01EX-04_[隠密」の魔術で|豊饒《ほうじょう》|豊実《とよみ》の認識をすり抜けるようになってからの|橘《たちばな》|樹《たつき》の生活費について
いつものように橘樹が≪果てへと至る修錬道≫にて修練に励んでいるある日のこと。
自宅よりも橘宅で過ごす時間の方が多くなりつつある豊饒母娘がリビングでそれぞれ寛いでいた。豊饒宅の方も愛染と弁柄と躑躅が維持管理を担うようになったので、その三人が常駐する橘宅の方が居心地が良いらしい。
「うーん……?」
「何してるのママ」
裏側に大きくポップアンドキュートな漢字で家庭用と書かれた大型携帯端末をにらみつける豊饒豊実の唸り声に、豊饒果恵が反応してあげていた。大型携帯端末はノートパソコンとかタブレット的な物。
「今月の家計簿つけてたら三人家族じゃなくて二人家族の出費しかないのー。アホ息子の所為で全然気になってなかったんだけど、家計簿を見直したらここ数年ずっとそうなんだよね。たっくんって霞でも食べて生きてるの? ていうか、こっちのお家の水道光熱費とかママが支払ってる形跡ないのおかしくない?」
べたーっとテーブルに倒れた豊饒豊実が娘の方へと端末を滑らせた。
「アホの魔術の所為で支払ってるのに気づいてないから記録残してないとかじゃなくて?」
ざっくりと目を通した豊饒果恵が橘樹という名のアホに由来するありえそうな可能性を挙げてみる。
「銀行にも記録がないってことは、そもそもそんなお金の動きがないとしか思えなくなくなくなくなく……」
「何言いたいかは分かるけどさ、最後まで言い切ってよ」
「なくないー」
その後二人でもう一度お金の出入りを確認するも、やはりここ数年というか、橘樹が≪果てへと至る修錬道≫に入り浸るようになって暫くたったころから明らかに一人分のお金の動きがなくなっていた。
「若様の生活費諸々でしたらご自分で賄っていらっしゃいますよ」
持ち回りなのか、豊饒母娘の世話を焼いていた躑躅がとうとう沈黙を破った。
「躑躅さん、そういうのは、こう、無駄に労力かける前に言ってほしかった……」
愕然という言葉を表情で表した豊饒豊実がぺしゃっとテーブルに突っ伏した。
「ごめんなさい奥様。何か努力しているときはあまり横から手を出さない方針が染みついていますもので」
「樹に対する世話の焼き方は……?」
魔術生命三人組は、橘樹が自宅に居る間は手足を使う用事は全て担うと言わんばかりじゃないかと豊饒果恵には思える。
「努力する必要がなく、また当人にも努力する意思がない範囲は私共にお任せいただければと」
その言い分を掲げて橘樹を風呂で丸洗いするのを譲らないのは間違っていると豊饒果恵は思った。しかし彼女たちによる美容術はとても良いものであり、その恩恵に与る一個人としては反論が難しかった。端的に言えば樹のお世話のついでに日々居心地の良い思いをさせてもらっているので、どちらかというと魔術生命三人組の味方である。週末の全身マッサージが無くなるなど考えたくもない。
「あれ? たっくんが自活してるっていうのは良いとして、小学校入る前からどうやってそんなに稼いでたの?」
「えーっと……」
別に隠す必要はないだろうが、仮にも今は橘家と豊饒家でほとんど別家である。収入や資金繰りに関しては愛染が全てを預かっており、躑躅には言ってしまっても良いものか判断がつかない。
「少々お待ちください」
部屋を出るなり、下品にならないよう走って愛染の下へ急ぐ。
「こういうの訊かれたんですけど喋って良いんですか?」
「折を見て説明すべきことでしたから委細漏らさぬように」
端的なやり取りを済ませて、貴重品を収めている部屋へ寄ってから豊饒母娘の居るリビングへぱたぱたダッシュ。
「お待たせいたしました奥様」
「躑躅さん、わざわざごめんねー」
「大丈夫です。それでですね」
躑躅が手に持っていた物をテーブルに並べていく。魔具と、魔具を≪[開示]の【神壇】≫で確認した際の内容を書き留めたものだ。
≪[精製]の【根付】≫
§それは念を入れて作る§
§それは不純物を取り除く§
§それは純良なものに作り変える§
≪[凝固]の【根付】≫
§それは同質のものを集める§
§それは同質のものを結びつけ固くする§
§それは気体を個体に変える§
§それは液体を個体に変える§
≪[換金]の【根付】≫
§それは根付である§
§それは物品を現金に換える§
「それぞれ[精製]、[凝固]、[換金]の魔具です。若様は基本的にはこの三つを使ってお金を稼いでいます」
「お金になるなにかを……固める……? うちの敷地内に金鉱脈でもあるの? ていうかあったら掘ってもいいものなの?」
「換金って、電子マネーで支払われるの? それとも現金? 現金って、もう魔化貨幣しか価値認められないんじゃなかったっけ?」
豊饒豊実が疑問を並べ、区切りがついたところで豊饒果恵が自分の疑問を追加する。
「えーっと……順番にお答えしますね」
橘樹が普段使いしている≪[金剛][惨刑]の【槍】≫と≪[金字]の【ペン】≫はそれぞれ金剛と金泥を<生成>することができる。
[金剛]の魔術はダイアモンドだけでなく、なんかとても硬いよく分からない金属を<生成>できる。橘樹は知らないが、巡洋戦艦の金剛も<生成>できたりする。
そして[金字]の魔術は、術者の橘樹が金泥というものを知らず『金泥はなにか分からないけど金字って言うんだし金なんだろう』と魔術を使っている所為で、多少魔素の消耗が大きくなるのと引き換えに金泥ではなく液体の金が<生成>できている。
この二種の魔術で<生成>された金剛と金は世間一般では魔化と呼ばれる魔素に良く馴染んだ物体であり、魔法/魔術が発達するであろう将来的にはともかく現在はかなりの市場価値を有している。
その魔化ダイアモンドと魔化金を[換金]の魔術で現金に換えると、これもまた魔化した紙幣や硬貨を得られる。
橘樹や豊饒母娘の住む日本は“開門”により経済活動が停止した際に、一般的な金銭のやりとりを魔法/魔術を併用したシステムの電子マネーに完全移行させているため、豊饒果恵が抱いた疑問の通り、魔化していないただの貨幣はほぼ確実に店頭での扱いを拒否される。加えて魔法/魔術的に重宝されている魔化貨幣は実質的に額面以上の価値で扱われているとあって単なる売買では使いにくい。
「そういった問題は、裏を返せば魔化貨幣を適切に取り扱えれば貨幣の額面以上の利益を得られるということでもある――らしいですよ? 愛染様がおっしゃるには、ですけれど」
「……違法ではないんだよね? 合法なんだよね?」
「違法性はありません。完全に合法です」
不安になり一応確認した豊饒果恵だが、躑躅の即答を受けて余計不安になった。
「ん、んー……悪いことせず自立自活できてるならいっか!」
豊饒豊実は理解しているのかしていないのか判断が難しい結論を宣言していた。豊饒果恵は更に不安になった。
余談ながら、“開門”直後の魔法/魔術技術黎明期になぜそれらを用いた電子マネーのシステムを構築できたのかは政府に対する不信感を煽る目的で取沙汰されたりもするが、政府は頑なに沈黙を貫いている。このあたりも、政府内にアドバイザーとして自我を持つ人型魔術生命などのこの世界に由来しない存在が居ると愛染が睨む理由となっている。
紙幣製造を担っていた国立印刷局と、貨幣製造を担っていた造幣局がダンジョン化していたり、それらのダンジョンで魔化貨幣が産出しているのは別の話ということで。
≪[開示]の【神壇】≫
§それは神に近づく場所§
§それは明らかにして示す§
≪[精製]の【根付】≫
§それは念を入れて作る§
§それは不純物を取り除く§
§それは純良なものに作り変える§
≪[凝固]の【根付】≫
§それは同質のものを集める§
§それは同質のものを結びつけ固くする§
§それは気体を個体に変える§
§それは液体を個体に変える§
≪[換金]の【根付】≫
§それは根付である§
§それは物品を現金に換える§
≪[金剛][惨刑]の【槍】≫
§それは槍である§
§それは金剛である§
§それは惨たらしい刑罰をもたらす§
≪[金字]の【ペン】≫
§それはペンである§
§それは金泥で書かれている§
§それは金色の文字である§




