01EX-03_作中現代日本の学校関係
いつものように橘樹が≪果てへと至る修錬道≫にて修練に励んでいるある日のこと。
「ママが子供のころはねー三学期制だったんだよー」
「ママが子供のころっていうか、“開門”前まででしょ。そーゆーのがっつり変わったのって私が生まれてから数年後じゃん」
≪果てへと至る修錬道≫の≪魔術道≫へ行くのではなく、橘家の留守を預かる人型魔術生命の愛染に魔術の指導を頼んだ豊饒母娘が休憩の合間に雑談をしていた。
「四月に入学してー、八月が夏休みでー、クリスマスに冬休みになってー、三月上旬に卒業式。あとは今みたいに学期ごとに成績で授業のクラスが再編されたりしなくてねー、ホームルームのクラスそのままで大体の授業を受けてたんだよー」
そうではない学校もあったが、大体はそういう年間予定の学校が多かったという話だった。
「不便そう」
「うん。めっちゃ不便だった。授業の進捗が合わないからって授業中に勝手に別の科目の自習する子も居たし、一部のアホの所為で授業遅れて関係ない子も後から帳尻合わせに詰め込まれたりしたし」
豊饒豊実のいう一部のアホとは、指導力のない教師や理解力が理由で授業についていけない生徒ではなく、自分には必要ないからとかそもそも何も考えずにクラス全体の授業を妨害する存在のことである。
「うへ……そんな学校絶対ヤだ……」
「おかーさんもヤだった。だから今の学力でのクラス分けを学期毎にやるのめっちゃうらやましい。まあ、授業態度がアレな教師や生徒が居るのは変わらないみたいだけど」
「それはね……でも最初から授業受ける気ないなら、申請しておけば試験で学力だけ認定する制度作るとかなってなかったっけ。あれ導入されればまた変わりそうじゃない?」
「態度悪いのは無理やりそっちに突っ込むみたいな? どーだろーなー」
橘樹や豊饒母娘の暮らす日本は、“開門”という未曽有の大災害により社会全体の動きが強制的に止められた際に結構な力技で教育関係を再構築していた。
大きな点では、基本的に二学期制となり、年度開始は九月一日。国際基準に寄せた形となる。
“開門”とそこからの復興で一時的に学校へ通うことができなくなったため、学校制度再編に合わせて実施された学力テストを基に学年が定められた時にはどの学年も上下に二歳から三歳が混在していた。とはいえ、一年二年の飛び級は珍しくなくなったこともあり学年ごとに生徒の年齢が一定ではないままである。
九月一日に前期始業。
十二月二十五日から一月五日くらいまで年末年始休業。
一月終わりに合わせて前期終業。
二月いっぱいが冬休み。
三月一日に後期始業。
七月末日に後期終業。
八月はまるっと学年末休業と学年始休業を合わせた夏休み。
授業日数は大体百九十日ほどとなる。
しかし、人類が魔素に馴染んだことで学業の理解が早くなる傾向にあり、カリキュラムの見直しが検討されている。豊饒母娘のいう、試験を受けて学力が基準点を超えていれば授業を免除される制度もその一環だ。
「学校行事はなんか変わったりしたの?」
「行事はねー、時期が変わったくらいかなー。小学校なら遠足とか運動会とか学芸会とか。中学高校は体育大会とか文化祭とか。どっちも修学旅行はあるし。あ、でもダンジョン見学はなかったね」
「そりゃあダンジョンはなかったもんね」
「そのくらいじゃない?」
そんな感じで、各種行事の行われる時期が変わったくらいしか変化はないんじゃないかという話。




