01-30
十月最後の日は木曜日。
本日は≪鈍器道≫の日。
≪[増殖]の【多節棍】≫をどんどん増やして振り回すのはとても楽しいので放課後が待ち遠しい。はしゃぎすぎると自分に絡まったり先端が自分を直撃するのでそこは気を付けようと今から心に留めておく。
≪鈍器道≫の師匠は回避できて当然というかバカやった結果の失敗にはハンマーでミンチの刑を執行するので、≪鈍器道≫の日には遊びと修錬はきっちり分けるように気を付けようと毎度意識を引き締められる。
≪魔術道≫なんかは魔術をいじって遊んでるのか魔術の修錬をしているのかたまに分からなくなったりするとあって、切り替えが大事。
月末日ではあっても平日だし特になにがあるわけでもない日なのでいつものように授業を聞き流し、いつものように体育でかるく汗を流し、いつものようにちょいちょい煩い種馬ン周りの悲鳴に耳が痛い。叫んでる当人達は耳が痛いとか頭が痛いとかならないんだろうか。台風の目みたいに中心程影響が少なかったりするのかもしれない。
学校では何事もなく日常を満喫して≪鈍器道≫へ直行。
棍を持って準備運動兼型稽古を終わらせたら、昨日の長剣の例があるので≪鈍器道≫でも他の鈍器を教わってみることにした。
まずは練習用の片手持ちメイスと盾を借りて師匠の動きを真似る。
自分自身のウェイトが足らないのかメイスを振ると結構な頻度で体が流れ、盾を持ってる意味がないくらいにメイスに引っ張られてしまう。
意固地になってしまう前に師匠に断って休憩を挟ませてもらい、どうすべきか考える。
筋力で無理にメイスを振ったり体勢を維持したりは無駄に消耗するし技術が身につかない気がする。金属製の鎧とかを着込んで体重を嵩増しするのは結局消耗を激しくするだけだ。
物理的にどうにもならないなら魔術的にどうにかしてみよう。慣性や質量に干渉する魔術を試すのも良いけど、ここ最近の流れに従って精気を使っての解決を考えてみる。
呼吸の時は“僕の肉体情報が詰まっている精気によって肉体を強化すれば肉体機能を阻害する要素は排除される”と決めて、それで何の問題もないし自分の中で“そういうもの”と認識を固める前よりも上手くいくようになった。
じゃあ今回は、“僕の肉体情報が詰まっている精気によって肉体を強化すれば肉体機能を阻害する要素は排除される”なら、つまり体勢を崩すほど強い外側からの力だって撥ね退けるって感じでやってみよう。
盾とメイスを再び構え、師匠に頼んで手本の素振りを再開してもらう。僕も盾とメイスを構えて、今度は外力的なサムシングは撥ね退けるように意識して精気を循環させる。
うん。なんか好い感じになった。まだ慣れていない所為で集中が乱れると一気に体が変な回転を始めたりするけど、精気でどうにかできると分かったのであとは反復練習で慣熟すれば良い。
努力の指針を得たので集中していたのか、次に休憩したら果恵が師匠の指導を受けていた。
果恵も養母さんも≪魔術道≫での≪修錬≫に重心を置いていると思っていたので、≪鈍器道≫の方に来ていてちょっとびっくりした。
どうしよう。なんか声かけたりする方がいいのかな。居るのに気づいちゃったし何もないのは感じ悪いよね。
なんとなく端末で時間を確認したらそろそろ切り上げる頃だった。
果恵の事は保留して整理運動と柔軟を終わらせる。≪[洗浄][水泡]の【ピアス】≫で身に着けている物ごと体を綺麗にしてプロテクターを≪[鎧櫃]の【紋章】≫にしまうと、果恵も帰りの支度を済ませたところだった。
「帰ろ」
「あ、はい」
頷いたら果恵はさっさと歩き始めてしまった。どのくらいの間隔で後ろ歩けばいいんだろう。近いと立ち止まったときぶつかりそうだ。
他人なら歩調ずらして追い抜くなり距離とるなりでいいのに、声をかけられて返事をした以上あんまり遠いのもどうなのか。
≪果てへと至る修錬道≫のエントランスホールから家まで五分もかからないので悩んでいる内に着いた。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ若旦那」
いつものように愛染が――と思ったものの、なんとなく今日はいつも程疲れてない。今日の精気の使い方だと体の疲労が軽減されるとかなのかな。その割に精気の消耗も大したことないんだけど。
「こんばんは、愛染さん」
「いらっしゃいませ果恵さん」
あれ。果恵もウチに来たんだ。
「なに?」
「なんでもないです」
なにの言い方がなんとなく柔らかかった気がする。でも咄嗟にいつものように返してしまった所為か、やっぱり溜息を吐かれた。
「若旦那、自分で動ける様子ですがお風呂はどうされますか」
「あ、あー……果恵さん先どうぞ?」
「ん……じゃあ先に入らせてもらう。アリガト」
自室に戻ったら≪[鎧櫃]の【紋章】≫にしまっていたプロテクターから順番に≪[補修]の【ファスナー】≫を使って手入れする。
家に帰った後に≪[補修]の【ファスナー】≫を自分で使うのはすごい久しぶりだ。へろへろになってたら弁柄とかに任せちゃうもんな。
プロテクターの後はライディングの上下やアクセサリーの魔具。
最後に≪[箱段]の【上腿部プロテクター】≫で箱を出して武器類の手入れをした。
装備類の片づけを終えてさほど待つこともなく果恵がシャワーを浴び終えたと呼びに来たので、これまた珍しく自力で風呂に入った。
空腹感に駆られてちょっと早めに風呂から上がりダイニングへ行くと、なんか豪勢な食事が並べられている。南瓜が多いみたいなので冬至かもしれない。冬至ってこの季節じゃなくない? それに冬至は南瓜とお汁粉だったっけ。
「はっぴーはーろうぃーん」
首を捻りつつ椅子に座ると、毛玉が養母さんの声で何かを叫びながらダイナミックに入室。
「ろうぃーん? ……ハロウィンか。それで南瓜ね」
「たっくんイベント事全スルーらしいじゃない。青春に潤いが足りてないよ潤いが」
「ってママが言うから今日もこっちで御飯食べようって、躑躅さんが誘ってくれたの」
躑躅だけじゃなくて、愛染や弁柄もこういうのやりたかったのかな。
なんかごめんねって視線を向けたら三人に微笑み返された。御飯食べた後にでも季節のイベントは好きにやってって言っておこう。誰かに言われないと僕はそういうの思い出せない。
とりあえず今日は、騒ぐだけの日本式ハロウィンってことで。
≪[増殖]の【多節棍】≫
§それは多節棍である§
§それはふえて多くなる§
§それはふやして多くする§
§それは分裂により細胞を増やす§
§それは生殖により生物を増やす§
≪[洗浄][水泡]の【ピアス】≫
§それはピアスである§
§それは汚れを洗い浄める§
§それは水である§
§それは球状の薄膜である§
≪[鎧櫃]の【紋章】≫
§それは紋章である§
§それは防具一式を収納できる§
≪[箱段]の【上腿部プロテクター】≫
§それは上腿部プロテクターである§
§それは階段である§
§それは引き出しである§
≪[補修]の【ファスナー】≫
§それはファスナーである§
§それは損壊を直す§