02-05
遠征三日目。
昨日の事は昨日の事。
正直、魔術一つがイメージ通りにいかないだけでなんであんなに落ち込んでいたのか我ながら理解できない。昨日の僕は今日の僕とは別人じゃないだろうか。今ここに居ないし、そもそも昨日の僕は存在していない可能性もある。
愛染、弁柄、躑躅に感謝して美味しい朝御飯を平らげた後、食休み中にそんなことを考えた。
美味しい御飯は少しくらいの精神的不調は整えてくれるのでとても有難い。
[箱段]に入れれば[箱段]の解除で魔素に一度<還元>され、次の発動で再構成される。つまり一週間分程度なら、調理済みの御飯を詰め込んでおいても食べ物が傷む心配はほぼないのが大変に便利。
ただ、≪[歩哨]の【メガZIP】≫があれば単独遠征での警戒の負担を軽減できるといっても安全とは言い切れない場所での食事なので、手早く済ませる前提で一度冷まされていてボトルのスープも冷製オンリーになっているのはちょっとさみしい。
熱々だと急ぐ必要があったときに食べるの自体我慢しなくちゃいけないから仕方ない。仕方ないけど冷たいものばかりはちょっとさみしい。帰ったらあったかいもの作ってもらおう。
電子レンジ的魔術でも使えるようになって何回かに一回は温かい御飯を食べられるようにしておくべきかもしれない。
温かい御飯を[箱段]につめこんで、その御飯が冷めないように[箱段]を発動する度できるだけ早く[箱段]を解除しないといけないなんて気を遣うのもいやだし、必要になったら魔術で対処するのはとても良い気がする。メモしておこう。範囲内の物体の温度を均質に上昇させるとかだろうか。
出発して暫く、≪武装人形≫を壊すこと本日八度目の戦闘記録を手早く簡潔に書き留めた。
うん。気の所為じゃないよな。僕の数年に亘るダンジョンダイブにおいても遭遇が昨日初めてという、体と武装の状態が一段良い≪武装人形≫との戦闘回数が増えている。
もしかしたら、今日の戦闘を切り上げる頃には見慣れたボロイ≪武装人形≫との遭遇はなくなるかも知れない。
二年ぶりで人生二回目のダンジョン遠征なわけだが、すでに二年前と比べての成長を実感している。多分二年前に今回と同じ装備だったとしてももっと辛かったと思う。
普段相手にしている≪武装人形≫より一段上の≪武装人形≫との連戦を二年前の僕が熟せば、どこかで殺されて≪果てへと至る修錬道≫のエントランスホールに戻されていたんじゃないだろうか。
しかし……『いつもの≪武装人形≫』とか『一段上の≪武装人形≫』とかメモするの面倒だな。
よそのダンジョンだとモンスターを殺していたら感じるらしい“レベルアップ”に則って、≪武装人形≫のあの変化も見た目に分かり易い区切りがあるところでレベル一、レベル二ってことにしよう。
そのうち、槍の一振りで雑魚兵士十人とかをバーンって吹き飛ばすなんかの映画で見た武将の如く警戒色で塗分けられた派手な≪武装人形≫になったりするのかな。あんな超人的な戦闘力の≪武装人形≫はレベルでいうといくつなのか。
でも人間もレベルアップすればああいう映画やゲームみたいな動きはできる。そうすると≪果てへと至る修錬道≫の深くまで潜らなくても、武将みたいな≪武装人形≫にコンニチハしておかしくない。そうなったら意地でも一太刀くれてやろう。
実在するのかもわからない想像の中の仮想敵相手にちょっと戦意が燃えてきた。
レベル二の≪武装人形≫も徐々に強くなっており、修錬として連戦するのに丁度いい相手になってきた。
レベル一の≪武装人形≫のように僕が自分で手札を制限する必要はなく、かといって思考をしていられない師匠達相手の模擬線ほど集中力を研ぎ澄ませる必要もない。
ウェイトマシマシのウォーキングや二十メートルシャトルランじゃなくて、ジョギングっぽい負荷をかけてる感じで心地いい。
対象に直接作用させる<呪術>に分類される[錯行]や[惨刑]は、レベル二≪武装人形≫に対して一撃必殺にはならない。僕にとって、レベル一≪武装人形≫とレベル二≪武装人形≫の最も大きな差と言える。
もともと攻撃的な<呪術>は術者の魔術技能と対象の抵抗力による力比べの側面が強いので、同格相手に<呪術>を使うなら戦術的な判断能力の方が重要になるという知識はあった。
そして、僕は実戦という意味ではレベル一≪武装人形≫しか相手にしたことがない以上、その知識に実感を伴っていなかった。師匠達相手の模擬線はそれぞれの指導範囲内で技術を学ぶ段階であり、あくまで模擬戦であって実戦的ではない。
そんな訳で、<呪術>の効きが悪いならと、これからを想定して別のやり方で搦め手をしかける練習相手をレベル二≪武装人形≫に務めてもらう。
まずは、木製の素足のままで見た目からしてグリップ力の良くなさそうな≪武装人形≫の足元を攻めてみよう。
≪[造水]の【上腕部プロテクター】≫の[造水]で水を薄っすら撒いてみた。
小部屋で休憩した時に事前に確認したし自分は大丈夫と判断した僕は、≪武装人形≫と一緒に仲良く滑って転んだ。
ちょっと慌てながら手早く≪武装人形≫を壊してからなんで転んだのか調べてみたら、休憩に使っている小部屋と≪武装人形≫と戦闘をしている通路や大部屋は床の表面処理に違いがあった。
観察力に関して師匠達から小言を言われそうで気が重くなった。
次も同じく足元を狙っていく。
≪[鑽鉄][肢骨][骨身]の【上腕部プロテクター】≫の[鑽鉄]の魔術で、金剛砂とも呼ばれる砂というか石粉というかを撒いてみた。
今度は僕は転ばず、≪武装人形≫だけ転んだのでしっかり成功。
研磨剤にも使われる鑽鉄を先に試して転んでたら、ささやかな可能性だけど結構グロイことになりかねなかったのか。
手を抜いているつもりはなかった今までよりも、更に気を付けていこう。
≪[歩哨]の【メガZIP】≫
§それはメガZipである§
§それは武装している§
§それは見張る§
≪[造水]の【上腕部プロテクター】≫
§それは上腕部プロテクターである§
§それは不純物が無い水である§
§それは飲める水である§
≪[鑽鉄][肢骨][骨身]の【上腕部プロテクター】≫
§それは上腕部プロテクターである§
§それは鑽鉄である§
§それは四肢の骨である§
§それは骨と肉である§