02-12
昨日一日はゆっくり身心を休ませ、手元無沙汰になったので遠征中のメモをまとめた。
今日は明後日出発予定の次の遠征に向けて[身体強化]の習熟だ。
午前は≪魔術道≫で理論を、午後は≪特器道≫で実践込みの予定。
≪魔術道≫へ行くと、『もう少し』と書かれた折り紙製花丸メダルとペーパーテストの用紙を師匠から手渡された、
あまり時間をかけずに本日のテストを乗り越え、[身体強化]の手引書を有難く受け取って読み込み始める。
手引書の主な内容は物理的な肉体の強化を主眼に置いた[肉体強化]と、[肉体強化]を発展させ物理的な制限に囚われない強化を目的とした[身体強化]の比較だった。
対象の肉体が魔素や精気がなくとも到達可能な運動能力を、その時の肉体性能に依らず発揮するのが[肉体強化]の本領で、使うのは精気。
いやいや物理的に無理でしょって動きを可能にしようというのが[身体強化]で、使うのは魔素。
もちろん、僕が心肺機能の強化というか呼吸を楽にするために[肉体強化]を使ったように[肉体強化]でもファジーな部分はあるし、[身体強化]だって物理的な“理由付け”をできた方が消耗は少ない。
[肉体強化]と[身体強化]はアプローチが違うだけで完全な別物でもないようだ、というのが僕の結論となった。
氷を作るのに、水を直接冷却するか、水が存在する空間の気圧を上げるかみたいな違い……かな……。
二種の魔術の差異をそういった表現でまとめたら、≪魔術道≫の師匠には頑張りましょうのハンコを頂いた。ガンバリマス。
午前はめいっぱい頭を使ったので午後は体を動かしてスッキリしよう。
≪特器道≫で体術の型稽古を終え、師匠に軽く組手をしてもらった後は[身体強化]を用いてひたすら動き回る。
練習用の武器類を貸してもらえるならできたりしないかなと師匠に頼んでみたら、アスレチックというかパルクール施設みたいな障害物を沢山ぱぱっと用意してくれた。
≪果てへと至る修錬道≫は向上心があって修錬のためなら本当至れり尽くせりだ。
[肉体強化]と[身体強化]を交互に自分にかけてぐるぐるぐるぐる障害物を回り続けていると、なんとなく感覚が掴めてきたように思う。
成功判定というゲーム的な表現が一番しっくりきた。
[肉体強化]は成功に必要な目標数値はそのままで、参照する項目……この場合は身体能力を底上げしてくれる。
[身体強化]は身体能力の数値はそのままで、成功に必要な目標を緩和してくれる。
水の上を走った時が一番分かり易かった。
[肉体強化]だと当然沈む。僕の筋力やレベルが上がって身体能力がもっと高くなれば走れる。そういう動画も見たことがある。
[身体強化]だと魔素をバカ食いするものの水の上を走れる。足りない身体能力を魔素による強化で補ったり、水の表面張力とか浮力とかそういうものも魔素で強化しているんじゃないかな。当然、大量の片栗粉は使っていない。
[肉体強化]と[身体強化]を併用して水の上を走ると魔素の消耗ががくっと減ったのが証拠だ……と思う。
……そういうことにしよう。
[肉体強化]での呼吸の補助も『精気には僕の肉体情報が詰まっているから精気によって肉体を強化することで肉体機能を阻害する要素は排除される』よりも、『呼吸器系の機能を底上げして酸素の吸入を補助する』方が上手く精気が回っている気がする。
『精気には僕の肉体情報が詰まっているから精気によって肉体を強化することで肉体機能を阻害する要素は排除される』というのは[身体強化]の方が相性のいい理屈だった。この場合は参照元となる精気を一定量保たなければならず、精気が足りなくなると[身体強化]に必要な魔素がぐっと増える。
「うん。そんなところだろうね。あとはそのまま習熟すると良いよ」
「ありがとうございました」
≪特器道≫の師匠に及第点を頂いたので方向性はきっと間違っていない。
さ、あとは馴染むまで動き続けよう。
「おつ」
「うーす」
朝、家を出る前に愛染が僕の端末に設定しておいたアラームがなったので帰り支度を済ませたら果恵がひょっこり顔を見せた。
果恵も≪魔術道≫か≪鈍器道≫で修錬していたのかな。≪特器道≫にも通っているんだったか。
「遠征から戻ってすぐそんな動いて大丈夫なの?」
「昨日一日しっかり休んだし、遠征自体もそこまでキツくなかったし大丈夫だよ」
キツいと感じたのは槍持ち≪武装人形≫の一戦くらいかな。
いや、レベル二≪武装人形≫やレベル三≪武装人形≫との初遭遇も結構キツかったかも。
まあ、どっちにしろそのくらいだ。
「明後日からまた泊まり込みで行くから、明日も軽く流すだけにするけどね」
人生二回目の遠征の感覚を忘れないうちに人生三回目の遠征だ。
「はぁ……愛染さん達が何も言わないならオーバーワークじゃないか……ほどほどにしなよー」
手をひらひらさせて果恵は帰って行った。
あの手の動きは癖なのかな。




