02-30
端的にまとめると養母さんが努めていた病院をやめたのは、行政の方に問題があったから。
病院という職場に限れば、養母さん当人が言うところの地道な改善運動によりかなり良くなっていた。しかしその病院に問題を持ち込む行政とかに対する我慢が限界を超えたのだ。
具体的には、馬鹿数名の所為で地元の有力ダンジョンダイバーチームが強制招集されたあげく重傷を負って養母さんが臨時出勤せざるを得なかった件。
承認欲求とか功名心とか泡銭目当てで同様のトラブルが焼き直しのように何度か繰り返されているにもかかわらず、なぜか一向に抜本的な解決がされていない。
毎度毎度実力不相応な深度までダンジョンに潜り危険なモンスターを引っかけてきては後始末を他人に押し付け、その度に強制招集された地元の主力級ダイバーが負傷後のリハビリで短期間とはいえ休業を余儀なくされる。
僕らの住む地域の場合、そういった重傷者を治療するのはここらで一番治療系魔法が上手い養母さんで、前々からどうにかしろと声を大にして行政に要求していたが、最終通告のつもりの十月終わりの一件から半年たたずに再発である。もう付き合っていられなくなったそうだ。
そんな養母さんは、二月中はだらだらしてから、三月に入ったら準備を始め、五月を目処に個人経営の魔法医療所を開く予定とのこと。
現在の日本では医師が治療系の魔法を習得できるほどのノウハウは蓄積されていないうえに、治療魔法を使える人が必ずしも医療技術者を志すとは限らず、何の知識も経験もなくとも医師の監督下であれば治療系魔法を使える環境が整えられている。
養母さんも医師免許を持っていないが、現場での勤務年数や医師の推薦や専用の試験に合格すればダイバーのみを対象に治療系魔法の専門医として個人経営の医療所を開ける。
――と、なにやら熱く語る養母さんに教えてもらった。医師免許がなくても医療行為が許可されるってちょっと怖いなと思いました。
養母さんが職場を辞めていたり、現代日本の医療関係にちょっと恐怖したりとは別に、もっと身近に迫った恐怖がある。
二月が、終わってしまう。二月が終わると冬休みが追わって――まだ終わってないよね? 後期始まってないよね? 不安になってきた。
不安になって愛染に確認したところ、後期の始業式は三月二日だったので明日と明後日はまだ完全に休みだ。
今日が二月二十八日の金曜日ってことは、土日がまるっと空いてる。土日は本来≪実践道≫の日だけどどうしようかな。遠征帰りを加味すると悩み所。
なにか時間の必要な用事はあったかなと考え、精々が今回の遠征で拾った魔具は【神壇】で調べていないくらいだった。忘れる前に明日やってしまおう。 今日はもうムリ。なにもしたくない。愛染達が御飯作ってくれるまでダラけて、御飯食べたらさっさと寝る。それが良い。
翌日。弁柄にそっと起こされ身支度整えられて気づけば御飯を食べていた。日常を久しぶりに感じつつ≪果てへと至る修錬道≫へ移動。
≪武装人形≫は強いほど魔具を残す確率が高くなるようで、レベル三≪武装人形≫カスタムを狩り続けた今回の遠征は拾った魔具が多い。もしかしたら斃した≪武装人形≫の数に対する個数、言い換えればドロップ率も過去最高じゃなかろうか。斃した≪武装人形≫の質と数をしっかり数えたことなんてないという前提の体感だ。つまり当てにならない。別にそこまで多くない気もしてきた。
半ばぼうっとしながら全く関係ないことを考えつつ手を動かし、≪[開示]の【神壇】≫に乗せては判明した魔具の詳細をメモする作業から逃避する思考がふと途切れてしまった。直前まで何を考えていたのかも思い出せないくらいぽーんって感じ。
この魔具なんだろうへーそういうのなんだーで済ませたい。おー便利そうやったーで終わらせたい。一度現実に意識が引き戻されると、そんな本音が心のどこかに居る怠惰な自分からじわじわ染みだしてくる。でもちゃんとメモしておかないと後で困るもんなあ……。
実際には二時間も経ってないのにすごい疲れた。精神的には丸一日な作業の中で印象に一番強く残った魔具はコレ。
≪[紫電][該博]の【メガZip】≫
§それはメガZipである§
§それは紫色の電光である§
§それは鋭い眼差しである§
§それは研ぎ澄まされた刀である§
§それは光を放つ§
§それは戦闘機である§
§それは物事に通じている§
§それは学問に通じている§
§それは知識が豊富である§
カッコイイ要素の欲張りセットみたいな魔具だ。 §それは紫色の電光である§ と §それは研ぎ澄まされた刀である§ の要素はどっちも主人公っぽい。
でもそんな感想が霞むくらいの衝撃を与える §それは戦闘機である§ という要素。戦闘機て。戦闘機て。インパクト強すぎない?
戦闘機とか大きさ知らないけどその辺で構築したらまずよなってことで、手のひらサイズにならないかなと試したらできた。どこでかは分からないけどどこかで見たような、そうでもないような緑色主体でアクセントの赤と黄色がイイカンジの戦闘機。裏の灰色もナカナカ。
うん。戦闘機。飛行機なのはわかるものの戦闘機かどうかはわかんないわ。どこ見れば戦闘機って言い切れるのか。
一回見たら満足。戦闘機の要素はもう気にすることもないかな。あ、でも[操作]とかそういう系統の魔術を手に入れたらラジコンごっことかできそう。したい。手のひらサイズじゃなくてもっと大きいのだと楽しそう。というかもしや原寸大だと乗って飛ばせるのでは……場所がないか。
暫く手のひら戦闘機を眺め、飽きたのでなんとなく≪長柄道≫の師匠に指導してもらった。刀は扱いが難しいと前に聞いた覚えがあるので保留。
いつものようにボッコボコにされたし、これからは気合入れて[武術]の魂象を目指す。ガンバレ未来の自分。
≪[開示]の【神壇】≫
§それは神に近づく場所§
§それは明らかにして示す§
――本日の戦果――
本日のっていうか今回の遠征で得た魔具
≪[汗疱]の【ネクタイ】≫
§それはネクタイである§
§それは汗疹である§
§それは手の平にできる§
§それは足の裏にできる§
≪[簒奪][減員]の【キッチンミトン】≫
§それはキッチンミトンである§
§それは君主足る資格がない§
§それは君主の地位を奪った§
§それは力がある§
§それは員数を減らす§
≪[三女][側臥][落屑]の【ドッグタグ】≫
§それはドッグタグである§
§それは女性である§
§それは三人である§
§それは三番目に生まれた§
§それは横向きに寝ている§
§それは側に寝る§
§それは皮膚の表層である§
§それは細かい§
§それは薄い§
§それははげ落ちる§
≪[紫電][該博]の【メガZip】≫
§それはメガZipである§
§それは紫色の電光である§
§それは鋭い眼差しである§
§それは研ぎ澄まされた刀である§
§それは光を放つ§
§それは戦闘機である§
§それは物事に通じている§
§それは学問に通じている§
§それは知識が豊富である§
≪[熟年]の【上腕装甲】≫
§それは上腕装甲である§
§それは男性である§
§それは女性である§
§それは成熟している§
§それは日照りがない§
§それは水害がない§
§それは順調な収穫を得られる§
≪[日課]の【簪】≫
§それは簪である§
§それは毎日行うと決めたことである§
§それは毎日行う勤めである§
§それは毎日行う読経である§
§それは毎日行う念仏である§
≪[喜楽][総裏]の【ジャケット】≫
§それはジャケットである§
§それは喜びである§
§それは楽しみである§
§それは衣服の裏地である§
§それは衣服の全体につけられている§
≪[奇書][凶相][湖沼]の【財布】≫
§それは財布である§
§それは本である§
§それは珍しい内容である§
§それは不運の相である§
§それは凶悪な顔立ちである§
§それは湖である§
§それは沼である§
≪[純真]の【装甲帽】≫
§それは装甲帽である§
§それは穢れがない§
§それは清らかである§
§それは邪念がない§
§それは私欲がない§
≪[哀愁]の【チェーン】≫
§それはチェーンである§
§それは物悲しい§
§それは寂しい§
≪[竹笛][用水]の【ショール】≫
§それはショールである§
§それは竹である§
§それは横笛である§
§それは水である§
§それは井戸である§
§それは池である§
§それは川である§
§それは貯水ダムである§
§それは灌漑に用いる§
§それは飲料に用いる§
§それは工業に用いる§
§それは発電に用いる§
§それは洗濯に用いる§
§それは消火に用いる§
≪[夢境]の【スカーフ】≫
§それはスカーフである§
§それは夢の中である§
§それは夢の世界である§
§それは夢を見ること§




