02-17
「お帰りなさいませ若旦那」
≪[電母]の【クラダリング】≫を捧げるように重ねた両手の上に乗せたまま、どうやって玄関ドアを開けようかなと悩む間もなく愛染が内側から開いて迎えてくれた。その後ろには弁柄も居る。
「ただいま。ちょっと、なんか、この指輪をイイカンジに置ける台とかあったりしないかな?」
僕が言われたらその相手の脛を軽く蹴りつけるような突飛な要求だ。
「はい。もちろん用意してありますよ。そのまま、そっとリビングまでがんばってください」
愛染スゲー。視線一つで愛染からなんらかの指示を受け取った弁柄が、静かにお辞儀して家の奥へと向かったのはイイカンジに置ける台座を取りに行ってくれたのだろう。
そんなものが用意されているってことは、こういう魔具をそのうち手に入れる可能性があるって愛染達は知ってたっぽいかな。
今回実際に僕が拾ってきたことで、その辺りに関する“言えない制限”みたいなのが緩んでたら教えてもらえて楽なんだけど、どうだろう。僕が≪果てへと至る修錬道≫で中伝から奥伝に上がったら教えてもらえるのかもしれないし。
「では、若旦那はこちらへ」
「はーい」
愛染に続いてリビングへ向かう。弁柄が何か持ってくるのを待つならそうだよね。
「お帰り。早かったね? 何かトラブルでもあったの?」
「お帰りなさいませ若様。そんなに私と会いたかったのですか?」
特に含みのなさそうな果恵に対して、躑躅は僕をからかう気が溢れ出ている。
いや、僕が緊張してるから、躑躅はリラックスさせようとしてくれてるのかな。ってことは躑躅も僕が両手に掲げたままのリングに気づいてるのかな。
「ただいま二人とも。今回の遠征は魔術で頑張ってみようかと思ったんだけどね、足りてないものが多すぎて早く切り上げてその分次の準備に充てようと……した帰りがけに拾いました」
果恵は僕の手に何かがあるのは分かったようだが、要領がつかめないって顔をしている。
躑躅の方は祝う気はあるし祝うべきではあるものの素直に祝うのは難しい、みたいな何とも言い難い表情だ。
「ご主人様、お持ちいたしました」
「ありがとう、弁柄」
空気が微妙な感じでどうしたものかってタイミングで、弁柄が一抱えはある大きさの箱を持って現れてくれた。そろそろ手がつらいのと併せて二重の意味で助かった。
弁柄が持ってきた箱の中身を愛染が取り出していく。詳しいことは分からないが、高そうな質感の猫足のテーブルっぽいのと、その天板が埋まる大きさの豪華な座布団みたいなもの。それらが何種類かの大きさでセットになっているようだ。
「実際は魔具は魔具でしかないので別にこういうものは要らないんですけどね。若旦那はたぶん気にされるだろうと用意していた次第です」
「え、要らないの? 拾った時からなんかもう普通じゃないよ」
拾った時の脅迫じみた圧力とか、詳細を確認しないまま≪果てへと至る修錬道≫を出ようとした時のアピールとか。
「特別は特別です。でも、まあ、特別扱いする必要はないと言いますかね……」
躑躅が説明しようとしてくれるものの、どうにも歯切れは悪い。
「……ああ、分かった。言いたくても言えない感じだったのか」
なにが特別な魔具なのか、特別な魔具であってもなぜ特別扱いする必要がないのか。それらを説明するのには、現時点での愛染達では言えない部分を避けられないから迂遠なやり取りになったってことだろう。
「端的に言うとその通りです」
ちょっと悔しそうに躑躅が頷く。
今までこんなことなかったなと思ったが、今僕に説明しようとしてたのは躑躅だ。
普段僕としゃべるのは大体において愛染で、弁柄は一歩下がってさらに愛染の陰に控えている。今回に関しても、愛染は説明できないなら別にしなくても僕は察するだろうと放っておいたっぽい。
普段は飄々としてる躑躅が、なんで急にこんな要領が悪いことをしたのか不思議だ。
「たまにはイイトコロを見せたかったんですよ」
すすっと静かに僕の横へ来た愛染が、顔を寄せてささやいてきた。ちょっぴり意地の悪い笑み。
「もうっ、いいじゃないですか。それよりも若様、そのリングを置いてしまいましょう。ほら、こちらへっ」
今は下手に逆らわない方がよさそうだと、夫婦神なので本来は一緒に祭るのが良いんだけどみたいなことをぼそぼそ言う躑躅に促され、示されたクッションにそっと≪[電母]の【クラダリング】≫を置いた。なんかほっとした。
「結局何なの……」
不機嫌ではなくとも釈然としない様子の果恵さん。
ええ、はい。今説明しますので。いやほんと果恵さんを忘れてたとかじゃないんですよホント。
≪[電母]の【クラダリング】≫
§それはクラダリングである§
§それは神である§
§それは女性である§
§それは雲を起こす§
§それは雨を降らせる§
§それは雷を生む§
§それは罪人を暴く§
§それは罰を下す§
§それは正体を暴く§




