01-18
「≪修錬≫ダンジョンに入るのは初めてね~。入ったら力が抜けるってこんな感じなのね」
「……ちょっと動きにくい」
「養母さんも果恵も、このエントランスホールは安全だから、体を動かして慣らす方が良いよ」
僕のアドバイスを受けて二人とも準備運動を始めた。
陛下の儀式とかによる国民に対する加護が≪修錬≫を冠するダンジョンじゃ無効化される。この加護は普段意識してない分、何かの折に消えると脱力感があるんだよな。
僕は≪果てへと至る修錬道≫に籠り気味だし結構前に自分の意思で返上? 解除? したけど、そういう理由でもないと加護があったんだって思い出す瞬間は希少だ。加護は国民が対象であるため、国外に出ても取り上げられたりしないらしいし。
養母さんは医療系魔術を使えるうえ腕が良いので護身関連の指導を受けたりダンジョンダイブによる身体能力の強化を仕事の一環として行っており、果恵は学校の体育をしっかり熟している。
どちらも普段体を動かしているおかげか養母さんは二十分ほどで、果恵は三十分かからないくらいで加護がない状態に慣れたようだ。
あれ? 結構なレベルアップを経験してるはずの養母さんがこんな短時間でリセットされた状態に慣れてるのってすごくないか?
「養母さんの意外な才能」
「レベルアップはねー、意識しないと能動的な出力に大きな変化がないんだよたっくん」
僕の呟きを聞いた養母さんが、ヤレヤレって感じに両手の手のひらを上へ向けて片眉くいっとあげた見下ろすポーズで教えてくれる。ちょっとアメリカン。
「たっくんに分かり易く言うとねー……車の――自転車のギアチェンジみたいな感じかな?」
車は当然運転しないし、自転車は乗れるけど乗らない。平日は走って登下校するし、休日は大体≪果てへと至る修錬道≫に篭ってるから。
「こう、やるぞって気合を入れると切り替わるような?」
「めっちゃファジーだね」
「でも不思議なことに受動的な出力――えっと……転んだとか、ボールが飛んできて危ないとかってときはレベルアップした頑丈さ? が発揮されて怪我しないの」
要するに不思議ってことか。
区切りも良いところで余談は脇に置こう。脱線させたの僕だけど。
「二人とも武器はメイスだよね。とりあえず最初は≪鈍器道≫の師匠に軽く見てもらおう」
「どんきどー?」
「刃がなくて殴る感じに使う物全般を指導してくれる師匠が居る――扉」
「扉? 部屋とかじゃなくて?」
「あの扉、裏に回ると分かるけど扉の先に通路があるとかじゃないんだよ。部屋って言っていいものなのかどうか分からない」
「変なところ細かいんだから……」
果恵さん、悪意は籠ってないっぽいので何も言いませんが気にしちゃうのでそういうのぽそっと言うのやめて下さい。
果恵の独り言でダメージを受けたのは脇に置く。
僕みたいに人生つぎ込んで修錬するわけでもない二人は、体験入門みたいなこんなことやってるよというアウトラインの説明を受けたら軽く素振りを見てもらって≪鈍器道≫でやることは終了。
僕は横で愛染と軽く打ち合った。死んでないので何の問題もない。痣にならないのに泣くほど痛いってスゲー。
「いい汗かいたねー」
「あんたいっつもそんなハードにやってんの?」
養母さんは僕が大した怪我もないと理解してるのか爽やかな感じで汗を拭いてる。
一方果恵は理解しがたいと言わんばかりに眉間に皺を寄せてる。
今ちょっと喋れないんで愛染に任せた。
「さきほどのトレーニングは普段の三割といったところでしょうか。激しく動いてるようには見えたでしょうけれど、負荷としては大したものでもありませんよ」
「あ゛ー……うん。息切れ、して、喋れない、だけだし。ちょっと、待てば、すぐ、動ける」
「そう……」
例えるなら、いつもはランニング五十キロのところ、今日は百メートルダッシュ三本みたいな疲労の種類の違い。キツイはキツイけど休めば歩けないほどじゃない。休めば。
実戦では転がって休めると限らないので、動きながら体を休めるコツを掴むため普段はここから更に長距離走みたいな修錬もやったりする。人間、無理だと思っても意外と動けたりする。なおやりすぎると危険。
「ふー。動けるようになった。待たせてごめん、次は≪魔術道≫に行こう」
数分程度でも、必要もなく待たせてしまったのはちょっと居心地が悪い。二人が指導受けてるのに合わせて僕と愛染の打ち合いを加減すればよかったんだし。
「待つって程待ってないケド本当に大丈夫なの?」
「バイタルサインは問題ないよかえちゃん。だいじょぶだいじょぶ」
「さっきまであんなに死にそうにぜーはーしてたのに……」
バイタルってなんだっけ。船の大事な部分? あと医者とかが患者を把握するのに使ってる単語だとはぼんやり知ってる。見てわかるもんなのかな。そういう魔術か魂象かな。つまり 養母さんは医療機器だった。
≪鈍器道≫の師匠にお礼を言って、≪魔術道≫へ四人で移動。
「えーっと“≪魔術道≫ご利用に際しての注意点”……?」
「なんかのアトラクションのパンフレットみたいな? なんでこんな可愛い感じなの?」
二人とも≪魔術道≫の師匠から手渡された紙束を手にお互い顔を見合わせている。
師匠は渡した後ふっと消えてしまい意図を尋ねることもできていないので、困惑してもそりゃーそうだとしか思わない。
僕が≪魔術道≫の師匠と初めて会ったときは一人だったので他にどうしようもなく、大人しく渡された紙に目を通して大体理解した。
養母さんも果恵もとりあえず紙束に目を通して頷いたり首をかしげているので問題はなさそう。使い方さえ理解すれば≪魔術道≫は大変便利なので是非とも活用して頂きたい。
ぶっちゃけあれが知りたいこれが知りたいとか、あれが分からないこれどうするのとここで独り言みたいに尋ねれば師匠が何らかの資料をくれるってだけだ。