02-10
逃げた後に休憩し、十分休んだら同じようにアタックをしかけた。
一当てしては逃げてを繰り返すうちに、やりあった地点からある程度離れると追いかけて来なくなることを確認できたので逃げるときの手間は減った。
しかし僕が銀の槍持ち≪武装人形≫の手の内を引き出すのと同時に、銀の槍持ち≪武装人形≫に僕の手の内を把握されている。何度か誘いに乗せられて肝を冷やした。
当然逃げるときも同じ手順だと逃げ切れないので工夫をしなければらないが、そろそろ種が尽きそう。
アラームを一度だけ鳴らして逃げていたら、それ学習してアラームと同時に攻勢が激しくなった。対策としてフェイクを含めて何度も鳴らすしかなくなった。
フェイクを設定するのと合わせて本命の音も替えたのに、ずっと同じ音だと本命の音を学習してまたタイミングを合わせて攻勢が激しくなった。対策として仕方なく都度本命の音を変えている。
毎度毎度アラーム音を替えていたら、どの音がどんな意味だったのかを認識するタイムラグやそこから判断する意識のブレが生じるのでどうにかしたい。でも自前で秒数カウントできるほど余裕がない。
前に進んでいるのか後ろから追い上げられているのか。それが判然としない状態は精神的によろしくないと学んだ。
学んだからと言ってその状態を今どうこうできるわけではない。
しかし、精神的な消耗は激しいが、一進一退の状況でどうにか一筋の光明を見出している。
銀の槍持ち≪武装人形≫を<呪術>の対象にして直接かけるのではなく、[造水]を発動して撒き散らした水を対象に<呪術>をかけると手応えがあるという点だ。
どうにか搦め手で攻められないかと試している時、上手く転ばないかと[造水]で水を撒き、ついでに[躑躅]をかける際に対象指定をミスって相手の足ではなくその下の水を対象に発動してしまった。
一手無駄にしたとこれまた無駄に思考したが、意外にも銀の槍持ち≪武装人形≫が一瞬確かに動きを止めた。多分、“ためらった”。
もちろんその一瞬は無駄にせず一目散に逃げた。
その一件を検証すべく犠牲となってもらった複数のレベル三≪武装人形≫には感謝。
そうして分かったのが、[封入弾]で<呪術>をぶちこむよりも、水をぶちまけてその水に<呪術>をかける方がなんかいい感じだということ。
理屈を考えても仕方がないので、『水には浸透する性質があるし多分そんな感じのアレでなんか上手くやってくれる』と決めた。僕がそう決めた以上、僕の中ではそうなった。
……これで更に<呪術>の効きが良くなったので魔術はやっぱり“そういうもの”なんだろう。
遠征五日目十六時。休憩に入った。次の一戦が今回の遠征でのラストアタックだ。
遠征六日目と七日目は帰路に充てる予定を崩せず、その帰路での万が一を避けるならば今日一日の疲労を鑑みて十八時にはもう休みたい。
今いるのは銀の槍持ち≪武装人形≫まで五分とかからない小部屋。接敵から全力で押し続けるつもりなのでどれだけ長引いても戦闘は三十分で終わる見込みでいる。十六時半まで体と精神を休めて精神統一だ。
感情的な問題で銀の槍持ち≪武装人形≫相手に死に戻りはしたくない。ダメそうだと思ったら絶対に逃げ切る。
あいつを絶対にぶち壊すというこの気持ちがあれば実際に死ぬことはないだろうが、なんかズルした気分になりそうで嫌だ。あいつだけは一度の死もなく斃す。
逃げるのはズルではない。逃げられたくないなら逃がさなければ良い。
でも、死に戻りは≪果てへと至る修錬道≫のルールだとしてもなんか嫌だ。
感情的で意味のないこだわりと分かってはいる。
普段気にしないことを気にしているのは良し悪しどちらに転ぶのか。
銀の槍持ち≪武装人形≫が見えたところで足を止めた。逃げる余力を考え、タイマーは二十分でセットしてウェストバッグにねじこみ、走り出す。
精気を全力で回し[肉体強化]を施す。
間合いに入るまでは周囲の魔素をかき集めるが、打ち合うその瞬間まで気功は用いない。
僕の接近を察知して近づいてきていた銀の槍持ち≪武装人形≫も足を止めず、それどころか駆け始めた。
僕も銀の槍持ち≪武装人形≫も、双方が初手から本気だ。
穂先を触れ合わせるような一突き、その一瞬前に全力の気功。
技量は≪武装人形≫が上。一朝一夕では埋められないその差を[肉体強化]と気功で底上げした身体能力で飛び越える。
相手の突きを叩き落とし、お返しの突きを払われる。
足を、肩を、胴を、顔を狙う互いの穂先が走る。
気功を抑え≪武装人形≫の槍を弾き、再度気功を全開にして追いかけるように更に槍を叩く。
思いがけない連打に≪武装人形≫の体がほんの少し開いた。
一瞬の余裕を得て[造水]で頭から水をぶちまけてやった。
直後、何かを感じたのか≪武装人形≫の攻めが激化。
[造水]からの<呪術>を銀の槍持ち≪武装人形≫に使ったのは、有効な手だと気づく切っ掛けになった最初の偶然の一回だけだ。
戦闘勘とでもいうべきものが≪武装人形≫にも備わっているのかもしれない。
銀の槍持ち≪武装人形≫は続く一手を打たせまいと僕を攻め立てる。
僕はその一手の為に次の一瞬を窺い守り続ける。
身体能力で誤魔化しても少しずつ、少しずつ技量で押される。
――そう見せかけるために多少の怪我は織り込み、察知されないよう徐々に気功を抑えていく。
プロテクターを確実に避けた穂先が着実に出血を強いてくる。
まだ、まだ早い。
確実に決めるにはあとちょっと――
右上腿のプロテクターが割れた。
機と見た≪武装人形≫がさらに攻めかかるその刹那。
半分程度まで抑えていた気功を一気に全開。
反応させないまま右上腿を狙う槍を弾いた。
十分な間。
許容できる限りの魔素をつぎ込み、≪武装人形≫の全身を濡らす水に[低調]の<呪術>をかけた。
関節に異物でも挟まったかのようにガクリと動きが鈍った≪武装人形≫。
集中。
全てを貫く意思を定める。
研ぎ澄ました精気と魔素が混在した強化に包まれた槍が伸びる。
まず胸を、次に頭を貫通。
残心。
かつてない強敵は何も残さず魔素に還った。
いや、ここまで手こずらせたんだから魔具の一つも残して逝けよ。
遠征五日目終了。
≪[躑躅]の【山林用作業靴】≫
§それは山林用作業靴である§
§それは足踏みする§
§それはためらう§
≪[低調]の【プロテクターグローブ】≫
§それはプロテクターグローブである§
§それは調子が低い§
§それは水準が低い§
§それは揮わない§




