01-11
家に帰ってから頭を剃るのに愛染と弁柄と躑躅を説得することになり無駄に疲れて全部やってもらったり、その交換条件に三人による全身マッサージが日課に追加されたりは些事。
確かに普段≪実践道≫へ行くときは≪[心眼]の【ケブラー製インナーキャップ】≫を着けていて髪を掴まれることはなかった。でも一度髪を掴まれる恐怖を実感した以上は備えたい。
そんな一幕はともかく、明けて月曜日。
登校前、ふとした思い付きで≪[隠密]の【アームバンド】≫を左上腕に巻いたあとは起動しないまま[隠密]の魔術を発動してみる。初めての魔術を使う際に感じることの多い淀みはなく、使い慣れた魔術のように発動できた。
昨日≪[隠密]の【アームバンド】≫を外して≪実践道≫へ行った時に、なんか≪武装人形≫がこちらに気づくのが遅いと思ったらやっぱりだった。
「愛染」
「はい、なんでしょうか若旦那」
「僕、今[隠密]を発動できてるよね」
「はい。できております。おめでとうございます。ようやくお気づきになられたようで」
朝御飯食べながら訊いてみたらなんかちょっと愛染に呆れられた。壁際の弁柄も、ソファーで艶やかに姿勢を崩してる躑躅も呆れてるのを隠していない。あれー?
「もしかしてこれって結構前からできるようになってた?」
「はい。若旦那が十三歳になったころにはできるようになってましたよ」
ああ、うん。四年以上気づいてなかったなら呆れられて当然だ。
「実は≪[隠密]の【アームバンド】≫を着けてるのも昨日思い出したんだよね」
「ええ。そんなことだろうと思っていました」
視線が痛くなってきた。
「ついでなのでお教えしますと、魔具を含めた術式の類を介さない魔術は魂に刻み込まれた現象であり、そういったものは魂象と呼ばれます。これは魔術に限らないもので……いえ、魂象に関しては今は早いですね。精進してください」
「精進します。使い続けた魔具の魔術が魂に刻まれるなら[無尽]とかもこんしょう? になってないかな」
手に持っていたフォークに[無尽]を発動しようとしてみる。無理だった。
「若旦那の魂は今のところ[隠密]だけで容量がいっぱいですね。≪果てへと至る修錬道≫で修錬を重ねることで容量を増やせばまた別の魂象も得られるでしょう。[無尽]は規模が大きい方なので大変ですよ」
魔具に刻まれた術式の規模なんて気にしたことなかった。≪[無尽]の【矢筒】≫と≪[無尽]の【魔本】≫で[無尽]の術式を確認してみよう。
これこそ≪[無尽]の【魔本】≫にメモしておくべきことだ。
「よし。学校行ってきます」
三者三様の言葉で送られて家を出る。
躑躅は護衛に就く案もあったが、当面は現代社会に馴染む訓練と僕の身の回りの世話に関して三人で話し合う必要があるということで、今日は他二人と一緒に家で留守番。
本当は躑躅も僕のそばに常駐したかったのを僕の魔術行使能力に余裕ができるまで待ってたなんて言われたら、そりゃあ断れない。
家に常駐させるなら<生成>を魔具で維持できるが、護衛として僕について歩くなら僕が躑躅を維持できなければならないから我慢していたそうだ。
人型魔術生物の<生成>はちゃんとその辺も考えてするように気をつけよう。
人型魔術生物はそれでいいとして、僕の方に躑躅を常駐させる余裕ができたってことは僕もその辺で成長しているってことだ。
魔術行使能力の詳しいところは≪魔術道≫に通い自分で調べるべきとの教育方針が決定され、その場で教えてもらえなかったのはちょっと座りが悪い。魔術はとりあえず使えれば良いってスタンスだったのはやっぱりダメだったか。
≪[隠密]の【アームバンド】≫を起動せず自前の[隠密]の魔術を使って登校したところとりあえず問題はなかった。
いつも使ってる通学路はほぼ確実にヤベー人達くらいしか人を見かけないうえに、最近掃除されたばかりなので廃墟区画にはヤベー人達もいなかったし順当。
「おはよう」
「ん? おはよう」
「なんで急に頭剃ったの?」
最近では珍しく睨まれてないと思っていたら果恵が挨拶ついでに話題を振ってくれた。
しかしその話題は困る。髪の毛掴まれて壁に叩きつけられたので危機感を抱きましたなんて、お前何やってんだって話になる。
レッツシンキングタイム。時間制限は不快に思われないために一秒未満。無理。
「まあいいケド」
とっさに上手いこと言えなくてなんかごめんなさい。
「それより、今日は何か気配が濃いのはなんで? なんかあった?」
「気配?」
なんだそれって思って、すぐに[隠密]の魔術を自前の魂象で発動しているからだと気づいた。
多分、まだ≪[隠密]の【アームバンド】≫で発動する魔術より精度が低いのだろう。修錬が足りていないということだ。
[隠密]の精度はさておき、気配がどうこう言うってことはもしかして果恵はレーダーみたいな魔術か魔具を持ってるのかな。めっちゃ羨ましい。
「ああ、私、[気配感知]持ってる。ダイブはあんまりしないケド、医療系魔術使えるせいで結構誘われて断り切れないこともあるから」
重い溜息つくのやめて。僕のせいじゃないっぽいにしてもコミュ力弱者にはボディーブローくらい効く。
「[気配感知]に医療系魔術なんて下手したらプロにも声かけられるんじゃない?」
「たまにある。でもこの辺のプロはママに嫌われたくないしシツコイのは他所から来た人達が偶然知った時くらい。それで、なんで今日は気配濃いの?」
「あ、はい。今までは魔具でかけてた魔術を自前で使えるようになって試してみてるから、その所為じゃないかな」
「ふーん……」
二回も訊いてきたのに反応薄いなぁ。あ、ホームルーム担任が来た。助かった。
≪[隠密]の【アームバンド】≫
§それはアームバンドである§
§それは人の知覚から隠す§
≪[心眼]の【ケブラー製インナーキャップ】≫
§それはケブラー製インナーキャップである§
§それは五感ではない感覚を授ける§
≪[無尽]の【矢筒】≫
§それは矢筒である§
§それは尽きることが無い§
≪[無尽]の【魔本】≫
§それは魔本である§
§それは尽きることが無い§