01-20
お茶飲みつつ小豆餡の塩味の難しさについて喋ってたら、養母さんが唐突に『そーゆーことか』って叫んで本とメモをひっくり返し始めたので、僕も果恵もまたそれぞれやりたいことに戻った。
閃きって全く関係ないところで降って湧くよね。
さて、僕は自分の精気を使って何かできないか試してみよう。
精気は肉体や肉体に由来する物理現象に関係した魔術に適性をもっている。僕が唯一魂象として身に着けた[隠密]の魔術も多分その範囲内だし精気を使って[隠密]の魔術を発動してみよう。だめだったら≪[無尽]の【魔本】≫と≪[金字]の【ペン】≫でペン先から飛ぶ刺突みたいな魔術をでっち上げて試そう。
精気を感じることはできているのでまずはそれを動かす。
胸筋をピクピクさせたり太腿の筋肉をビクンビクンさせる練習や、上手く笑顔を作る練習に似てる。普段意識しないところに意識を集中してそこだけ動かそうとするのではなく、普段意識しないところに意識を集中してとりあえず動き回って動かす感覚をつかむ……みたいな。
自分が今やってることを言語化できるようにした方が良いと愛染には言われてるけどやっぱり難しい。日本語ネイティブなのに日本語が難しい。ニホンゴシャベレマセン。
紙とペンと魔器を手に魔術の試行錯誤をする知性派の豊饒母娘とは違って、僕は精気に意識を向けながらひたすら動き回る。前後左右に飛んだり跳ねたり走ったり転がったり。
ふと気づいて、魔器に頼らず発動できる唯一の魔術である[隠密]を体を動かしながら使おうとしたら精気が動いた気がした。体を動かすのをやめて[隠密]を発動しても精気は動かない。運動の方に集中するくらい激しく動きながら[隠密]を発動しようとすると精気が動く。
思いっきり全力疾走をしながら[隠密]を発動して、息切れして呼吸を整えながら精気の動きを再現しようとする。傍から見たらこれダッシュの練習かな。
最終的には立っていられなくなって転がったまま[隠密]を発動しようとしてようやく精気を動かす感覚を掴んだ。
ついでに酸欠気味でぼーっとしたまま、精気で体力回復しようと脈絡もなく思い立って試したら成功したっぽい。
思ってたんと違うけど成果を得たのでよし。
しかし体力の回復とはいったいなんなのか。疲労物質の排出? 愛染に訊けば教えてくれそう。いや、僕に前提知識が足らなくて理解できないか。
体力の回復とかいうよく分からないことがよく分からないままできるなら、多分自然治癒の促進もできる。治癒を加速するとタンパク質の分裂がどうこうで寿命が縮まるってなんかで見たのは、まあ魔術だし大丈夫でしょ。
「大丈夫だよね? あとこれ術式どうなってるの?」
「そのように精気を使えば大丈夫です。肉体に溜め込んだ魔素はその肉体の情報を記憶することで精気となるので、その肉体に作用する簡単な魔術で精気を使うのであれば術式は必要としません」
「細かいこと気にしなくてよさそうだね。ありがとう愛染」
愛染のお墨付きを貰ったとはいえ、中途半端な知識を下手にこねくり回して魔術を使うのは良くない経験から理解している。もっと感覚的にやる方が僕に合ってる自覚がある。
例えば切り傷なら傷口くっつけておけば治りは早いだろとか、擦り傷なら治りが早くなるフィルムが実際にあるんだしそんなイメージで傷口覆っておけば良いとか。
ノットシンク、ノットフィール。なんか別なの混ざってるけどそんな感じ。
うん。切り傷擦り傷はあのフィルムを傷口に貼り付けるイメージで良いな。打ち身は湿布。失血は造血剤や増血剤と併せて栄養ドリンク飲むように精気を体へ注入。骨折は知らん。正しい位置で固定しとけば良いだろ。それに骨折や靭帯の損傷辺りからは怪我の度合い的にちゃんとした術式を用意しないと治せない気がする。
前座に区切りがついたので本題の[隠密]精気バージョンをやってみよう。やったらすぐにできた。精気の扱いそのものは感覚を掴んだので魔術に使うのはなんの問題もなかった。
「いつもの[隠密]が外部電源で動く感じなら、精気で発動した[隠密]は内臓電池って感じがする……? ちょっと違うなぁ……万能包丁と中華包丁の方が近いかな。分かる?」
「ニュアンスは。なんにでも一定の適性を有する魔素と、一部の用途に特に適性のある精気の違いがそのまま感覚に表われているということでしょう」
「表現に悩む必要もないくらいそのままだなー。[隠密]だと魔素と精気でどんな違いがあるんだろう」
愛染が居るって言っても独力で調べるのにどれだけ時間かかるのか……と愕然としてたら目の前に再び紙束。
「師匠、ありがとうございます」
ちゃんと一礼。
新しい紙束に目を通したところ、そりゃあ師匠も自分で調べろとは言わないなーと納得。
精気で発動した[隠密]がより強く五感に働きかけて認識できなくするのはどうにか確かめられるかもしれない。
でも、普段使いしてる魔素で発動した[隠密]が、目の前にいない状態でふと思い出すとか関連した書類から僕を認識するのまで阻害してるなんて確かめるの無理でしょー。
今回師匠に貰ったこれを読んで、そりゃああの愛情が溢れんばかりの養母さんも僕に話しかけるのが減るってなんとなく腑に落ちたくらいに、[隠密]がどんな形で周囲に影響を及ぼしてるか知らなかったんだし。
ついでのように、精気の扱いは≪魔術道≫を除いた他の修錬道では中伝の認可を得るのに必要な技術であること。自分で気づくか必要に迫られて何等かの手段で強化できないか各師匠に訊かないと指導されないこと。精気による[肉体強化]での修錬をするなら素のままの肉体の修錬も継続すること。最後に――
「精気を肉体に溜め込んで活用することで身長はじめ体型などの肉体改造が可能になる、と」
「たっくんその話詳しく!」
≪[無尽]の【魔本】≫
§それは魔本である§
§それは尽きることが無い§
≪[金字]の【ペン】≫
§それはペンである§
§それは金泥で書かれている§
§それは金色の文字である§




