01-17
これといったこともなく一週間が経ち、十月の第三土曜日となった。
今日は養母さんと果恵も一緒に≪果てへと至る修錬道≫へ行くため、少し浮いた時間を埋めるべく愛染と弁柄と三人で家の庭を使って軽く体を動かした。
愛染さんパネェっす。
いや、愛染だけじゃない。
愛染が万事に精通してるのは構成要素的に納得できるが、意外だったのは弁柄だ。
弁柄の構成要素に戦闘に関連したものは含まれていないはずなのに、少なくとも僕と同等程度に格闘術を修めていた。
弁柄のことだからひょっとしたら僕に合わせてくれていたのかもしれない。低く見積もって僕と同等が正しいかな。
「いやー、弁柄がこんなに動けるなんて知らなかった。今度からちょっと時間が浮いたときに弁柄の手も空いてたら組手頼もうかな」
「良かったですね弁柄。貴女の努力が若旦那に認められましたよ」
「もしかして愛染に教わったりして自力で身に着けたの?」
ちょっとびっくりして弁柄に視線をやったら恥ずかし気に目を伏せて会釈された。
ほえー。人型魔術生物も努力すれば構成要素と全く関係ない新しい技能を習得できるんだな。
「さて、そろそろ時間ですよ。準備をしましょう」
「はーい。じゃ、弁柄ありがとう。また今度よろしくね」
残って庭を片付けてくれる弁柄の会釈に見送られて一度家へ戻る。
いつもは≪果てへと至る修錬道≫のエントランスホールで装備を整えるけど、今日は一人じゃないので家で一通り支度しないといけない。愛染に手伝ってもらう分ちょっと楽できるなー。
「たっくんおはよー」
「おはよう」
養母さんが僕の顔を見るなりすごい勢いでタックル&ハグをかましてきた。果恵は学校でのあいさつと変わらない。なんか安心する。
「二人ともおはよう」
「お二人とも、おはようございます」
先週末に久しぶりに顔を見せてから養母さんのスキンシップが激しいのは、まともに触れ合うのが数年ぶりになった反動かなぁ。元々自分の子供みたいにかわいがられてたし。
付き合いが薄くなってたのは≪[隠密]の【アームバンド】≫を着けっぱなしの上起動しっぱなしにしてた僕が全面的に悪いのでその分の養母さんの愛情を受け止める所存ではありますが、ちょっと胴体がねじ切れそうなんで加減はしてもらっていいですかね。
養母さんのベアハッグから解放されてふと気づく。前にこうやって並んで立ってた時とは視点がまるで違うな。
「変な顔してどうしたのよ?」
「養母さん縮んだなぁって」
「まだっ縮んでっないっ」
果恵に訊かれて何も考えず返したら養母さんが叫んだ。びびった。耳元で何か炸裂したのかと思った。そんなに力入れないで下され。
「はぁ……そもそもママだって真魔なんだから、身長縮むような老化はしないでしょ」
しんま……字にすると真魔で、意味は深深度魔素適応者か。普段使わない単語なんて音だけじゃすぐわからない。
深深度魔素適応者って言えば、前に≪魔術道≫の師匠がくれたテキストになんか書いてあったな。愛染がその時なんか言ってたはず。
なんだっけなぁ。
「そこはまだ結論出てないからわからないのよかえちゃん! 老化が緩やかになるってことしか分かってないんだから、どんな形の老化になるかなんて分からないの! 小人のミイラみたいになって後悔してからじゃ遅いの!」
そういえば養母さんは身長低いの気にしてたっけ。
果恵と養母さんのところに愛染も加わって身長と老化について喋ってるのをぼうっと眺める。
こんな賑やかな朝なんて久しぶりだ。
愛染も弁柄も躑躅も口数が多いわけじゃない。
僕はそもそも喋る理由がないと喋れない。
我が家は何か話題がないとどうしても静かになりがちだ。
「それにしてもかえちゃんは私の娘なのになんでそんなにおっきいのかなー。余分の半分でも私にくれて良いんじゃない?」
「パパが身長高かったっていつもママが言ってるじゃん。それに私がママに似て小さかったとしても、ママの身長はその時点から減ることはあっても増えることはない」
「愛染さん聞いたー? かえちゃんてば普段からママのことコロポックルとそっくりって言うのよ」
「コロポックルはさておき、魔術文明が発達して肉体に干渉できるようになれば身長を伸ばす程度簡単でしょう。その時まで辛抱ですよ奥様」
「かえちゃん聞いた?! ママも将来はタイタンなんて一摘みにできる高身長になれるんだって!」
「もし本当にタイタンくらい大きくなったらママどこに住むの? ウチじゃオーガも無理だよ。……ていうかタイタンを一摘みって言った? どんだけデカくなる気?」
養母さん、なんでちょいちょいファンタジーな生物を例えに挙げるんだろう。というかなぜタイタン。
愛染の言う肉体に干渉できる魔術のために、養母さんは今まで以上に医療系魔術に力入れそう。誰も損しないしいっか。
≪[隠密]の【アームバンド】≫
§それはアームバンドである§
§それは人の知覚から隠す§