01-16
結局一回家に帰り愛染と弁柄と躑躅の三人とも連れてきて、養母さんに面通ししました。無罪。思ったほど酷いことにならなくてよかった。
「はぁ……いつ頃からかたっくんの事あんまり心配しなくなってたのはそういう訳なのねぇ……」
「なんか……ごめんなさい」
「ママは忙しかったし、仕方ないんじゃない? 樹が悪くないなんてありえないケド」
「はい。反省しております」
≪[隠密]の【アームバンド】≫によって存在感が希薄になっていたことをじわじわと責められている。
僕が悪いのは自覚していても手心を加えて頂けないかなーって思ったり思わなかったり……僕の内心を見透かしたように果恵がじとーっと見つめてくる。なんでもないです。
今はもう養母さんと果恵は[隠密]の対象外に設定できてるはずなのでもう良いんじゃないかなとか思ってないです。
「まーあー? おかーさんのことはー? 別にー? いーんですけどー?」
別に良くなさそうですねと明らかなツッコミ待ちだがここで何も言ってはいけない。本題は直後に襲い来ると分かる程度には養母さんとの付き合いは僕の中に根付いている。
「若いうちからこんなすごい美人さんを何人も侍らせているのは倫理的にどうなのかなーって、一社会人として懸念を呈してみたりー? するべきなんじゃないかなーってー? 思うかなー?」
ええ、はい。三人とも美人なのは否定の余地のない事実ではありますけれども、侍らせるといった表現には素直に頷くに差し障りのあるという見方も考慮に値するのではないかと申し上げたい次第でして。よしんばその点を保留するにしても具体的な男女関係はないので倫理的な問題はないんじゃないかなって意見もありますよ。
「なに?」
「なんでもないです」
果恵さんコエーって。
「かえちゃんはどう思うー?」
今のやり取りの後に訊いちゃう?
「どうせ“面倒なこと全部やってもらえる便利な魔具みたいだし使っちゃおう”とか、“家事は専門でできる人が居た方が良い”とか、“ちょっと調べてきて欲しいけど他の二人に任せられないから専門を増やそう”とか、行き当たりばったりで細かいこと何も考えず増やしたんだろうし良いんじゃない」
さっきからずっと薄目で眉間に皺寄せてる果恵さん、もしかしてその時その時に僕の頭の中覗いてたりしました?
「そうなのたっくん? のーみそ使わずほいほい人増やしたの?」
「控えめに言って否定の余地はないかなって……」
五人揃って憐れむ視線を注ぐのは心に痛いのでやめて頂けませんかね。
「我々としては――んんっ……まあ、<召喚>していただいた後は良くして貰っているので現状にはなんの問題もないと思っておりますし、お二方には納得いただけたら有難いです」
愛染が漸く助けてくれた。
今ちょっと何か言おうとして言えなかったっぽいのは気にしないことにしよう。愛染の意思で言わなかったというよりも、なんらかの制限がかかってて言えなかったって感じだし。今までもたまに同じようなことはあったので慣れてる。
「奥様の懸念されている“倫理的な問題”に関しましても、実際には若旦那にそのような時間の余裕などありませんので」
「時間がないって、あんたそんなにダンジョンに入り浸ってるの?」
グリンっと果恵がこっちを向いた。やだ。果恵さんがまた目尻釣り上げてる。視線逸らしとこ。
「目ぇ逸らすなこら。こっち向け」
「学校から帰ったらちょっとダンジョンでトレーニングしたりしてるだけですよ」
しっかりと果恵の目を見て、無難な単語を選んで事実を告げる。嘘をつくとすぐにバレる。
「何時まで?」
「遅くとも八時には家にいるよ」
早いと八時の十分くらい前には家にいる。
「休みの日は?」
「……家に居ないことが多いですね」
「どこに、行ってるの?」
無駄な抵抗であった。
いつも愛染にも躑躅にも口で勝てないのは単純に僕がクソザコなだけだった可能性が出てきた。弁柄は別枠で。あの子はあんまり喋らない。
「若様は基本的に休日をダンジョンで過ごされてますよ」
「へぇ~?」
躑躅が誤解の余地があるふわっとした言い方しおった。
「ダンジョンには入り浸ってるけど、命の危険のないトレーニングばっかりだよ。普通にダンジョンダイブするよりはるかに安全だし、ケガだって翌日に持ち越すようなのは擦り傷ぐらいだし」
≪修錬≫を冠するダンジョンは向上心さえあれば死なない。
肉体の生命活動が一時的に止まっても、すぐに健康状態でその場に復帰する。
≪実践道≫の場合は例外で、エントランスホールに復帰する。
つまり、ぶっちゃけ大怪我したら死ぬまで戦ったりする方が怪我の治療的な点で楽だったりする。僕は≪実践道≫では本当にほとんど怪我しないのでこれも嘘は言ってない。師匠たちとの模擬戦は別カウントってことで。
「はぁ……」
お。果恵がやっと追及を切り上げてくれそうだ。
まあね、果恵も精神的にちょっと疲れたみたいだしね。
ほらこのお菓子美味しいよ。
「来週の土日は私も一緒にダンジョンダイブする」
「はーい。おかーさんも一緒にいきまーす」
果恵がそう言うのは予想できてた。でも愛染と楽しそうに喋ってた養母さんまでついてくるとは思わなかった。そもそもこっちの話を聞いてたのか。
ていうか、養母さんも果恵さんも、自我を持った人型魔術生命が存在しないってことになってる日本に、実はすでに三人も自我のある人型魔術生命が存在して、しかもその三人とも自分の家族に仕えてることはガンスルーなんですね。
自己紹介の時ちょっとびっくりした程度の反応するだけだったせいで、それを足がかりに有耶無耶に誤魔化そうとする僕の予定が台無しですわ。
≪[隠密]の【アームバンド】≫
§それはアームバンドである§
§それは人の知覚から隠す§