01-03
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、若旦那」
あー。早く帰って≪果てへと至る修錬道≫に行きたい。
今日で今週の登校は終わりなんだし、金曜日はダレ過ぎない様に気を付けないといけないな。
早く帰りたい。
登校に必要な時間は軽く走って四十分程度。
道程の結構な範囲が森の中だったり、細胞分裂途中みたいな形をした敷地の墓地がはみ出すみたいに道に面していたり、“開門”後一年間のポストアポカリプスモドキからの復興が棚上げされた廃墟区画の端っこを横断する道を通ったりするとあって、同じ住宅街に住んでる同年代は別方向の学校に進学したり同じ学校でも遠回りして通っているらしい。遠回りしても急げば登校に三十分ちょっとと聞いた気がする。
廃墟区画はたまにヤベー人達が集会開いてるし、そういうヤベー人達を更にヤベー人達が生贄に捧げてるところに公権力側のヤベー人達が襲撃をかけたりしている。廃墟区画には最低限の危機管理能力を持った奴は近づかない。
僕は何でかそばを通っても大体がさっさとうせろって言われるだけなので別枠。慣れってすごい。
そんなことを考えていた所為か、見覚えのないお揃いのシンボルを付けた二・三人組を何度も見かけている。しかも、あんまり良くない魔術の空気が全員に感じられる。多分、生贄を捧げたりする方のヤベー人達だ。
……公権力側のヤベー人達に通報しておこう。前に大捕り物をしてるそばを通っちゃって安全圏まで誘導された時、また似たような人たちを見かけたらここへ報せるようにってもらった連絡先がある。
「はい。茶色の布に黒いイナズママークと、白で種から双葉みたいな……はい、そうです。二人や三人の小集団が少なくとも十組はいました。はい。昨日は一度も見かけていません。いいえ。覚えている限り初めて見ました。……わかりました。ではよろしくお願いします」
うーん……とりあえず巡回を強化してくれるって言ってたけど大丈夫なのかな?
さすがに通報しただけじゃ、どういう目的のなんて名前の集団かは教えてもらえなかったし自分で調べるのもなぁ。
自前で用意した人に任せよう。
≪[鎧櫃]の【紋章】≫に収納してあった≪[乙女][傾国][忍女]の【チョーカー】≫を取り出して<生成>するなり、躑躅の腕が僕の首に巻きついてきた。
「あら、若様。こんな昼間から外でお呼び下さるなんて珍しいですね」
「躑躅の構成要素からすると当然の見た目と言動なんだけど、僕には刺激が強いんだよ」
「それは私にはどうしようもありませんね。若様に慣れていただくしかありません」
言いながら自分の太腿を僕の足にこすりつけるような仕草をしよる。そんなん慣れる訳ないだろ。
「これでも大分慣れたじゃないか。それはそれとして、ちょっと調べて欲しいことがあってさ」
「若様に頼られてしまったら何でもしてしまいますよ」
名前の由来にもした躑躅色の唇がキスするように一瞬突き出される。リップ音が艶っぽーい。
さすが[傾国]を構成要素とするだけあって、いつまでも見慣れないし喋ってるだけで脳みそ蕩けそう。
半蕩けの脳みそをぐっと留めて廃墟区画で見かけたヤベー人達のシンボルと、どんな集団なのか調べてほしい旨伝える。
「単独の調査ですね。夕方の帰路で合流致します。ご褒美を考えておいて下さいね」
目の前にいた躑躅がリップ音をもう一度残してふわっと消えた。
カッコイイ。僕も<忍術>使いたい。
[忍女]の要素って隠密とか草とかの類じゃなくて完全にNINJAだよな。女性に限定されてるならKUNOICHIか。MAIKOとかGEISHAの要素も含まれてるのかな。
<忍術>は今は諦めるとして、躑躅を夕方まで維持するなら≪[乙女][傾国][忍女]の【チョーカー】≫は一日着けっぱなしか……。
チョーカーだし多分問題ないよね。アクセサリー型の護身用魔具着けてる人なんていっぱい居るし。
おっと。ヤベー人達について通報したり躑躅に頼み事したりしてる内に結構時間がたってる。ちょっと急がないと遅刻したみたいになる。いつもより速めに走ればいつもと同じ時間には着くから狙ってみよう。
日常生活はなるべくルーティーンを崩したくない。“いつもと違う”なんてダンジョン内だけで十分だ。
上手いこと調節して教室に入ったのはいつもと同じ時間。誰に対してでもなく御座なりに挨拶して席について一息。
ぼうっとしていたら、いつものように別クラスのハーレムマンまたは種馬ンと呼ばれる生徒がまたハーレムメンバーを増やしたという噂が聞こえてきた。
スゲーな今何人だよ。単純に何人もに惚れて惚れられるのもそうだけど、よく刺されたりしないな。
種馬ンで思い出した。とうとう種馬法が施行されるんだっけか。
“開門”でタマがアレした男性が多かったとかで男女比がちょっとヤバイって政府の発表は本当だったんだな。
タマがアレした時にショック死した人が多いのと、タマがアレした時にショック死しなくてもその後に棒がソレすると痛みでのたうち回ることになって段々とソレすること自体できなくなるのはなんかの授業で習った。
そのうえで男女比がそこまでヤバイなんて思ってなかったわ。
タマが無くても棒はソレするしなんだったら出るもの出るって方が印象的で記憶に残ってるくらいだ。出るものがタマだけで作られるわけではないらしい。これらを習ったのがなんの授業だったかわからない。
まあ、タマや種馬ンより種馬法だ。
思春期男子らしくおおってなって、すぐに僕には何の関わりもないって気づいて自分でビックリした種馬法だ。
生殖可能でその実績がある場合に限り、男一人に対して女性複数の結婚を法的に認めるっていう法律。
俗称は種馬法もしくはタマシェア法。
現在の日本の人口における男女比が傾いてるって言っても、結婚に適した年齢やら安全な妊娠出産に適した人口で言えば比率はトントンっていうデータはどこ行ったんだろうか。
男が喜んでる印象の強い法律だけど、男側がウハウハな法律っていうよりも、種で次世代以降を選別していこうっていう主旨の男側が品定めされる法律なのかな。種子だけに? なんか急に寒いな。
とりとめもないことを考えてるうちにホームルーム担任が教室に入って来たので意識を切り替える。
ホームルームってなんとなく面倒くさいなぁ。オンライン授業で単位とれる学校とかに行けば良かったかなってちょっと思う。
≪[乙女][傾国][忍女]の【チョーカー】≫
§それはチョーカーである§
§それは女性である§
§それは穢れない§
§それは国を傾けるような絶世の美人である§
§それは遊女である§
§それは忍びである§