01EX-02_≪果てへと至る修錬道≫が国に管理されてない理由
いつものように橘樹が≪果てへと至る修錬道≫にて修練に励んでいるある日のこと。
「そもそもの話、たっくんが入り浸ってるあのダンジョンってなんでギルドに管理されてないの?」
橘家と豊饒家の家庭菜園を合併させてどのように管理していくかを話し合っている途中、豊饒豊実が話の流れを無視して橘家の留守を預かる人型魔術生命の愛染に尋ねた。
ダンジョン省。その出先機関である俗に言うギルドが日本のダンジョンの全てを管理している――ということになっている。なお、正式名称はほぼ書類の中にしか存在しない模様。政府関係者すらメディアで発言する際はギルドと呼んでいる。
個人法人の所有が許可されているダンジョンも存在するが、そういった場合も管理者は規定の資格を所持していることが前提となっているうえ、事前連絡のない抜き打ち検査が行われる。抜き打ち検査をどうにか乗り切った翌日に別職員に抜き打ち検査をされて、一度目はどうにか誤魔化した問題が発覚し資格が没収された実例もある。
資格の没収は指導や警告がない一発アウトであることや、再取得はほぼ絶望的という厳しい制限がかけられているのは豆知識的な意味で有名になっている。
「巡り合わせというしかないですね。誰が悪いわけでもなく、ちょっとずつ噛み合わなかった結果、法的には未発見も同然ですが実質的には若旦那の個人所有みたいになっていますね」
「んん……? よく分からないけど、タイホはされないってことで良いのかな?」
橘樹が別件で立派な犯罪であるのを加味しないならば、豊饒豊実の疑問への端的な答えとしては、国家の管理下にないダンジョンの利用を禁じる法は日本には存在しないので橘樹は逮捕はされない。
法的にはざっくりと言えば『関連当局に通報し、担当者の指示に従わねばならない』というもので、通報した時点で許可がない人間の立ち入り禁止を指示されるというだけだ。
国家の管理下にないダンジョンに入るのは違法であると認識するようメディアを通して誘導されている側面があるが故、豊饒豊実はそのような疑問を抱いた。
そもそも、橘樹は≪果てへと至る修錬道≫を発見してすぐに所定の政府機関へと通報をした。これは兄弟のような間柄である豊饒果恵と共に豊饒豊実に連れられて行った幼児向け講習会で教わった通りの行動だ。その際に、あとから養母へ報告するからと通話内容を録音している。これは対応した職員にも許可をとっている。
橘樹の通報をうけた職員は、マニュアル通りに担当職員の派遣を宣言するとともにダンジョンには立ち入ってはならない指示を行う――はずだったが三徹に突入していた職員の判断能力は控えめに表現して正常ではなく、本来すべき指示がすぽんと抜け落ちていた。担当者よりも数が多い電話が鳴り続ける状態の電話窓口に八十時間を超える連続勤務とかそりゃあ正常じゃなくなる。
この時点における常軌を逸した勤務体制は、男女や世代で大きな差があったとはいえ人口の五分の一が失われた大災害たる“開門”後数年内はあちこちで見られた。なまじ魔法を使って体力的精神的疲労を誤魔化せたのが良くなかった。現在、魔法を用いた疲労回復を前提にした労働環境の強要を見過ごすだけでも殺人に匹敵する重大な違法行為となっているくらいには非人道的な行いだと見なされている。それでも緊急時には棚上げされる例外が盛り込まれているあたりは有用性を無視できないものではある。
そんな時世では、電話窓口担当よりも注意を払われていたとはいえ、現場に直接赴いてダンジョンの危険性や利用価値を判断する担当者が過重労働に駆られるのも当然だった。
担当区域の端から端まで毎日走り回り現場に到着次第、それも場合によっては単独でダンジョンにダイブするような状況では、次々とタスクに追加される全ての現場の通報者に事前連絡を行い到着見込みを伝えるなど土台不可能な話だった。
橘樹が発見し通報した≪果てへと至る修錬道≫に関しても例外ではなく、担当者が目前の業務に追われるままダンジョンダイブを繰り返し当然の如く重篤な負傷で現場を離脱したことで引継ぎが上手く行われず未処理タスクの山に呑まれていった。
幼いころの橘樹はダンジョン省から派遣されるはずの職員を日々待ちつつたまに再度通報したりもしたが、電話の自動応答システムでそのまま職員を待つよう繰り返し指示され、養母への報告も『養母さんは最近忙しそうだし一区切りついてからにしよう』と善意で先送りしていた。
しかし待てど暮らせどダンジョンの調査に人が来ず、子供らしい正義感の下だったら自分でやってやろうと≪果てへと至る修錬道≫へと乗り込むことになる。橘樹はこの時満五歳である。
幸いながら≪果てへと至る修錬道≫は入り込んですぐに危険が待ち受けるようなダンジョンではなく、しかも≪特器道≫の師匠が当時の橘樹に配慮した説明を行ったことで『危なくないっぽいしダンジョンを調べに来る人がいなくても良いか』と橘樹は判断した。養母への報告もさっぱり頭から抜け落ちた。それどころかなんか楽しそうだったので、素人はまず槍から練習するんだというどこで聞いたのかも定かでない知識に従い≪長柄道≫での修練を始めた。ライフワークとの出会いであった。
「あれ? でも、未成年? が無許可でダンジョンダイブって明確な違法じゃない?」
「はい。そうですね。けれど、それはそれとしてバレても違法にならない用意は整っております」
豊饒豊実の言う通り、国家に管理されていない≪果てへと至る修錬道≫へダンジョンダイブすることでグレーな合法であることと、無許可の学生である橘樹がダンジョンダイブしていることは別問題である。
大前提として、ライセンスを有さないダンジョンダイブが基本的に禁止されている。未成年または高校生以下の学生は一般ライセンスの取得もできない。
小中学生は高い資質を見出されたうえで、人格と家庭環境に問題がないと判断されれば特例として専門教育機関に所属することで限定的なダンジョンダイブが可能となる。この専門教育機関は一般的に言う学校ではなく、週末や長期休暇などに申請することで指導を受けられる塾に近い公的機関である。
高校生は専門教育機関での教育を受けない場合でも、学生専用ダンジョンダイブライセンスを取得した場合に限り、学生専用に開かれたダンジョンにのみダンジョンダダイブが可能となる。
橘樹は学生用ダンジョンダイブライセンスを取得していないので、基本的にはダンジョンに立ち入ることができない。
だが、ダンジョンダイブの対象が≪果てへと至る修錬道≫に限定されているならば違法ではないことにできる。
本来一度は国家の管理下におかれ安全性が確認されなければならない、または危険性が高いと判断されれば国家に管理されなければならないダンジョンではあるものの、今のところ国家がその義務を果たしていないとも言える……と押し通す用意を、人型魔術生命の愛染は済ませてある。
「……タイホされないならいっか!」
途中途中ダンジョン省の人間でもなければ分からない内部事情や、紛失している資料の話などもされた豊饒豊実は、ちょっと考えるのをやめることにした。違法ではないなら合法であり、つまり何の問題もないのだ。
「≪果てへと至る修錬道≫は、さっさと合法的に若旦那の所有にしてしまった方が楽かもしれませんねえ」




