01-13
新しく使えるようになったらしい【神壇】は一度棚上げして≪特器道≫の扉を開くと知らない人がいた。
人だと思う。
人の形をしているから人でいいんじゃないかな。
一瞬本気で人なのか分からなかったし確証はないが、冷静になってみれば答えは明らかだった。
まずこの≪果てへと至る修錬道≫で師匠達以外の人間に類するものを見た覚えはない。
次に人の形をしているとは分かるものの、ぼやーっとして細かい特徴が認識できない辺り元々地球にいた人間ではないようだ。
つまりきっとたぶんおそらく≪特器道≫の師匠。
「師匠ですか?」
「そうだよ」
いつものジェスチャーじゃなくて言葉で返答された。喋れたのか。
「君がようやく中伝に至ったから会話ができるようになったんだよ。この場に初伝以下の人が居ればやっぱりこの声は聞こえないだろうね。ま、気になることは多いだろうがとりあえず体術の型稽古を始めなさい」
「はい」
師匠の指摘した通り疑問は多い。しかし師匠に行動を指示されたならその通りにする。
そもそも考えたり会話したりは体力使い切って転がってる時にすればいい。そんな状態でまともに会話を理解する能力を有しているかは考慮しないものとする。
ダメだったら愛染とかを連れてきて僕が修錬に励んでる間に代わりに説明を受けてもらって、比較的まともに頭が働いてるタイミングで教えてもらえばいい。完璧だな。
毎度の如く愛染任せの予定を頭の中で立てていたら体の方は準備運動を終えていた。意識せずとも動くくらいすっかり身についているのだと前向きにとらえておこう。
体術の型稽古はゆったりとした動きから始まり最後には実戦と同じ程度の早さになっていく。なんとかの型とかカッコイイ名前は知らない。何故ならついさっきまで会話以前に師匠の声も聴いたことが無かったから。正直言うと名前を教えてもらっても今更覚えられる気はしない。
些事はともかく型稽古だ型稽古。
「今日はどの武器で修錬するんだい?」
型稽古だけで全身汗まみれになったので変に体が冷える前に≪[洗浄][水泡]の【ピアス】≫で汗を含めた汚れを落とす。まばたきしようと思ってする程度の集中で魔術は発動した。楽かつ手早い。
修錬を終えて家に帰ったらこれを使うほどの余裕がないって大丈夫なんだろうか。
「二日前にロープ拾ったのでちょっと気になっているんです」
扱いを習うつもりで腰に巻き付けてきていた≪[太陰]の【索具】≫を解いて手に取り師匠の方へ突き出してアピールする。
発泡スチロールみたいに体積に対してまるで重さがないとはいえ、太さが僕の親指くらいある三メートルほどの長さのロープを腰に巻いたまま動くのはかなり邪魔くさかった。
「やっぱりそのロープか。私が教えるとなると基本は体術の補助になる。暗器や、打撃を前提とした防具のような身体の延長線上にある武器だね。ロープの場合は絞めたり関節を極めるような使い方だ」
「振り回して打ち付けたりしないんですね。あとはこう……わっかにしてぶーんってひっかけたりとかはしない感じですか?」
枝とかにくるくるって巻き付けてぴょーんみたいな。
「私が教えるとして、同じような形の武器で打擲に使うのは軟鞭だ。端を輪にした使い方は教える。それを投げたりするのは君の好きにしなさい」
軟鞭って今初めて聞いたのになんで音から意味が分かるのか。
うーん。経験上、不思議に感じたことは大体魔術的に解決できるしこれもそうなのかな。ということは、今までなんとなく師匠たちの言いたいことが分かってたのは、魔術的な会話だから師匠たちと言葉要らずでやりとりできてたのかー。ジェスチャーでもきっと会話って言える。
「間違ってはいないよ。その辺り気になるなら≪魔術道≫で教えてもらえばいいさ」
「ごもっともです。今はロープですね。軟鞭も気になりますが、ロープはロープで教えてください」
「良いとも。早速始めよう」
一通りの初歩を教えてもらえば、体術の補助で身体の延長線上として扱うという師匠の説明も納得した。
基本は手で掴んだり腕や足を絡めるところで代わりにロープを使う。師匠の動かすロープは触手そのものだ。
手足にロープが絡んで床に転がったまま僕が実戦で使うならどういった形になるかを考える。いやだってこの状態から抜け出すように指示されたのに一向に抜けられない。
おかしいな。教えたことの組み合わせだって師匠は言ってたぞ。
「うーん。軽く触ってみる程度では本質を掴めていなかったかな」
「本質ですか?」
「確かに手足のような動かし方を教えたけれど、私の手を離れたそれは生物の一部ではなくロープでしかないんだよ」
魔術を併用する場合は別として、と付け加えた師匠はそれでアドバイスは終わりなのかふわっと僕の認識から外れてしまった。それカッコイイ。僕もやってみたい。
さてロープワーク……よりは縄術とかのがそれっぽい表現な今習っているコレの本質とはなんぞや。
あれこれ考えるがどうも師匠の言わんとしたものが見えてこない。
こんな時はあれだ。とりあえず体を動かすに限る。右に転がってびったんびったん。左によじれてびちびち。
そろそろ修錬を切り上げる時間だなーと思い始めたころ脳裏に閃きが走った。
別に師匠に関節極められてる訳じゃないんだし単純に考えて結び目解いていけばいいんだよな。頑張ったら届く位置で結んであるんだもん。
ああ、うん。本質を理解した。
自分の身体の先にあるつもりで扱うのはほかの武器と同じだし、所詮は物でしかなく扱う者あっての武器だと。多分そんな感じ。
縄抜けといえばそういう特別な技術っていう先入観があった。今回は笑い話で済んでも、気を付けないと笑えない事態に陥りそう。
さ、師匠に今日の指導のお礼を言って帰ろう。
徒労感の所為か、縛られて転がってただけなのになんかすごい疲れた。
≪[洗浄][水泡]の【ピアス】≫
§それはピアスである§
§それは汚れを洗い浄める§
§それは水である§
§それは球状の薄膜である§
≪[太陰]の【索具】≫
§それは索具である§
§それは月である§
§それは太陽と対する§