01-28
珍しく弁柄に優しく揺らされて目覚めた。
思わずそのまま弁柄を引き倒して二度寝しそうな衝動をぐっと堪え、≪[洗浄][水泡]の【ピアス】≫で顔も口内もキレイにする。
寝巻から軽い運動着に着替えたら、着替え終わってから弁柄のさり気ない手助けに気付いた。この居ると意識させない感じがプロの使用人って感じだ。
起こされるときにしても、愛染なら全部終わってなんなら朝御飯食べてる最中に漸く起きたことを自覚するし、躑躅ならR十八的に目覚めの刺激が強い。
何事も三者三様だ。
「もーあのお局さっさと辞めればいいのにー。いつもいつも人の邪魔してー」
「奥様、こちら私の方で少々調べてみた結果です」
毎朝の日課となっている前日の授業の復習を済ませて、なんとなく優しい気持ちでダイニングのドアを開けると養母さんが愛染から数枚の紙を渡されたところだった。
結構早い時間なのに養母さんはいつから居たんだろう。
「おはよう」
「おはようございます、若旦那」
「たっくんおはよー。……愛染さん、これマジで? 仕事辞めるどころか警察沙汰じゃん……」
「若旦那に誓って、事実しか記述しておりません」
なんかちょっと大事っぽいので僕に誓うのはやめて欲しい。
「うひょー。相手が違法なおかげで合法的に職場から消せるー。あとで田淵さんに渡しちゃおう。愛染さんありがとう」
「お役に立てまして幸いです」
養母さんと愛染がちょっと黒い笑みを浮かべてる横で、いつの間にか躑躅が配膳してくれていた朝御飯を頂く。とても美味しい。
でも手の甲をつっと触れるか触れないかで撫でるのはぞくぞくするのでダメ。
「はよ」
半分寝てるのかふらふらしてる果恵が弁柄に付き添われてやって来た。
なんで養母さんが朝からこっちの家に居るのかと思ったら、果恵が昨日こっち泊ってたのを思い出した。
「おはよーかえちゃん見てこれ。これ見て。見て見てこれこれ。見てよこれ。あのお局ムショにぶち込んでやれるんだよ」
開いてるようには見えない目で果恵が養母さんの手渡した紙を睨む。
「……三年のクズ男じゃん。ババア相手にウリやってるって本当だったんだ。てか寝起きに変なもん見せないでよママ」
「いくら“開門”直撃でもう結婚が絶望的って言ったってバカなことしたよねー。子供欲しいだけならせめてバンク行けば良かったのに。欲かいたのかなー」
「“開門”直撃って私らの世代ほど酷くないでしょ。あのババアが結婚できなかったのは中身の問題だよ」
「中身はかえちゃんの言う通り腐ったゲロ以下だけど、あのお局は私より八歳くらい年上だから、かえちゃん達と同じくらいの条件だったはずだよ。“開門”直撃じゃなくても結婚できなかったって言い切れるけど」
さっきから頻出してる『“開門”直撃』ってワードが思い出せなくてぼうっとしてたら弁柄が家用のタブレットで検索した画面を見せてくれた。
あー。生殖能力がある男の割合が特に少ない世代のことだ。
“開門”時に十歳未満だった世代と三十台から四十台だった世代は、タマが破裂しなくても魔素に適応しきれなくて起たない男の割合が多いって確かに学校で習った気がする。朝の食卓での話題がヒドイ。
「結局昨日の呼び出しって何だったの? わざわざママが勤務時間外に呼ばれるって余程だったんでしょ?」
「聞ーいーてーよーかーえーちゃーん」
意識を現実に戻すと丁度会話の節目だったようで、養母さんがよくぞ訊いてくれたとばかりに両腕を振り上げている。
「まーたクズ共が動画撮るのに深いところまで潜ってヤバイの引っ掛けてきたんだって。それが元の階層に戻って行きそうにないって、ここらでランクの高い人達合同でなんとか仕留めて館山さんと広渡さんと賀城さんが死にかけで搬送されてたんだよ」
「久宿延市の主力チーム半壊じゃん。どこのダンジョン?」
途中から早口になって僕はよく聞き取れなかった。ちゃんと聞き取れた果恵さんスゲー。
「仁礼市の中央」
「一番美味しいところかー。なら無理にでも解決したいのわからなくもないケド、今回の負傷者がリハビリする間は久宿延市の防衛どうするつもりなんだろうね」
「そう。そうなの。だから私、撤収前の対策本部テントに行ってきました。『次にクズ共の動画撮影が理由で同じようなことになったら仕事辞めます』って対策本部テントの前にお偉いさん引っ張り出して、広場の皆に聞こえるように叫んでやりました」
満面の笑みで誇らしげな養母さん。
豊饒母娘が言うところのクズ共の所為で何回も似たことあったんだろうなあ。そして多分、今に至るまでまともに対策されてないと思われる。
養母さんをここまで怒らせるってスゲーなー。
「私もう十分稼いだもんね。次はもう我慢できないね。そうなったら知り合いだけ相手にする医魔院開くね」
「まあ、ママのやりたいようにやったら良いんじゃない? 個人事業に必要なものちゃんと調べておきなよ」
「ふふん。いざとなったらその辺のことは全部田淵さんがやってくれるって前から言ってくれてるもんね」
「田淵さんなら安心だわ」
寡黙で車の運転以外余計なことは一切しませんって感じだった田淵さん。僕の知らない間に何があったのかちょっと気になった。すぐにどうでもよくなった。
≪[洗浄][水泡]の【ピアス】≫
§それはピアスである§
§それは汚れを洗い浄める§
§それは水である§
§それは球状の薄膜である§




