんが細かいことやってくれるって。護衛も用意してくれるからだいじょーぶだってさ」
豊饒家に雇われて護衛兼運転手を勤めている田淵は、妹がダンジョンダイバーをやっている。その田淵の妹が骨肉スムージーになった足を再生してもらった人物であり、田淵はその件に深く感謝している。端的に言って豊饒豊実の信者。軽度なのでセーフ。
個人経営の魔法系診療所を開くために魔法系医療従事者として必要な資格は、市立病院に勤めている間に必要に駆られて取得したもので足りている。豊饒豊実に求められているのは魔法系医療技術であり、それに集中してもらいたい周囲の人間は他の全てをバックアップする用意が整えられている。
豊饒豊実に救われたダンジョンダイバーやその関係者は久宿延市周辺に多くいる。そういった者たちはぶっちゃけ柵の多い市立病院はさっさと辞めて欲しかったので、今回の豊饒豊実の決断はもろ手を挙げて歓迎している。
「でもねー、ママはもう関わる気ないけど、ああいうアホを野放しにしてるのは気分よくないよねー」
闇討ちすっかなという母親のつぶやきを豊饒果恵は完全にスルーした。さすがに直接的な手段に訴えることはないと信じている。マジ信じてると心の中で叫んではいた。
「奥様。今回の件、私にも少々お手伝いさせては頂けませんか?」
大きなジョッキに注がれた麦茶を豪快に飲み干した豊饒豊実が何やら真剣に悩み始めたタイミングで、橘家の人型魔術生命が声をかけた。




