01-19
養母さんは≪魔術道≫の師匠にあれこれ頼んで何冊かの本を渡され、それらを見比べたり僕が渡した紙とペンでメモを取ったりとなかなか忙しない。
魔術と医療それぞれに関する本と、その二つを併せた内容の本らしい。多分仕事に活かせるものを得ようとしているんだろう。数分に一回行き詰って転がってるのはちょっと頻繁過ぎる気はするけど。
果恵は医療系魔術の入門書を片手に持って、医療系魔術に反応する肉みたいな的の前でうんうん呻っている。たまに上手くいったらぐっと拳を握ってるが、すぐにまた呻り始める。果恵はあんまり楽しめないかと思ってたので十分熱中できてるのは一安心。
そして僕と愛染はと言うと、二人が魔術を使うのを見ていて気になったことができたのでちょっと愛染に付き合ってもらうことにした。
まず僕が魔術を使う時は、≪果てへと至る修錬道≫の外なら遍在する魔素が少なくて上手く集められないため自分の魂から汲み上げた魔素も使わざるを得ない。
≪果てへと至る修錬道≫の中なら周囲に遍在する魔素だけで十分な量を確保できるので、周囲の魔素を集めて魔術を発動する。
本当は先々を見据えてなるべく周囲の魔素を使うように師匠や愛染には言われてるんだけど、≪果てへと至る修錬道≫の外では魔術を使えるほどの魔素はまだ集められない。これに関しては高山トレーニングみたいに魔素の薄い外で修錬するのが良いのかな……。
新しい疑問は一度棚上げ――愛染、覚えておいてくれる? 新しい疑問は愛染に一度預け、養母さんと果恵の魔術に意識を戻そう。
二人は僕と違って魔術を使う時に周囲に遍在する魔素を集めていないし、自身の魂から魔素を汲み上げてるわけでもない。じっと観察していたら、肉体に溜めこんだ魔素を使っているように見える。
肉体に魔素を溜めこむなんて考えたこともなかった。ということで自分でもできないか試してみた。できた。できたというか呼吸と同じくらい自然にやってた。なんだったら意識して切り替えないと魂に魔素を溜めこむよりも優先されてる。
「えぇ……なんで今まで全く気付かなかったのか……」
「物事の認識とはそういうものでは?」
愛染の正論は甘んじて受け止めよう。とりあえずこの肉体に溜めこまれた魔素をどうしようか。
「師匠、なんか指南書ありますか?」
何もない空間に尋ねたら目の前に薄い本が現れた。
「ありがとうございます」
しっかりお礼の言葉とともにお辞儀して座り込む。そんなに厚くないしすぐ読み終わるでしょ。
愛染は≪[箱段]の【上腿部プロテクター】≫に入れておいた道具を取り出して人数分のお茶でも入れて貰おう。時間的に小腹も空いた。
≪魔術道≫の師匠がくれたのは“肉体に溜め込んだ魔素”、精気についての手引書だった。
精気は肉体や肉体に由来する物理現象に関係した魔術に適性をもっているそうだ。魂に蓄えられた魔素に関しては記述が無かったのでとりあえずは別物と認識しておこう。
肉体に関係した魔術というのは、肉体の運動能力や強度を底上げしたり、治癒したりする魔術。
肉体に由来する物理現象の魔術というのは、飛ぶ斬撃とか、飛ぶ打撃とか、手刀でスパーンとか、切ったら火を噴くとか、矢がぐいんと曲がるとか、矢が鉄板を貫くとかそういう魔術。ゲームでいう物理系の必殺技みたいなやつだろう多分。もしかしてNINJA。
養母さんと果恵は医療系魔術を練習してるから精気を使ってるのかと納得。
「魔力を魔素って呼ぶのも初めて知ったし、精気がどうこうっていうのもさっき初めて知ったわー。ここすごいのねー」
「魔術の授業の最初に、魔力は呼吸と共に体に吸収されるってやったでしょ。あんた授業ちゃんと受けてるの?」
一休みしようと声をかけて雑談がてら訊いてみたら、養母さんはともかく果恵の言葉が再び心に刺さる。
授業はちゃんと受けてるよ。学校の授業で習った魔術関係の知識は学校を出ると思い出せなくなるだけで。
いや、だって基本的に魔術は≪果てへと至る修錬道≫で教わったり身に着けたのを普段使いしてるし、必要ないとそりゃあ思い出せないっていうか。
僕の授業態度は一度棚上げして、魔素やら精気やらの話に戻ってもらおう。
医療系魔術に限らず今日本で使われてる魔術は基本的に精気を使ってるらしいとか、結構大事じゃない?
「……そうね。私も外じゃ気を付けないとね」
「おかーさんはだいじょーぶよー。職場じゃ細かいこと訊かれないくらい偉いんだからー」
「細かいことって……養母さん職場で腫物扱いされてるんじゃ……」
「ちーがーいーまーすー。石頭やお局様がぐちぐち言ってくるたびにやる気出なーいって言ってたら嫌がらせされなくなったんですー」
腫物扱いじゃないですかー。ちょっとメイスでお腹をぐりぐりするのやめて下さい。ごめんなさい。
まあ、養母さんが意味もなくボイコットしたりサボったりするとは思えない。実際は風通しを良くするのに悪役を買って出たとかそんなところじゃないかな。
「ママが仕事辞めたら、ダイブターミナルの医務室で暴動起きてもおかしくないもんね」
知らないうちに養母さんが地元のちょっとした顔役みたいになってる。
≪[箱段]の【上腿部プロテクター】≫
§それは上腿部プロテクターである§
§それは階段である§
§それは引き出しである§