02-08
一歩進んだらしい[肉体強化]は、今のところ直感に従って気功とでも仮称しておこう。帰ってから≪魔術道≫の師匠に聞けば、たぶん正式名称を教えてくれる。教えてくれなかったら、つまり教えられない理由や教えない意味がある。
愛染や師匠達に指導された通りしっかり言語化して自分を認識するとなると、名前というのは仮のものでも設定しないと困る。現象Aとか現象1とかの区別だと僕の頭じゃ処理していられない。
この気功は控えめに表現してとても素晴らしい。
でもどういうものか理解したことにより、最初は勘違いしていたと気づいた。
この気功は、精気を体内で循環させることで肉体を強化しているんじゃなくて、魔素を取り込んで体内で循環させることで肉体を強化していた。
過剰なほど精気を循環させた際に意図せず周囲の魔素を取り込んだことで、魔素による[肉体強化]の作用が偶然表れていたということだ。
精気だけのつもりで魔素も使っていることに気付くまでの労力と時間は、新しい技術を学ぶために必要な経費だったものとする。
過ぎたことはもういい。次の機会に活かせれば失敗も無駄ではなくなる。何より今回の気功もある意味[肉体強化]の失敗から気付いたものであり、細かいことは気にせず、何か得るものがあったならそれでいいのである。……いいのである。
今は[肉体強化]と気功の違いをまとめてメモしておくべきだ。
まず慣れ親しんだ[肉体強化]に関して以前にメモした分も見直し、気功と比べることでわかったことも書いておこう。
まず[肉体強化]。
精気によって肉体の各種機能を確実に発揮させる。精気とは個人の肉体に由来する情報が詰まった魔素を指す。
肉体だけでできることは、より軽い負担でできる。逆を言えば、肉体だけでできないことはどう頑張ってもできない。
普段リンゴを握りつぶしてジュースを作れるとする。それならばグーパーする筋トレでまともに手を握れないって状態になっても、リンゴがあって[肉体強化]をかければ搾りたてリンゴジュースを飲める。
こうやってまとめてみると強化って感じじゃないなあ。品質保証っぽい。肉体品質保証。略すと肉質保証。食肉っぽい。
次に気功。
特別性質を偏らせたわけじゃない魔素を使い、『いやいや物理的にありえないでしょ』ってことも可能になる。
銃弾を素手で掴み取ったり、壁や水面や空を走ったり、手刀で鉄骨を両断したり。
……壁走りは気功ではなく[肉体強化]でもできる人は居そうだ。
肉体だけだと不足している要素を、“できる”ってイメージから魔素が補完してる……んじゃないかなあ……。銃弾を掴むのに必要な手の強度とか、水面や空を走るのに必要な反力的ななにかとか。
こういうのは断言して確固な認識を持つのが大事って師匠達に言われてるので、多少無理があってもどうにかしてくれるご都合主義的にファジーなバフとでも思っておこう。
ご都合主義的とは表現しちゃったけど、そうでもないか。
レベルアップすれば法定速度超過の車にはねられても平気な肉体の強度を得られるし、大量の片栗粉が無くても水面を走れるし、両手で鉄骨を引きちぎったりできる。
魔素を使って良いなら魔術があれば銃弾を素手で掴み取れるし、壁や水面や空を走ったり、手刀で鉄骨を両断したりできる。
そうなると、気功ってそんな良いものなの? って疑問が芽生えてくるが、『ケースバイケースだし人による』という自答をして片づけた。
そう。ケースバイケース。
ダンジョンの外はダンジョンの中に比べて魔素が希薄なので外で魔素を集めるのはぶっちゃけしんどい。
その点精気ならこまめな回復を意識していればダンジョンの外でも楽に使えて、使う時も自分の内にある精気なら外からの妨害で上手くできないって自体もあんまり考慮しなくていい。
結論。これからは[肉体強化]は控えて積極的に魔素で気功を使っていこう。
ダンジョンの外ならデメリットも思いつくものの、ダンジョンの中なら別に魔素不足に陥ることもなく寧ろ精気を温存できるのは大きい。
魔術があれば気功と同じようなことができるとは言え、[肉体強化]の他に魔術を併せるよりも気功一本の方が負担は少なくて済む。
メモは書き終えた。休憩したことで頭が疲れてるような感覚もなくなった。
気功の慣熟訓練と、レベル三≪武装人形≫相手の修錬を始めよう。この二つを今回の遠征における課題とする。
レベル二≪武装人形≫を相手にする時は、これまでやらなかったりできなかった動きを気功頼みで試したりしてみる。
壁を足場にしてみたり、本気の突きの運動エネルギーとか物理法則もろもろを無視させて穂先を急激に切り返したり、自前の腕力以上の力を込めて殴りつけたり。
レベル三≪武装人形≫が相手なら、[肉体強化]を主軸に気功を添えて初撃全力を研ぎ澄ませる。
“油断さえしなければ勝てる”ってのは油断以外のなにものでもない。周囲への警戒を忘れない程度に全力を叩きつけ続ける。
僕の認識では、師匠と僕くらいの差があれば“油断さえしなければ勝てる”とか言っても許される。僕と蠅くらいの差だと、蠅が危険な病原菌のキャリアである可能性を考慮する必要があり、“油断さえしなければ勝てる”とか言ってはいけない。
方針を明確にして一戦一戦集中していた所為で奥側に行き過ぎたのか、全体的にはレベル三≪武装人形≫なのに武器だけ明らかに特別感溢れる≪武装人形≫を何種類か見かけた。あれはまだダメだ。
見た目そのままに呼び名を仮設定。その名は、レベル三≪武装人形≫カスタム。レベル三≪武装人形≫を相手にもっと余裕を持てるようになったら一戦ぶちかましてみよう。
気功の慣熟訓練もレベル三≪武装人形≫相手の修錬も楽しくなってきたころ、念のため設定しておいたアラームが鳴ったので仕方なく今日の活動を切り上げる。
小部屋に安全地帯を確保してテーブルセットの椅子に腰を下ろすと、高いテンションの所為で自覚できていなかった疲労がどっと押し寄せてきた。寝る前に軽くマッサージしないと明日動くのキツそうだ。遠征を終えたらこういうの解消する魔術も調べよう。メモ。
御飯を食べたら寝る。
遠征四日目終了。




