02-11
遠征六日目。
昨日の疲労は尾を引いている感じがするものの、さほど重篤ではない。大事をとって昼まで身心の休息に充てたら帰路に就くと決めた。
そして休んでいる間に疲れないことを何かできないかなと考え、自分の魂を確認してみる。
愛染に教えてもらって魂象化させたくない技術の剪定をこまめにしているとあって、魂に触れるのは自分のものに限れば苦もなくできるくらいに慣れている。人の魂って触れられるのかな。
警戒は[歩哨]に全て任せ、僕は自身の内に潜り今回の遠征でどの程度魂が育ったかを確認してみる。予想以上に大きくなっていて驚いた。
相対的な把握しかできないが、魂の中で[隠密]の魂象が占める割合からするに今回の遠征だけで魂は数倍以上の大きさになっている。
今までは週末にちょこっとレベル一≪武装人形≫を斃すだけだったため伸びが小さかっただけで、レベル二や三の≪武装人形≫を相手に修錬を積むならこんなもんなのかもしれない。得られる経験値が違う的な。
レベル一≪武装人形≫が相手なら、最近だとジャージに手製の棍でも[肉体強化]を使うと修錬ではなく作業になってきている。それを鑑みれば、レベル一≪武装人形≫が相手では成長につながらないというのも当然と思えた。作業ともいえる反復の中で何か見いだせるとすれば、その場合はちゃんと成長できるかもしれない。
魂の成長には驚いたが、今は魂に刻まれた技術の剪定をしてしまおう。
自身の魂を把握したら、次は発現する魂象が特定の魔術に偏らないよう手を加える。
[箱段]や[錯行]といったそれぞれの魔術が魂に刻んだ痕の形を整えたり、少し埋め戻したり、ひとまとめになってくっつかないかと期待して一か所に集めたり。
武術でも同じようにそれぞれの武器種に関する技術の痕を整える。
[肉体強化]の魔術の伸びが著しいのはちょっと困りものかもしれない。
ん? [肉体強化]は肉体に直接作用するから、魔術は魔術でも精確に分類すると<呪術>かな?
まあ、疑問は脇に置いて、銀の槍持ち≪武装人形≫戦では主力となっただけに下手に習熟を抑え込み過ぎると痛い目を見そうだし、次の遠征は[肉体強化]を使わないようにしつつ各種魔術の修錬を意識しようか。
今目指しているのが魔術の魂象というだけで、それさえ得られればその後は細かいこと気にしなくてもいい――魔術の魂象を得たら次は武術の魂象が欲しくなるのは目に見えているか。
ま、とにかく先ずは魔術の魂象だ。魂の成長具合を見るに、上手くいけば魔術の修錬を主眼に置く次の遠征でなんとかなりそうに思える。根拠はない。
昼まで魂に刻まれた技術の剪定をしたり瞑想をしていたら、昨日の疲労は大凡抜けた。
あとは帰るだけだ。目的地を目の前にして道程三割と思えみたいな格言もあった気がするので気を引き締めていこう。
[隠密]の魂象と魔具、[肉体強化]と気功を駆使して走り続け、道中見かけた全ての≪武装人形≫を無視。夕方前にエントランスホールに到着した。新記録だ。なお初めて記録を測定した模様。
気功を用いれば短距離とはいえ壁や天井を走ることができるのは素晴らしいと再実感。
帰宅してすぐ愛染と弁柄と躑躅によって風呂へ運び込まれ上から下まで綺麗に洗われゆっくり湯に浸かった。
大した疲労はなく、明確な意識を保ったまま丸洗いされるのはとてもよろしくなかった。
「若旦那、それは『気功』じゃなくて[身体強化]ですね。体の物理的な強化だけでなく、もっとふわっとした……概念的な強化っていうのは、大言ですかねぇ」
とても美味しい晩御飯を頂きながら今回の遠征のあれこれを話していたら愛染が教えてくれた。
「[気功]ってぇと、もうちょいと複雑でしてね。精気を飛ばして所謂『遠当て』をやったり、多少の怪我は治せたり、身体能力の強化ってぇよりは精気の制御や活用に比重を置いたもんなんですよ、若様」
「確かにそれっぽい。弁柄、お茶ありがとう」
躑躅の捕捉説明に頷きつつ、弁柄にしっかりお礼を言う。
弁柄の凄いところは空になった湯飲みにすぐ注ぎ足すのではなく、それを一度置いて注意が逸れた後気づかれないようにお茶を入れておいてくれるところだ。何回かに一回、そういえばさっき空になったっけと気付いた時しかお礼は言えてないと思う。
柔らかい微笑みを返してくれる弁柄だが、もうちょい自己主張していいんですよ。
「じゃあ、[肉体強化]と[身体強化]と[気功]を重ね掛けしたらもっと凄い感じに動けるんだ?」
「そういうことですね」
あんまり頭使ってない僕の疑問に愛染が頷く。
[肉体強化]と[身体強化]の二重でもかなりテンション上がったのに、さらに上があるとは……。
「まあ、身体能力を高める方法はいくらでもあるんで、相性も加味して複数重ねればどんどん強化はできますよ。複数の魔術に習熟するよりレベル上げる方が早いですけど」
躑躅の言葉にも頷ける。
[肉体強化]も慣れるまではそこまですごいと感じるものじゃなかった。僕が気功と仮称していた[身体強化]は[肉体強化]の延長線上として扱えたのですぐ実戦投入できたけど、同系統の他の魔術も同じ感覚で扱えるとは限らない。
「ま、他のダンジョンへ行ってレベルアップする予定はないし、他の身体能力を強化する魔術も気が向いたらで良いかな。当面は[肉体強化]と[身体強化]の習熟に努めるよ」
そんな橘家の団欒を過ごし、食休みを挟んでさっさと寝た。
明日は遠征中に書き溜めたメモの整理だ。




