01-02
最初の射ち合い稽古で良い手応えを感じ、ちょっと調子こきそうだなと自覚があったので今の僕の三段くらい上でと師匠に注文してしっかりハリネズミにされた。
身の程はしっかり弁えないと≪実践道≫で死んじゃうもんね。
そのあとは師匠に修錬の内容を任せて、僕の限界を見極めて最適な稽古をつけてもらった。しにそう。
「お帰りなさいませ若旦那」
「ただいま、愛染」
帰宅し崩れ落ちそうな泥の塊っぽい動きで上がり框に腰を下ろすと、いつの間にか後ろにいた愛染が背中を支えてくれた。やわらかーい。
あ゛ー。洗って手入れしたいけど面倒だ。≪[鎧櫃]の【紋章】≫で防具全部収納しちゃおう。いつものことだな。
「ああ、また。せめて汚れを落としてからにして下さい」
「そんなよゆーありませーん」
「口に活力剤ねじ込みますよ」
「ごめんなさい」
収納した防具類を大人しく三和土に取り出す。洗うのは魔具使うだけだし本当は自分でやりたいんだけどね、そんな体力も気力もないの。
「弁柄、私は若旦那を浴室にお連れします。若旦那の防具の汚れを落としてしまいなさい」
「はい、愛染様」
ちょっと眠りそうになりながら愛染に抱えられて行く。後で弁柄にお礼言わないと。
「若旦那、ほとんど寝てるみたいですが一人でお風呂に入れますか」
「えら。鰓の魔具あったろ。あれであの、大丈夫だろ」
確か水中で呼吸できるようにする魔具があった。
こきゅうできればおぼれない。
「はいはいそうですね。腕上げますよ、ばんざーい。下脱がすので一回ここに座ってくださいね。はいじゃあ立ってこちらへ。段差に気をつけて下さいね。はい良いですよ。今度はここに座ってください。先に髪の毛洗っちゃいますね、上向きますよー」
あー。なんか汚れが落ちてくみたいなー。
気づけば風呂上りのホカホカ気分で御飯を食べていた。いつものことだ。
「弁柄、防具ありがとう」
お礼を言ったら視界に入るか入らないかの壁際で立っていた弁柄が静かに一礼して返してくれる。毎度のことながら所作がきれいになったなぁ。
最初はどこのスラム街で拾って来たんだって見た目と言動だったもんなぁ。
≪[僕婢]の【ウォッチチェーン】≫で<生成>した魔術生物なんだから下男下女の要素しかないし、別にそこまで見た目とかひどくなる要素はないはずなんだけど、僕が僕婢って単語に抱いた最初のイメージが、控えめに表現してもあんまりいい扱いを受けてなさそうって感じだった所為かな。
ま、愛染の指導を受けて今じゃ僕よりも礼儀正しいし、なんなら良い育ちっぽい。問題ないよね。
ぼんやり御飯を食べていたら愛染が部屋に入って来た。
「あ、愛染」
「はい。なんでしょうか若旦那」
「お風呂でストレッチさせてくれたでしょ。ありがとう」
≪果てへと至る修錬道≫を出る前に整理体操はしているとはいえ、家に帰った後に体を解すと解さないとじゃ翌日の疲労が様変わりする。
日々の修錬の質を今よりも落としたくない僕にとって、疲れ切ってまともに頭が働いていない時間を有効活用してくれるのは感謝の言葉じゃ足らないくらいだ。
「若旦那も毎日律儀なことですね。お礼は体での支払いも受け付けていますよ」
わざとらしく唇を舐めて見せる愛染。ちょっと背筋がぞくぞくする。
「ハハハ。今日も御飯がおいしいなー」
愛染が本気で言ってるのかイマイチわからないので雑に流しておく。
愛染もそういう要素はないはずなんだよなぁ……別にそういうイメージで愛染を<生成>したわけでもないし……。
本気なのかからかっているのかわからない愛染の誘いはなんなんだろうか。
「お褒め下さりありがとうございます。私も弁柄もいつでもお待ちしておりますよ」
「ハハハハ」
弁柄も静かにお辞儀してるのはどういう意味なのか。本心だっていうならしっかり考えるよ。本気の本心ならね。
御飯を食べ終えたら学校の提出物を最低限でっちあげる。学校はとりあえず高卒の学歴があればいい程度の認識だ。≪果てへと至る修錬道≫での修錬のついでで最低限は稼げているので進学や就職の予定はない。
いや、ダンジョンダイバーではあるので就職はしているのだろうか。
人生で必要な収入については愛染によって試算され現状のままで十分と判断されたうえ、トラブルやアクシデントに備えた貯蓄もしている。
お金のことに関しては愛染に任せておけば安心だ。
法律も家事も愛染にお任せ。
そもそも人間にできることは大体上手いことやる構成要素を含む愛染なので、僕は日々≪果てへと至る修錬道≫で研鑽に励み、研鑽の確認をする余禄として≪実践道≫でちょこちょこ稼げば良い。
素晴らしい役割分担。
今週は明日学校へ行って、帰宅後に≪魔術道≫で魔器と魔術の指導を受けたら終わり。週末二日間の≪実践道≫を思う存分満喫しよう。
今使ってる装備それぞれの習熟も進んでいるから、そろそろ魔術を組み合わせて変化をつけるのも良いかもしれない。
とはいえ、地に足ついていないのはダメだ。明日一日しっかり過ごし、魔器の扱いも気を抜かないように気を引き締めて……そうか……魔術の理解を深めて応用するなら明日行く≪魔術道≫の師匠に教わる方が安全かな。
急に明日が楽しみになっていた。
≪[鎧櫃]の【紋章】≫
§それは紋章である§
§それは防具一式を収納できる§
≪[僕婢]の【ウォッチチェーン】≫
§それはウォッチチェーンである§
§それは男性である§
§それは女性である§
§それは召使いである§