01-24
意識せず魔具を二種同時に使っていたと知って愕然としたが、しっかりと自分の非を認めよう。下手に言い訳を重ねると愛染に満面の笑みで“ん?”って訊かれる。アレ怖いんだよね。
ともかく失敗を悔いるだけでなくそこから何かを学び取ることが大事なので、魂象に至ってない魔術を使う修錬は当面魔具を使ってやってみよう。
別に≪[無尽]の【魔本】≫に書き込んだ術式を複数同時に使おうとするのでも良いんだけど、修錬方法をいくつか用意しておけば気分転換で視点が変わりそうなのでそういうことにした。
そうするとこれからは込められた魔術が同じ魔具は全部[合一]で一個にまとめるのが家のスペース的にも魔具の性能的にも良いかもしれない。
完成した魔具の性能だけで言えば≪[融合]の【神壇】≫を使うべきではあるけど、目的は修錬が第一なので[抽出][合一][結合]の魔具を使って魔術の修錬に活かそう。無駄はあるけど必要経費ってことで。
早速家に戻って愛染に込められた魔術が同じ魔具を片っ端から出して貰った。運んだり作業を終えた魔具を片づけるのは愛染と弁柄と躑躅に任せ、僕はひたすら魔具の魔術を[抽出]し[合一]させ新しい入れ物と[結合]する。
魔術が二種以上封入されている魔具も何個か失敗した後なんとか成功し、徐々に失敗の頻度が下がっているのでちょっとずつ上手くなっている気がする。
無心に作業を続けている内、明日やるつもりの≪[鑽鉄][肢骨][骨身]の【上腕部プロテクター】≫を使った実験のことをふと思い出した。そこから頭の隅であれこれ考えているといい考えが閃いた。
[骨身]の構成要素の骨と肉の肉というのは筋肉だし、骨と肉で人体が構成されているとするなら肉には神経も内包されているといえるのではないだろうか。
そのアプローチなら骨と筋肉と神経を意味する[骨身]の魔術だけでも[鑽鉄]と[肢骨]の魔術で作った手足を動かすことはできるはずだ。
こういうのはそうと認識してそのつもりで魔術を使うのが大事だと師匠も言ってた。言葉としては言ってないけど大体そんなニュアンスの資料をくれたことがある。
うん。なんとなくできる気がする。一回作業を中断させてもらってメモしよう。その間三人には休憩してもらおう。
作業に戻り、頭の一部で≪[鑽鉄][肢骨][骨身]の【上腕部プロテクター】≫を使って外骨格を纏うことが出来たらどんな使い方をしようかを考えていた。
多脚にして安定感を高めてみようか。
多腕にしてそれぞれの手に武器を持ってみようか。
多脚はどうにかなりそうだけど多腕は上手く動かせるイメージができない。
尻尾はバランサーだから尻尾があれば多脚とは違った安定感を得られそうだ。
外骨格の形を工夫することで防具としてだけではなく武器としての性質も持たせてみたり。
師匠か愛染がイメージ補強の資料としてくれたアニメで、外側を一気に弾けさせて中身が登場みたいなシーンがカッコ良かった……。
今何か思い出しそうな……外骨格を弾けさせる……?
あ、あー。全周囲ノックバックの魔術が欲しいなとかいつか考えてさっぱり忘れてた。ちょっと作業の手を止めてメモしておこう。すぐ書き留めないとまた忘れそうだ。
「若旦那」
ぱぱっと走り書きして作業に戻ろうとしたところ、愛染に声をかけられた。
同じ魔術の魔具がもうないとか人が来たとかトラブルがあったとかなら声をかけた時に言うだろう。そうじゃないってことは僕が自分で思い出せなくちゃいけないことのはず。でも思い出せそうにない。
「何かあった?」
「もう少し努力されても罰は当たらないですよ」
「ムリムリ。今は作業中の感覚を掴もうとするのと明日の≪魔術道≫での修錬をどうしようかで頭いっぱいだもん」
素直に答えたらめっちゃでっかい溜息を吐かれた。疲れてる?
「奥様とのお約束をお忘れですか?」
「養母さんとの約束」
今何か掴めそうだ。次の魔具を手繰り寄せて[抽出]して[合一]して[結合]する。
「おー。これ多分そうだ」
まだ上手く言語化できないが、さっきまでとは手応えが違う。
魔術は人間の視覚と同じで、認識している自覚があるかないかによる差がとても大きい。認識の仕方による差異も多種多様な錯覚と似ている気がする。目の前にある眼鏡を探し回ったり、凹んでいるのに飛び出して見えるとかそういうやつ。飛び出している物が凹んで見えるんだっけ?
僕は眼鏡をかけてないので眼鏡に関してはマンガか何かの話だが、実体験で言えばお茶を入れたコップでやった。なんならコップ探しながらちょいちょい飲んでた。右手に持ってるコップを延々探し回ったあの無意味な時間。弁柄に訊いた時の困った顔。指差し確認は万事において欠かせないと良く分かる一件だった。
「若旦那、黄昏ていないで奥様との約束を思い出す努力をして下さい。果恵さんに言いつけますよ」
「果恵を脅しに使うのはだめだよ。でも今日何か約束してたっけ? 思い出せそうにない」
愛染が再びの溜息。
気付いたら愛染の斜め後ろにいた弁柄は苦笑してる。
同じく気付いたら横に居た躑躅がちょっと意地の悪い笑みを浮かべている。
「今日特別に約束したのではなく、毎週日曜日のお約束です」
「毎週っていうと、そういえば晩御飯は一緒に食べないと一人暮らしを強制終了させるって言われたね。愛染も弁柄も躑躅も居るのに一人暮らしって表現はどうなのかなって思ったから覚えてる」
「残念ですが時間切れですね若様」
隠す気もなくクスクスと笑い始める躑躅に嫌な予感がした。
「はぁ……。今日は日曜日で、奥様と約束された晩御飯のお時間まであと五分です若旦那」
後片付けは棚上げして三人にも走ってもらってお隣の実家へ急いだ。
時間には間に合ったが当然養母さんにはヘッドロックをかけられて執行猶予を言い渡された。
≪[融合]の【神壇】≫
§それは神に近づく場所§
§それは溶かし合わせ一つにする§
≪[無尽]の【魔本】≫
§それは魔本である§
§それは尽きることが無い§
≪[抽出]の【根付】≫
§それは根付である§
§それは抜き出す§
≪[結合]の【根付】≫
§それは根付である§
§それは結びつく§
§それは合わさり一つになる§
≪[合一]の【根付】≫
§それは根付である§
§それは一つにまとめる§
≪[鑽鉄][肢骨][骨身]の【上腕部プロテクター】≫
§それは上腕部プロテクターである§
§それは鑽鉄である§
§それは四肢の骨である§
§それは骨と肉である§